楽しい同人活動?

燕淑妃イェンしゅくひにはじめて渡したBL小説は、茉莉花まつりか宮の侍女さん達にも大ウケだったらしい。


淑妃のはいわゆる全年齢向けだったので、今度は大人向けにもチャレンジしてみようかな。それか他カプか?

……ああ、淑妃に頼まれてる青×憂(主従、健気攻、ツンデレ受、ハピエン)も早く書かなくては。


どちらにせよBL小説は案外使えることが分かったので、今後の為にも何本かストックを持っておきたい。


しかしこの世界にはコピーというものがないので、一度書いた作品は手書きで書き写すしかない。1人で書いて筆写もやっていたら全然時間が足りないのがネックだ。



「あのー……鈴玉リンユーちゃん?」


桃娘娘トウニャンニャン、どうされました?」


「鈴玉ちゃんって、字書ける?」



桃華宮で働くお団子ヘアーの女官ちゃんこと鈴玉リンユーちゃんに事情を話し、暇な時間に筆写を手伝ってもらうことになった。


とりあえず今日は、先日淑妃に渡した紫×青小説を書き写したものが一冊(実際は紙切れ二枚)あるので、それを手分けして増やしていく。



娘娘ニャンニャンがこのようなお話を書いているとは、全く知りませんでしたよ」


「アハハ」



鈴玉ちゃんはBLに耐性があるのか、特に引かれることもなくて安心した。


ちなみに彼女は普通の覇葉人なので、書いた文字は覇葉語にしか読めない。

よって異国の女性たちに渡す本は必ず私の文字でなければならない。

さしあたって私が書いたものには最後に『桃』とサインを入れることにした。



「でも私、青藍さまと紫雲さまは仲が悪いと思っておりました」


「え、そうなの?」


「はい。お2人でおられるところを見たことがないですし、顔を合わせても形式的な挨拶しかされていないので」


「へえ」


私たちと一緒にいる時は結構親しそうだったのにな。


「あーもしかして…」


私は一旦筆を止めて、考える。

鈴玉ちゃんも手を止めてこちらを見た。


「紫雲さんって普段、後宮の女性たちの悩み相談に乗ってるよね。けっこうプライベートな事も」


「はい」


「で、青藍さんの方は後宮管理のトップで、陛下の側近。もしこの2人が親しくしてたら、紫雲さんに相談した話を青藍さんに告げ口されるんじゃないかって不安にならない?」


「……ああ、確かにそうですね」


「だから皆の前ではわざと親しくないふりをしてるんじゃないかな?」


「なるほど」


鈴玉ちゃんは合点がいったように頷く。そして机の写本に目を落とした。


「だからお2人はこうして、雨の日だけこっそりと逢瀬を重ねておられるんですね」


「あ、それはフィクションだから……」


私たちは声を出して笑った。同人活動ってやったことないけど、こんな楽しいものなのかな。





「ずいぶん楽しそうですねぇ」




「「────うわあっっ!!!」」



いきなり背後から艶めかしい男性の声がして、私たちは椅子から飛び上がるほど驚いた。


「紫雲さん!?何でいきなり登場してるんです!?」


そこに立っていたのは、顔面に貼り付けたような笑顔を浮かべる美男子だった。


「幽霊じゃあるまいし、いきなり現れたわけではありませんよ。入口に誰もいなかったのでここまで入って来たんです」


「あ、申し訳ございません。お出迎えできず……」


鈴玉ちゃんが慌てて頭を下げる。

今の時間は別の女官ちゃんが入口にいるはずだったのだが、タイミング悪く席を外していたのだろう。


「いえいえ。先触れも出さずの訪問でしたし、私にはお気を遣わず」


彼はいつも下働きの女性にも優しい。


「それで紫雲さん、どうされましたか?」


「いえね、茉莉花宮の女官から聞いたんですよ。燕淑妃の件はトウコさんの書いた"素敵な本"が解決のカギになったと。後宮の内情を預かる身としては、詳細を調べねばと思いまして……」


ぱっちりと大きな目があやしげに細められ、私をゆっくり眺める。

"素敵な本"の内容はおおかた知られてしまっているようだ。


「あー……」


BL小説の件だけは伝わらないよう上手く説明したつもりだったのに……。まさか他所よそから漏れるとは。

そもそも女官さんにまで広まるとは思いもしなかったのだ。


「で、これが例の本ですか……」


紫雲さんは腕を伸ばし、机に置かれた見本を手に取る。


「ふむふむ…」


「ああああああ」


小説を冒頭からじっくり読み込む紫雲さんを前に、私は羞恥で頭を抱える。


「申し訳ありません!!」


そしてとりあえず頭を下げて謝る。


ナマモノBLを、よりにもよって本人に読まれるとは……極刑ものの大罪である。


「……トウコさん」


小説も終盤に差し掛かった頃だろうか、紫雲さんの声が急に冷めたものになった。私は背筋がヒヤリとする。


「……はい」


いくら寛容な紫雲さんでも、自分が男色のネタにされているなんて心外だろう。

さすがに怒られるのだと思い、私は肩を落として顔を伏せる。


「……私と青藍の身長、そんなに変わりませんよ?」


「はい?」


私は彼を恐る恐る顔を上げる。


紫雲さんは左手で紙を持ち、右手で自分の髪を耳にかけて顔を傾けている。


「この中だと私の方がずいぶん小さいように感じますが。特にこの抱擁する場面なんて…」


紫雲さんが紙面を指でなぞると、鈴玉ちゃんが内容を思い出しているのか、顔を真っ赤に染める。


「い、いいんですこれは!フィクションですから……!しかもこれ、紫雲さん達のことではありませんよ?よーく読んでみてください」


慌てて私は紫雲さんの側に寄り、写本の文字を指さす。


「"紫霞"と"青監"……」


「ほら!赤の他人です!」


開き直った私に、呆れ顔の紫雲さん。

鈴玉ちゃんはただ顔を伏せている。



紫雲さんはコホンと咳払いをした。


「まあ内容はともかく。後宮で読まれる書物は全て検閲にかけられることをご存じで?」


「へ、へぇ~初耳ですね……」


まあ、そうだろうとは思っていた。

だからこうしてコソコソと作業して、見た目だって本に見えないようただの紙切れに書いているのだ。


「その検閲の最終精査を行うのはもちろん、あの青藍です」


「ひい!」


それは知らなかった。ていうか仕事多すぎじゃないのか彼は。


「あの青藍がこれを読んだら、どんな顔をするか楽しみですねぇ。最後に"桃"なんてサインも入ってますし……」


私に向けられる瞳が、また意味ありげに光る。


「や…やめてくださいお願いします!!青藍さんだけにはどうか!」


こんなものが見つかったら、今度こそ鞭打ちに処されるかもしれない。


「でもこれ、赤の他人なんでしょう?」


「………」


墓穴を掘るとはまさにこの事か。


続く言葉を失う私に、紫雲さんは手に持った紙で口元を隠しながら囁く。


「まあ別に、内緒にしてあげても良いですけど……」


「お願いします!どうか!」


「ただし条件があります」


「な、何でしょうか……」


紫の衣にすがりつく私に、紫雲さんは唇の端を上げる。



「今夜私の屋敷に来てください。トウコさん1人で」




「────え」




思いもしなかった提案に、一瞬頭が真っ白になった。


「な、何でですか?紫雲さんの家に?1人で?」


「それはもちろん、あなたと2人きりになりたいからですよ」


"2人きり"をやけに強調しにっこりと微笑む紫雲さん。声色からしてどうやら冗談ではなさそうだ。



夜に……紫雲さんと2人きりで………一体何するの────?



ぐるぐると思考を巡らせているうちに、ふと紫雲さんの帯が目に入る。


そして脳裏によみがえる、あの日の会話────



あれは仏殿の執務室で、宝具パオジーについて話していた時だ。



『よければご覧になりますか?』


『いいえ結構です!!』


『そんな遠慮なさらずに。いま周りに誰もいませんから、さあ今のうちに……』



"『ま、また今度!!今度見せてください!!ね!?』"



ああ、きっとそうだ。


今しがた紫雲さんの中で何かのスイッチが入ってしまい、"今度"が"今夜"になってしまったのだ。


私はだんだん意識が遠のいてゆくのを感じた。



……私、今夜死ぬのか───





いっそ青藍さんに見つかった方がマシだったのかもしれない。

そう気づいた頃には時すでに遅し。


「では、また夕方頃に迎えを寄越しますからね」


紫雲さんはくすりと笑い手にしていたBL本をそっと返すと、鈴玉ちゃんが頭を下げて受け取る。


そのまま紫雲さんは衣のすそをふわりとひるがえして、桃華宮を出て行ってしまった。


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