3. 過去の刃
もやもやとした気持ちのまま、僕はキッチンに立ち、食パンを袋から出して、トースターに差し込んだ。トースターはジリジリとパンを焼きはじめる。
電話がかかってきて時間が押したこともあり、いつもより急ぎ気味ではある。
皿とシリアルの袋をテーブルに置いて、スプーンを並べる。ミニトマトを二つずつ、小皿に設置する。
これが僕らの朝食であり、不動の朝の儀式になっていた。僕らは村の修行の中で、朝の筋トレや瞑想などを繰り返すことで、ルーティンワークをこなすという習慣が身についていた。
そのうち七時五十分になると、黒の部屋からアラームが鳴る。うめき声が聞こえてアラームが止まるが、それでまた静かになる。
トースターがチーンと鳴った。
僕は黒の部屋のドアに声をかけた。
「焼けたよ! 黒、バイト遅れるんじゃないの?」
すると、しばらくして、「あー」と聞こえた。
「起きなよー」
やがて部屋のドアが開くと、寝癖の頭のまま、のっそりと黒が現れた。黒は洗面台へ行って手を洗うと、先ほどと大して変化のない様子で、椅子についた。
ぼんやりしているくせに、トーストには苺ジャムを隈なく念入りに塗って、かじりつく。
「ほんと、低血圧なんだね」
と、僕は呆れながら言った。
「あー。悪いな。昔っからでな」
そう言って黒は、もくもくとパンを食べる。
インスタントコーヒーを白いマグカップに淹れた頃には、黒はいくらかしゃんとしてきていた。マグカップには、仔犬のイラストが書かれていた。黒の身の周りの小物には、動物の絵柄が多い。なかなかそこを、突っ込めずにいたけれど。
「さっき、電話してたか?」
と、黒はマグカップに口をつけてから言った。
「え、聞いてたの?」
「ああ。なんとなく、な」
「そっか。うん。村の、高木先生から」
「へえ。そうか……」
黒は勘がいい。もうそれでたぶん、すべてを察した。
「あとで、詳しく聞かせてくれ。やるのは翠、おまえだけど。それでもいちおう、どういう話か聞かせてほしいんだ。いいな?」
やがて黒は家を出ていった。黒の家は郊外のアパートの二階にあった。2LDKの間取りのわりに、家賃は安いらしい。
黒はバイトを掛け持ちして、大学の学費や生活費の一部を稼いでいた。村や親からの支援もあるが、なるべく自分でも稼ぎたいらしい。
しかし、腑に落ちないことがある。
黒は一人前の退魔師になっていたはずだ。それなのに、退魔の仕事をしている様子はない。
黒が家を出てから、僕は黒の部屋に入っていった。
白黒のモノトーンを基調にした、彼らしいスマートな印象の部屋だった。机や椅子は黒、ベッドのシーツやカーテンは白。そんな具合だった。それに、動物のイラストの小物があちこちにあった。
ペンスタンドにはキリンの絵。色々な動物が描かれた筆入れ。仔犬のキーホルダー。やはり黒は動物好きなのだ。それを見て僕は、なぜか弱みを見つけたような気分になった。
それから僕は、黒が退魔師である『しるし』を見つけようと、あたりを見まわした。
やがて机の下を見ると、暗い紫色の繻子に包まれた細長いものが置かれていた。また、その繻子には、ビニールテープがぐるぐると、縦に横に幾重にも巻かれていた。
やはり、大きさや形状からして、村で授けられる短刀のようだった。手を伸ばしてそれを持ち上げると、僕の『霜月』とよく似た質感があった。
あらためて僕は、繻子とビニールテープに巻かれたそれを見た。――まるで、黒が退魔師であることを否定するかのようだった。
机の下に押し込んで、ゴミのように扱っているくせに、しかし黒はそれをしっかりと、家の片隅に保管しているとも言えた。
序章 試練のはじまり 終わり
・-・-・-・-・-・-・-・
プロローグにあたる序章が終わりです!
ここまで読んでくださり、ありがとうございます(*´-`)
ここから本編に入っていきます。
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