「お待たせ致しました」

 悩んだ結果、ロヴェインを召喚することになった。そうするしか方法はなく、最初からスミノフはこれを狙ってのことかもしれない、とヒバリは黙考する。

「準備は出来ておりますので。目的地・〈ルシャール〉まで三日ほどとなります」

 白手袋をはめた手で十全にハンドルを握るのを見ると、ロヴェインへの信頼が芽生える。ロヴェインの扱いに対しての認識を改める必要があるとヒバリは思った。

 ヒバリの不審な目線を感じたロヴェインは何かありましたでしょうか? と訊く。

「いや、その……最初から気になっていたんですが、なぜスーツなんですか?」

 ヒバリの質問に柔らかな微笑を浮かべ、実はですね、と答えた。

「イメージ的にはスーツでいるのは間違いかもしれませんが、私がバトラーであると不埒な者にバレてしまうと、ヒバリさんやレティシアさんに危害が及ぶ可能性があるのです」

 なるほど、とヒバリは相槌を打つが、隣で座るレティシアはどういうこと? とその可愛い顔を自信なさげに曇らせてヒバリに耳打ちをする。

「俺たちが、あんまり派手にすると危ないってことだよ。お金を盗まれるかもしれないし、命を落とすかもしれない」

 真ん中でぼーっとしているロトはこの手の話にはあんまり興味ないみたいで、それよりふかふかのシートに興味を示している。

「なるほどねー」

 いつもよりレティシアがヒバリにそっけないのをヒバリはこの時点で気づいた。腹立たしくあったデュノンをなんとか消化しようと一人でムキになっているうちに、レティシアを放っておいてしまったからなのかもしれない。

「ティア……その、さっきはごめんな」

「なんのこと?」

 微笑みを浮かべて、語りかけるようにヒバリの謝罪を受け流した。

「よく考えれば、あんなことは避けれたはずなんだ。不要な行動でティアを傷つけてしまった」

「いいよ。そんなこと。私、ヒバリくんには怒ってないから」

 レティシアは表情を変えてはいなかったが、ヒバリは目の奥が笑っていないのに気づいた。

 そう、デュノンの発言に根拠のあるものはない。全て、その場ででっちあげたデタラメだというのは自身に関わるレティシアも理解していた。三年の記憶がない状態だが、そんなことはしていない、と言い切れるほどヒバリを信頼していたし、まだそういう間柄ではなかった。

 ヒバリもレティシアに詰められて、はっとする。と同時に、ヒバリに色々な感情が襲ってきた。羞恥と憧れが混じった瞳でレティシアを見ると、レティシアは照れ隠しなのか手を握ってきた。まだ、これでいい、とヒバリは思った。これだけで緊張しているのだから。


 そろそろ休憩にしましょうかとロヴェインが提案したので、ロヴェインの運転のままレストランへ寄った。皇国の中心から結構離れたと言うのもあって、人気は少ない。ロヴェインは別のところで夕食を済ませてくると言うから、三人で楽しんだ。

「ロトは嫌いなものはないのか?」

 膨大なメニューを眺めるロトに好奇心でヒバリは訊いてみる。コク、と頷いたもののメニューに目を通していく中で、端のステーキに行きあたる。

「これ、食べたことない。わからない」

 ステーキ、とかぼそい声を発したのはレティシアで、

「食べてみる?」

「うん」

 レティシアの圧に流されるまま、ロトは届いたプレートにずっしりと載っている謎の料理に手をつけた。

「これがステーキ?」

 不器用にナイフとフォークを使って、肉を口に運び込む。ソースが口元に垂れたのを、レティシアが拭いてやる。

 ──家族ごっこ。ヒバリは昼間の言葉を思い出した。これが家族ごっこか、とヒバリはため息をついた。

 ステーキの美味しさにロトは目を輝かせている。美味しいものを食べて、安心を得たのか不自然にロトはレティシアの体に擦りつけてくる。

 ヒバリはかつて柔肌だったレティシアの体の感触を思い出す。それも遠くどこかへいってしまった。

 いいなあとヒバリは、レティシアにわかるように頬を膨らませた。それに気づいたレティシアが小馬鹿にして笑う。

 ロトも釣られて、にははと笑った。

 合金で出来たレティシアの左手をロトは握った。

「……」

 視線は互いに合わさっているのに、ロトは口を開かない。どう言葉にしたらいいか、といった感じで、その困惑はレティシアにもちゃんと伝わっていた。

「どうしたの?」

 あわあわと視線を揺らすもロトは何も出来なかった。レティシアはロトの綺麗な赤毛に手を伸ばす。

「ロト。私の名前はレティシア。改めてよろしくね」

 そう言うと、レティシアはずっしりとした体でロトに負担をかけないよう優しめにハグをした。

「レティシア母さん」

 ヒバリは苦笑する。

「やだなぁ、私まだ処女だよ? お母さんて歳じゃ。レティシアお姉さんと呼びなさい」

 聞き慣れない単語にロトは、処女? と眉を寄せる。なんでもないよ、とレティシアお姉さんと呼び方を改めた。

 ヒバリの少し申し訳ない表情に気づいたレティシアが、まだ人間が残っている部分を表に出した。紅潮するレティシアに、ヒバリが半ば冗談のように、「今度な」と約束をした。

「今度って。期待しとくよ?」

「勿論。結婚したらって約束はまだ有効だろ?」

「うん」

 食事を終えてから、ロトの口数がぽつぽつと増えていった。いつも身構えていたロトは心に余裕が出来たせいか、レティシアにべったりになってしまった。

「随分楽しまれたようですな」

 集合したロヴェインもそれを認め、ヒバリはまあ……と返した。

 車は安全運転で、皇国の街中を進んでいく。郊外で夜間がここまで明るいのは珍しく、避暑地として名を馳せた土地であることが見てとれた。

 建物のネオンサインが、黒いボディの車を包んだ。ロトが身を乗り出して光る建物群を観察し、あれはなに、これはなに、と聞いてくる。レティシアは半分詰まって答えられなかったが、わからないなりにロトと一緒に答えを探しているようだった。

「ホテルはさきほどとりました」

 ヒバリは夕食中にも業務をこなすロヴェインに頭が上がらない思いになる。

「ありがとうございます」

 バックミラー越しにロヴェインは頷いた。

「道程はあと二日ほどになりますので、ゆっくり寛げる場所をお選びしました」

 ヒバリの脳内に高級なシャンデレラの浮かぶ一室が浮かび上がった。ふかふかのベッドで飛び回るロトは可愛く、それを嗜めるレティシアも殊更に言うほどではない。

「お金は⁈」

 一生で一度の贅沢が思い浮かんだことで、ヒバリは突然声をあげた。

「軍から出る手筈となっておりますので、お気に召されぬよう」

 軍の会計事情はわからないが、ひとまず金の心配は消え失せた。しかし、なぜここまで自分たちにお金をかける? 孤児院で育った人間からしたら、やはり理解できない高待遇だ。

「大丈夫ですよ、ここら辺にそこまで高いホテルはございませんから」

 はっは、と笑うロヴェインのせいで、ヒバリは頭を抱えた。

(やってしまった……。思い上がりをしていた。そんなはずはないよなぁ)

「着きました」

 白手袋を外し、ドアを開けてくれる。ロトは刺激が強かったのか、少々ぐったりしている。長旅で疲れて微睡んでいるのが、それもまた可愛かった。

「行きましょうか」

 連れられてホテルへ入ると、一人の女夫人が出迎えた。彼女は自分を管理人と呼び、四人をお客さまと言った。

 受付は勿論ロヴェインが済ませ、部屋は二つに別れた。

 二日間、それの繰り返しだった。

 レティシアの容姿で列車に乗れない分、車で地道に進んでいくしかなかった。特に、二日目からは、敵国イヴァイル共和国と結ぶ長大な山のふもとをひたすら走るだけで、景色も変わらずつまらなかった。

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