「準備はいいか? 二人とも」

 ヒバリの呼び出しにレティシアはおっけいと答える。ロトはどこか虚な目をして、返事を寄越さない。それも昨日のことからだったので、ヒバリは特にイラついたりはしない。ゆっくりでいい、いつか打ち解けられたらそれでいい、とヒバリは思う。

 列車の予定時刻までまだ時間はあった。が、慣れない道中何かあるといけないということで早めに出立した。

 ヒバリもレティシアも小旅行という気分だった。ヒバリは申し訳なさに駆られながら、ロヴェインを呼んだ。事前に連絡していたので呼び寄せるとすぐに駆けつけてくれた。

「こんなしょうもない用でほんと申し訳ありません」

 ヒバリが乗車早々陳謝し、バトラーという仕事の本分であるロヴェインを困らせた。

「お気になさらないでください。これが仕事なんですから」

 ロヴェインはロトに対して深く訊いてこなかった。三人か二人かでは、仕事の対応に違いが出るからと、職務に忠実な話しかしなかった。

「着きました」

 三十分ほどの道のりを終えて、ロヴェインは他に用事がないかを聞き届けるとすぐに去って行った。正直ついてきて欲しくはなかったし、適切なタイミングでの退場だった。

 何日分かの着替え、それに伴う持ち物は全てレティシアが持っている。レティシアに力仕事は敵わないと知ったヒバリは、ロトの面倒を見ることに接した。第一、レティシアは荷物を持つことに疲労を感じないとのことだった。

 三人分の切符を買い、ホームのベンチで一息ついた。

 大衆の視線がレティシアに突き刺さっている。仮に家族形態としてみれば、ずいぶん異様な光景だろう。主人に、子供に、ロボット。最悪な話だった。

 衆人環視に晒されて、ヒバリは少々耐え難い気持ちになっていた。最愛のレティシアを見世物にされて、怒らないわけがなかった。

 しかし、レティシアは気にする素振りを見せない。彼女が何か言わない限り、ヒバリは黙っていることを決めていた。

 買った切符は、個人席だった。旅行気分の二人は、婚約記念の旅行と重ね合わせていた。だから、まあ個人席になればこの視線も止むだろうと楽観視していた。

 ホームで、瓶に入ったミックスジュースを買いロトに渡した。慣れていないのか、唇に跡をつけそれをレティシアに拭かれる。

 車窓から流れる風景を物珍しそうにロトは眺めている。頬杖を突きながら、ヒバリはコーヒーを飲んだ。

 駅弁を食べようという段になった時、事は起こった。

 車掌が切符を切りに来て、その流れで通路の人の往来が激しくなった。

 車掌はレティシア含め三人を怪訝な顔で見て切符を切ったが、特に騒ぐでもなく次の客へと行った。それがある意味、客として迎え入れられたと理解し、ヒバリはレティシアに微笑みかけた。

 車掌の後ろから、別車両から移ってきた男とヒバリは目が合った。ヒバリの数少ない人物プロファイリングがピックアップされ、ヒバリは瞬時にかつて見たことのないような険しい顔をする。

「なんだよ、人を見るなりそんな顔をして。失礼だとは思わないのか? ヒバリ」

 ワイシャツにサスペンダーを吊り上げた格好の男が、ヒバリに話しかけた。顔つきは好青年と言ったところで、年齢もヒバリと同じぐらいに見える。

 ヒバリは一瞥した後、「そうだよ悪いかデュノン」とぼやいた。

「相変わらずの口の悪さだな、全く忌々しい」

 デュノンは軽口を叩くと、漸くヒバリから視線を外した。眼を飛ばされていたヒバリは、同じく顔から力を抜いた。

「ロボットと幼女? はあ? どんな組み合わせだよ、ヒバリさーん」

 レティシアは目深に帽子を被り、人相を分かりづらくしている。しかし、それはデュノン以外の相手にだけ効く、という状況での話だった。

「な、まさか──レティシア?」

 名前を呼ばれ、無視をするという意識が頭にないレティシアは、くいっと顔をあげ、「どうも……」と返事をした。

 デュノンは、破顔し恐怖と憎悪と悲哀を混ぜた顔つきをヒバリに見せた。それは、ヒバリ自身を気色悪いと言っているようなものだった。

「どういうことだよ、説明しろよヒバリ」

 なんで、なんで、とデュノンが呟く。

「同じ孤児院のよしみで言っておく、今すぐ去れ。そして俺たちのことは忘れろ」

「は? ちゃんと説明しろよ、それまで戻らないぞ」

 最悪な結果になった、とヒバリは腸の煮え切る思いを隠して、侮蔑の視線を送った。

 デュノンは、かつてヒバリとレティシアが暮らしていた孤児院のメンバーだった。そして、レティシアを好いていた人物でもある。レティシアをヒバリとデュノンが取り合った過去は簡単に流せるものではなく、振り向いてもらえなかったデュノンはいつしかレティシアに対する感情を好意から愛憎に変貌させた。片想いが実らなかった過去は、それはまた別の話だ。

 現在、レティシアの人間ならざる姿を見られたのは、ヒバリにとって痛手であった。レティシアがいくら二足歩行で歩き、人間然とした格好をしていようと、皮膚を見せないその姿は、異物と言っても過言ではない。

「同じ孤児院で過ごしたからわかるさ、ヒバリ──お前は、クソみたいな人間だった。レティシアを騙し、犯し、挙句の果てに、婚約をした。力のないレティシアが、孤児院の外で犯されているのを見た時、俺はとんでもないものを敵に回したと思ったぜ。ああ、こういうことになってたとはな……。ハハハ、正体を現したなヒバリィ」

 デュノンは、手で顔を隠しながら喚き始めた。汚物だとでも言うように、穢らわしいと叫びながら他の乗客の注目を集めた。

 デュノンの主張では、過去からヒバリは変態性と狂人性を持ち合わせ、その有り余らせた狂気によって、数年ぶりに再会してみたら恋人を人間ならざるものにしていた、ということだった。

 ヒバリの主張より、状況証拠として乗っているレティシアの存在を認めてしまえば、乗客がヒバリに非難の目を向けるのは明らかだ。

「ああ、愛しのレティシア────。そのような姿にされてしまって……。今すぐ助けだしてあげよう」

 隣に座っているロトをどけて、レティシアの手を取ろうとする。

 刹那、デュノンは頬を殴られその勢いで上半身をシートの角にぶつけた。

「クソがよ!!!!」

 ヒバリは仰向けになったデュノンにまたがり、さらに数発加えようとする。

「やめて!」

 レティシアはその手を取り、ヒバリに諭した。

「これで過剰に暴力を振るってしまったら、それこそ言い訳のしようがなくなるわ」

 暴力の化身ともいうべきレティシアに、暴力のなんたるかを説かれる。

「ヒバリくん。私は嬉しいよ。けどね……。この気持ちで怒りを収めてくれないかな」

 自分が侮辱されて、それに愛している人が激昂してくれて、嬉しい──と。

「ッ、っ痛テテ……」

 体を起こしたデュノンは、その殴られた頬を抑えながら、威嚇した。

「殺してやる!!」

 その発言に、ロトが過敏に反応する。今までにない反応に、レティシアは動揺を見せた。ロトの反応は、はじめ嬉しさを表したが、発言者がヒバリではないことに気づき、ぎゅっとレティシアの体を抱き寄せた。

「この期に及んで、家族ごっこかよ……!」

 気色悪ィ、と吐き捨ててデュノンは別の車両に戻って行く。

 ヒバリとレティシアが他の乗客の視線に気づいたのはそれからだった。

「もう二度と会いたくないな」

 ヒバリはデュノンの背中を睨んで、レティシアとロトに向ける表情に切り替えた。

「ごめんな」

 次の駅へ到着するアナウンスが流れる中、レティシアは懺悔を始める。

「ううん。私の方こそ。私が、こうだから。本当にごめんなさい」

 涙ぐむレティシアの頭をヒバリは優しく撫でた。

「ここでで降りよう」

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