8. 殺意のチェキ撮影

 猫娘が店の奥に消えてからしばらくすると、入り口の写真で見たサキュバスの女性――シズクが現れた。


 シズクは紫色のフリルのついた黒いレオタードを着て、網タイツを穿いていた。手には黒い手袋。頭の両端にはぴょんと、尖った角みたいな飾りをつけていた。小顔にかかる長髪は赤味をおびた黒色だ。


 シズクは僕を見るなり足を止めた。それから、宇宙人でも見つけたかのように、アイシャドウに縁取られた目を広げ、「え……」と声を漏らした。


「どうしたニャン? シズク」


 と、後ろでカメラを持つ猫娘が、シズクに話しかけた。シズクはいちど、僕をきつい視線で見てから、


「うん。……大丈夫」


 そう言って、黒いハイヒールを鳴らして近づいてきた。


 僕は身構えた。――間違いない。あのときの夢魔だ。普通の人にはわからないだろうが、シズクの体を覆う濃密な妖気が、それをものがたっている。体格や顔の感じも同じだ。


「……よろしくね、サキュバスのシズクよ。……召喚してくれて、ありがと」


 そう棒読みで言ってウィンクする。僕はとっさに、ウェストポーチに右手を近づけた。――そこで黒の小声。


「おい、いまは止めとけって……」


 あいかわらず、シズクの目の奥は笑っていない。それに、隙があれば襲いかかってきそうな気配すらある。


「さあ、チェキ撮影ニャン!」


 と、猫娘が近づいてきた。


「シズクを真ん中に、両側に立つニャン」


 その声にしたがい、僕はシズクの左側に、黒は右側に行った。僕とシズクの背丈は同じくらいだった。


 シズクを見ると、口元だけ笑い、目は冷淡だった。常に横目で僕と黒をチラ見して、警戒している様子だ。


 僕も胸の鼓動を感じながら、冷や汗の中で警戒していた。


 シズクが牙をむいて急に飛びかかってくる。僕は間合いをとってウェストポーチを開けて、霜月を抜く。


 ――そんなことをイメージしながら。


「それじゃ撮るニャン! はい、チーズ!」



 カメラの前面から写真が出てくると、猫娘はそれを手に持って、


「しばらく待つニャ!」


 それを待ちながら、僕はシズクを盗み見た。体から立ち昇る妖気、のみならずその風貌が、あの夜に出会った夢魔のそれだった。

それにしても、シズク――夢魔は桂木さんに、なにをしていたのか。


 僕は尋ねた。


「きみは、いったいなんなの?」


 シズクは鋭い視線で僕を見たが、黙っていた。


 猫娘の声がした。


「シズクはね、魔界随一の最狂ツンデレのモンスターっ娘、サキュバスなのニャ! 精気を吸われないように要注意ニャン!」


 ああ、わかってる。それが問題なんだ。とは言い返せない。


 やがてチェキが仕上がった。


 シズクは真ん中で、不機嫌そうに澄ましたポーズ。僕と黒は引きつった笑顔を顔に貼り付けていた。


 会計は二人で三千八百円だったが、黒が払ってくれた。




 ナイトティアーズを出ると、夜の七時に近づいていた。


 街は徐々に夜の顔になろうとしていた。飲み屋の灯りがともり、道路の車のライトが道を照らしはじめていた。


 店からしばらく離れたところで、黒は立ち止まって振り返った。


「いたな、あいつ。サキュバス――夢魔だな」

「そうだね」


 と僕は答える。


「あいつ、人間の生活に溶け込んでた……」

「ああ。なに考えてるんだろな」

「うん。人間に……男に近づいて、狩りをしやすい環境を、作っているのかも」

「かもな」


 そこで僕は店へ顔を向ける。


「さっき、閉店は夜の七時半って書いてあった」

「ああ。それで、どうするつもりだ?」

「うん。待つよ。シズクが出てくるのを」

「なるほどな。だけど、わかってると思うが……」


 黒がその先を言う前に、僕はうなずいた。


「うん。わかってるよ。これは、僕の試練だ。僕がやる……」

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