3
人が足音を立てるように、レティシアも物音を立てる。鉄の関節が曲がる音、拳を握る音。レティシアの動作一つ一つに音は生まれる。
過去を取り戻すことを決めた日の翌日。ヒバリは半年の休みを貰い、その決意を新たにしながら、また二人は軍の本部へと訪れた。
ヒバリはマオカラースーツというヒバリ自身が学生だった頃着ていたものと似ているスーツを着て、レティシアはトランクに入っていた赤いラインの入った、黒を基調とした軍服を着用した。右手に抱えるトランクケースは覚悟の証だった。
「来たね」
予想通りだとでも言うように、スミノフは待ち構えていた。
「わかるんですか?」
ヒバリの問いに、スミノフは嫌な笑みを浮かべて、
「老獪の勘だね。こればっかりは」
施設入り口で受付を済ましてきたので先に知ってはいるだろうが、スミノフはその時間がどうであれ本当にヒバリとレティシアは来ると思っていたようだった。
締め切った室内の中で、肌寒さを覚えたのはヒバリだった。昨日は感じなかったこの部屋の不調に、レティシアは気づきそうにない。
「ここに来たと言うことは──」
「はい、博士。私の過去を知りに来ました」
スミノフはレティシアの真剣な表情を読み取って、続けた。
「レティシアくん、君の過去─つまり三年間は戦争そのものと言ってもいい。人を殺し、仲間を殺され、その連続だ。その地獄の日々に、君は触れることになる。生半可な覚悟じゃいけない。それでも、それでも君は、過去を欲するんだね?」
スミノフの冷静な説得に、レティシアは立ちすくむ。それでも自分の義務から顔を背けようとは思えなかった。
「私が、私である理由を探す為、ヒバリくんと釣り合う為に必要なんです」
スミノフはその言葉を聞き届けると、少しだけ笑った。
「そこでヒバリくんの名前が出るとは……レティシアくんはそうとう彼のことを愛しているんだね」
ぽっとレティシアの顔が赤くなる。顔だけは機械ではない素のレティシアに、ヒバリは嬉しさと悔しさを噛み締めた。
「ええ、愛していますよ」
今度は恥じらいもなくそう言い、スミノフの手を煩わせた。
「ま、まあ……。そこまで言うなら了解した」
「お願いします」
ヒバリがそこで口を挟んだ。スミノフは、ヒバリの目を見ることでそれに応えた。どこまでも他力本願でないといけない──ヒバリの嘆きはスミノフに伝わっていない。
「では、細かい説明をしよう。重要軍事拠点は三つ。ここより南東にある第一拠点・〈ルシャール〉。ちょうど東側に位置する第二拠点・〈サーレ〉。そして最終拠点・〈ダイナリノン〉。任務はこの三つの拠点を巡り、サンプリングされた記憶データをインストールすること」
「はい」
レティシアが相槌を打つ。スミノフはそれを理解したと受けて、説明を続ける。
「そして、全ての──三年間の記憶を取り戻したレティシアくんにはある選択をすることが出来る。持ってきなさい」
裏で仕えている女性に合図をして運び込まれたのは、レティシアの体だった。
それこそが肌寒さの正体。専用のケースで保護されているが、冷気はだだ漏れている。
「なんですか? これは。これが、ティアだと言うんですか?」
「落ち着きたまえヒバリくん」
レティシアは、未だ知らない過去があったのかと、謎に包まれたレティシアと思しき女性の体を呆然と見ている。ケースから見えているのはちょうどガラスばりになった顔の部分だけだが、下に服を着用していないのは容易に想像出来る。
「ここからは、未来の話だ」
そうスミノフは前置きした上で、レティシアのもう一つの体を見やった。
「まず第一に、今そこで立っているレティシアくんは、正真正銘オリジナルだということを保証しよう。君が記憶を失う前の状態から、我々は何も施していない。多少のパーツは変えたがね」
レティシアは自身の腕を摩る。自分が「オリジナル」と言われる感覚の気持ち悪さは想像に難くないとヒバリは思う。
「レティシアくんが記憶を取り戻した時、それは半分軍の人間であることも許容しておいてほしい。その時、兵器であるレティシアくんを我々はどう扱うか思案するだろう?」
その言葉を一端ヒバリとレティシアに投げて、スミノフは口を閉ざした。
「これは保険であり、賠償であり、責任なんだ」
「で、一体それは何なんですか? レティシアのクローンですか?」
「クローンといえば、そうかもしれないが……、これはレティシアくんの細胞で作った人工皮膚だし……今のレティシアくんは、ほぼほぼ機械だ。記憶でさえ、データという機械的なもので構成されているくらいには機械になってしまったと考えてほしい。データを揃え、脳内で競合させて人格を成立させた時、こっちの体に意識を移そうという話だよ。簡単ではないかね?」
「そんなの人道的じゃない」
ヒバリが非難の声を上げるも、レティシアは満更でもない顔をしている。
「ヒバリくん、今一度認識を改めてほしい。レティシアくんをまだ人間だと思うのか、戦争によって生み出されてしまったヒューマイドだと考えるのか、それは自由だ。しかし、現実はそういう区分なんだよ」
ヒバリの脳裏にある言葉が遮った。それは意図的に考えないようにしていた現象、パラドックスだった。
「テセウスの船……」
スミノフはじっとヒバリの顔を確かめていた。
「レティシアくん。この体に移るかどうかは、最終拠点に辿り着き、帰ってきたあとに聞こう。今の時点でも感じているはずだ──もう自分は、人間とは違った何かなのだと」
スミノフはあくまでも、人工で作られた体なのだと強調した。まるで印象操作でも行うみたいに、「安心したまえ、レティシアくんの細胞で作ったクローンだよ」と囃し立てる。
それはあんまりじゃないですか。その言葉はヒバリの中で音にならずに霧散した。
レティシアの体がテセウスの船だと言うなら、ヒバリのレティシアに対する愛情も可変だと言わざるを得ない。
今まで無言だったレティシアが口を開く。
「全てが終わったら、ヒバリくんと決めます。私はヒバリくんの好きな女でありたいので」
スミノフが小馬鹿にしたようにふっと笑った。
「第一拠点・〈ルシャール〉はここより列車で一日の距離だ。長旅になるだろうが、君ら二人なら心配ないだろう。次に第二拠点。〈ルシャール〉から来た道を戻る感じになるだろうから、心配はいらない。〈ルシャール〉より二日か三日の距離だ。最後に最終拠点・〈ダイナリノン〉。〈サーレ〉より二日くらいだ。最終拠点にはまだ軍が駐軍しているから、第二拠点でパスを貰ってくれ。それで入れるはずだ。説明はこれで十分だが、何か質問はあるかね?」
レティシアとヒバリはお互いを確認した。
「特にはないようだな。先を急いでも危ないし、明日出発するのが吉だろう」
長い喋りで溜まった唾をスミノフは飲み込む。ヒバリはそれに対する動作を持ち合わせていなかったので、引き際に失礼します、と言いレティシアを連れて本部を出た。
昼過ぎに家を出たが、随分と時間は経っていたようで日が暮れていた。ヒバリの体感時間では一時間半ほどだったから、体内時計との乖離が激しい。一日の時間を引き延ばされたような感覚があって、それが今後向き合うレティシアの過去に耐える体力がないように思えて、ヒバリは、はっと息を吐いた。
「疲れたね」
レティシアがヒバリを思う発言をしてくれたので、ヒバリはそれで疲れが吹き飛んだ。
「いや、参ったよ。うん、疲れた」
目頭を押さえて疲労をアピールするヒバリに対して、
「ほんと、疲れたね。精神的に」
レティシアはそう言った。
立ちくらみでもしそうな疲れは、それは精神的なものではないことに気づいてヒバリは絶句する。確かに受け止めきれないことは沢山あった。
「どうしたの?」
「いや──なんでもないよ」
レティシアは変わる。よくも悪くも、体という媒体が変わる可能性を示唆されて、ヒバリは動揺していた。
ある程度、一生そのままなのだろうなという覚悟はしていた。レティシアは機械、レティシアは機械──。それが、そうでなくなるかもしれない、という新たな現実、ルートが浮かび上がってきた。それが嬉しいようで、自分の覚悟を笑い物にされたようで。……そう、レティアは変わることが出来る。
ヒバリが一生捧ぐと決めたレティシアへの愛は、その思いはいつか消えてしまうのではないか、とヒバリは感じていた。この笑顔を守りたい、と誓ったはずなのに。
「あのさ、ちょっと街を見てかない? 三年経っちゃったんだし、色々と変わってるかも」
「そうだね。案内するよ」
施設本部の入り口をぐるっと裏手に回った。本部なだけに広大な敷地を持ち、一回りするだけで二十分はかかる。高さのある建物に日が遮られ、夕焼けの光もあまり入って来ない。
「裏側、北の方は最近商店街が出来たんだ。それにここから歩いていくのは遠いけど、車でちょっと行ったところに複合施設も出来た」
ヒバリがそう呟くと、レティシアはむっと嫉妬した。
「私のいない間にそんなのが出来てたの?」
そんな楽しそうなの知っててずるい、とレティシアは言ったが、ヒバリは慌てて訂正した。
「最近と言っても、二年前のことだけどね。複合施設が出来たのは一年前くらいかな」
レティシアはまだ気づいていないようだが、ヒバリは先んじて対策を打っておく。この国の人間は、戦争であった悲劇を余り知らない。
三年という月日は確かに長かったが、その間、対共和国戦で敗けたことはなかった。常に戦勝し続けていたのだ。
それをメディアは国の平和性について、防衛戦でも安全だと言うプロパガンダを行い、国民はそれを信じている。当然だといえば当然だ。戦時下なのだから。
しかし、新聞社で働いていたヒバリは戦争の裏の顔を聞き及んでいる。
ヒバリはスポーツ担当の記者であったから、新聞社の中でも戦争に詳しくない方だ。けれど、政治部や社会部の同期に飲みの席で愚痴という溢れ話を聞く機会はあったから、断片的にだが情報は知っていた。曰く、──我が国は独自の軍事力・科学力によって勝利を続けた、と、
話を戻すと、ヒバリの危惧はこうだった。戦争に駆り出されている人間がいる中で、国民は国内の平和に酔っていた──それをレティシアに知られるわけにはいかない。
「それに俺は仕事に忙しかったから。ティアが帰ってきたら、一緒に回ってみようと思ってたよ。……だから実際は新しく出来たとこそんなに知らないんだ」
ヒバリは、はにかんで笑った。レティシアはヒバリの顔を見て満足し、ヒバリの左腕を抱いた。
「あ、こんにちは……」
休憩か何かで外を出ていた軍服を着た若い男の人に、その様子を見られる。レティシアは挨拶をしたものの、照れて顔を伏せた。男は恭しく敬礼をして去っていった。
「恥ずかしいよ、やめてよヒバリくん」
「ティアがしたんだろうが」
そんなことを言いながらも、レティシアは腕組みを外さない。ヒバリは正直、鉄の腕に自分の腕を絡まれて痛みを感じている。しかし、起きて以後積極的なアプローチを見せなかったレティシアが動いてくれたことが嬉しくて、何も言い出せずにいる。もとより言う気はなかったが。
「あれかな、見えたよ。商店街の看板が」
目を輝かせて、頭上に掲げている商店街の看板を指さした。ヒバリの腕が解放されて、レティシアの見えないところで腕を摩って感覚を確かめた。
レティシアの関節の動きは滑らかだ。しかしその長所を殺すだけの見た目が短所だった。さっきの軍人が敬礼をしたのも、レティシアがそういう人間だと易々と見抜かれたからだ、とヒバリは思考する。
商店街の入り口に入る瞬間、横目に暗いものがヒバリの目に映った。商店街の一番初めの建物と、それと別口の建物の間には、幅一メートルくらいの道があって、そこにある何かがヒバリの視界の端を捉えたのだ。
……潜まった何かをヒバリは目で追った。
「……」
「ヒバリくん?」
「何でもないよ」
ヒバリはそう濁したが、レティシアは不審に思ったままで上手く言い躱せていなかった。それほど衝撃的であったことに、ヒバリ自身も自覚できていない。
ヒバリが目にしたのは貧民街の有様だった。
出来て一年くらいの場所に、少ないながらも人が集っている。
「これさ、ヒバリくん」
レティシアも悟ったようで、ヒバリに心配の声を発した。
壁に凭れかけて、日の当たらない場所でじめじめと生きている。戦争が生み出した現実に、ヒバリは面食らう。
「ねえ、あの子」
貧民街、この状況に近い言葉に直すと退廃地区。どうやらホームレスと化した人間はここの近くに点在しているらしく、商店街の影を直視せずにはいられない。
レティシアはボロ衣を纏った女の子を指さした。髪はずいぶん切ってないのか長く、顔の半分ほどを覆い、汚れは全身で目立っている。元の色が何かわからないほど、皮脂や埃で黒く染まっていた。それは勿論退廃地区の光の当たらない環境もあったのだろうが、黒っぽい茶色に見える髪色は印象的だった。皇国には、派手な髪色の人間は見かけない。ヒバリは黒髪だし、レティシアもクリーム色だ。
身を綺麗にすれば、この子はどんなに映えるだろうか。一瞬そんな想像がヒバリの頭を掠った。しかし、その女の子の顔を覗けば覗くほど、そんな思いは立ち消えた。
無感情。ヒバリとレティシアが好奇の目を向けているのにも関わらず、その女の子は一切反応しない。他の人間は虚な視線を寄越して、慈悲を要求しているのに。
生きているのを既に諦めているみたいだ、とヒバリは思っていた。
レティシアは、ヒバリくんが良いと言うのなら面倒を見てあげたいと思っていた。しかし、それは働いているヒバリに許しを乞うべき事態で、そもそも二人にそんな余裕はないことは知っていた。だから、黙っている。結局いつもレティシアは、ヒバリ任せなのだ。
レティシアはその翠色の双眸で、ヒバリを見詰めた。最早言葉を使わないことにヒバリは呆れを通り越して愛らしさを感じていた。
「わかった。しかし、俺たちの手を取るかどうかは、彼女が決めることだ」
二十歳そこらのカップルに、そもそも子育てなど出来るだろうか。蹲った女の子は相変わらず微動だにしない。
「うん」
二人は退廃地区に足を踏み入れてゆく。あれだけ避けていた場所に自ら踏み込んでいくことに、ヒバリは多少の罪悪感を抱えていた。理想化しつつあったレティシア像が、退廃地区の汚泥のような臭さと共に掻き乱されていく。三年間という時間は、ヒバリが現実と向き合っていなかった時間と一緒だ。
「キミ」
ヒバリが歩み寄って声を掛ける。女の子からは当然のように反応は返ってこない。
ヒバリは渋々女の子の肩を叩いた。ヒバリにとってそれは避けたかった事態だ。しかし、我慢強くキミと声掛けても女の子はその「キミ」が自分であると認識しないだろう。
「キミのことだよ、名前は?」
漸く顔を上げた。全体は紅く、中心はトパーズの色合いをした瞳が、確かにヒバリと後ろでやや不安げに構えているレティシアを捉えた。
「名前は──ロト」
基本的に会話は滞りなく進む。名前はロトで、年齢は不詳。どうやら最近のことを覚えていないらしく、自身のことになると無言になることも多かった。しかし、記憶なんてなくても体に染み付けられた習性のようで、感情のない声色で一切を拒むことなくヒバリの質問に答えていくのだった。
おおよそだがロトは、十歳くらいの女の子だと推測した。身長はレティシアより十センチほど小さく、ヒバリより三十センチほど小さかった。
話を重ねていくと、年もそれくらいであることが考えられた。ロトの言と真実がどれほど合っているか未だ判別の出来ないことは多いが、極端に間違っていない限り、ロトの発言は信頼できたのだ。
しかし、現実は極端な方で合致してしまっていた。
「ロトちゃん。いつからここにいるの?」
ヒバリの質問に詰まり出した頃、レティシアが代わりに訊き始めた。レティシアの声を模した機械音声が─実際は生身の声かもしれないが─、ロトの意識を包み込むように放たれた。声質がちょっと変わった違和感についてヒバリは、レティシアならそういうことも出来るかもしれないと安易に納得した。盲目なヒバリはレティシアの体の仕組みについてあまり知ろうとしていない。
「……お母さん──」
ロトの様子が変わったのはその直後だった。初めてロトの親に対する発言を引き出せた。
引き続きレティシアが、お母さんは今どこにいるの? と訊いた。それをきっかけにロトを連れ出せるかもしれない、という二人の期待があった。
「知らない」
そこの記憶はやはり覚えていないみたいだった。希望の手綱は引きちぎれ、一気に暗中模索することになる。
「お母さんのことを探し出さないか? こんなところにいないで」
若干の沈黙の後、
「いい」
拒絶とはまた違う、諦念のような感情がロトの顔に貼り付いた。
「むり」
「無理なわけないさ、俺たちが協力する」
レティシアもうんうんと頷く。
「殺してください」
何の感情を持ってそう言ったのか、ヒバリには推し量れなかった。レティシアはその言葉を聞いて涙を浮かべた。
「殺してください」
「そんなこと言わないで」
「楽だから」
「楽って、何が……」
「ロトは、何もしたくない」
ロトを蝕む希死念慮が、二人の手を取る妨げになっていることは理解できた。しかし、それからどう声を掛ければロトを導けるのかヒバリには思いつかなかった。
そんな時、レティシアがヒバリの手を握った。レティシアはヒバリに何も言わず、助けも求めず、握った。レティシアにしても手を握ること以外に言いたいことはなかった。ただ自然と、ヒバリの手を両手で握ることを体が求めた。
「わかった。ロト。殺してやろう」
「ちょっと、ヒバリくん?」
「そんなこと言うロトを殺してやる。俺たちが、そんなことを言わなくて済むロトに生まれ変わらせてやる。だから、ほら」
ヒバリはロトに手を差し伸べた。口下手なヒバリの言葉が、強い力を持っていないことは確かだ。尤もロトの心は一寸の光も入り込めないような闇だ。ちょっと心を込めたような言葉が気安く触らないで欲しい、とロトは無意識に思う。それは抵抗だった。ヒバリから、過去から、幸せなことから、自分の不幸なことから。
逃げるのではなく諦める為の最後の足掻きだった──。
*
すぐにロトの体格に合う服を買い込み、退廃地区からロトを連れ出した。ヒバリは、汚れ切ったロトを車に乗せたくはなかった。どうにか先にシャワーでも浴びせたかったが状況的にそれは厳しく、加えてレティシアの頼みであったから、そのまま乗せることになった。
防水加工の施された合金製の体を持つレティシアがロトを風呂に入れる。その間、ヒバリは明日の計画を立てていた。
レティシアは我が子のようにロトに接した。実際は、姉と妹ぐらいの年しか違わないのに、拾った子なのに、レティシアはロトの素性など気にせず愛を注いだ。
それは自身のペットに愛情を見出すような、自分と人間の違いを愛だと錯覚しているような行為だった。
レティシアは、何もしないロトの体の汚れを落とすことにだいぶ苦心したが、何回かの洗髪を終えると、元の色を取り戻した。
ロトの紅い瞳と同様、髪の毛は赤い色をしていた。
「出たよ」
タオルを肩に載せたレティシアはお風呂上がりを思わせたが、どこか嘘くさい光景だった。それに対しロトの髪はまだ濡れていて、自分では何もすることがないことからレティシアの力不足が伺えた。
ヒバリはロトにバスタオルで髪を拭いてやる。間近で見ると赤というよりはオレンジがかった赤色で、それはまた綺麗だった。
三人で一緒に寝る。文句を言うこともなくロトは、二人に従う。従順というよりは意思のないロボットみたいで気味が悪いが、ヒバリはそんなロトを殺してやると約束したのだ。必ず最後まで面倒を見るつもりだった。
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