任務:淑妃の恋路を邪魔せよ③

燕淑妃イェンしゅくひにとって見目麗しい宦官は、女性でも男性でもない、まさに中性的で不思議な生き物。

彼女はその神秘性に憧れていたらしい。

紫雲さんはいわばユニコーン的存在だったわけだ。



茉莉花まつりか宮を出た足で仏殿の執務室へ向かった私は紫雲さんに「実は宝具について知らなかった燕淑妃に、会話の流れで~」という具合に、BL小説の件だけは伏せて後は洗いざらい説明した。


紫雲さんもまさか淑妃が宝具について知らなかったとは思っていなかったし、それを知った所で出禁になるほど拒否されるとは寝耳に水だったようだ。


「まあ何はともあれやっと解放されて、私は大助かりですけどね」


そう言って紫雲さんは自分の髪を摘まんで毛先を眺める。唇を尖らせた顔はちょっと寂しそうである。

自分に懐く淑妃を可愛い妹のように思っていたのかもしれない。


「時がたてば普通に戻りますよ。ああいうのは思春期特有の感情ですから」


淑妃は14歳、日本では中学二年生だ。

小難しいものにハマってみたり、アングラなものに惹かれたり……。

かくいう私もその年の頃BL沼に落ちたせいで男女の色恋に嫌悪感を覚えてしまい、少女漫画のたぐいが全く読めなかった経験がある。今はどちらも大好きなのだが。

思春期の心はそれだけ繊細なのだ。



*   *   *



「……あの本、また書いてくれる?」


宦官への出禁も解かれた頃、私をひとり茉莉花まつりか宮へ呼び出した淑妃はそう言った。


てっきり男はこりごりなのだと思っていたが、BLに興味があるとは意外だった。


「はい、お望みであれば」


そう答えると淑妃は恥ずかしそうに横を向く。

そして珍しく口ごもりながら言った。


「それと、あの時のは、その……紫雲さまが積極的になっていたでしょう?今度は青藍さまの方が……積極的なのが良いの」


「……はあ」


ついに攻受にも選り好みが出てきたのか。

この短期間で彼女に一体何があったのだろう。


「いつもクールなあの方が殿方に夢中になったり、抑えきれない感情を爆発させる姿も見てみたいわ」


胸の前で手を組み語る少女の瞳は、かつて紫雲さんに向けていたものと同じくらい輝いていた。

周りの侍女さんたちはやれやれといった表情で幼い主を見つめている。


「えっと、ちなみにお相手は……」


私がたずねると淑妃は人差し指をアゴにあてて、天井を眺める。


「やっぱり陛下かしら。いつも一緒にいるし」


「そ、それは……」


確かに青藍さんが攻ならそれが妥当だろう。

しかし側室とはいえ自分の夫のBLをたしなむのはいかがなものだろうか…しかも受で。


困惑する私の顔が見えていないのか、淑妃は何かを思い出したように両手をパチンと叩いた。


「そういえばあの2人、食事や入浴も一緒だっていう噂を聞いたわ!夜も一緒に眠っているのかも!」


「そ、そうなのです?」


房中録によればお一人で眠っているそうだが……。


なかなか煮え切らない私に淑妃はイラついたように語気を強め、こちらを指差す。


「事実はどうでもいいから、そういうていで書いてよ!創作フィクションなんでしょう!?」


ごもっともである。BLとはまさにそういうものだ。


少女とは思えぬ淑妃の迫力に私はただ頭を下げるしかない。


「───か、かしこまりました……」



「ありがとう!すっごく楽しみだわ!」



うってかわって満面の笑みを見せた淑妃。


そこに大人っぽい化粧や衣で背伸びしていた妃はもういない。

その姿は青春を謳歌する14歳の少女そのもので、かつてBLから多くの幸せをもらっていた頃の自分に重なる。



幼いせいで陛下からのお渡りもなく、この閉ざされた後宮で青春をもて余す彼女の今が、私の書く文章で彩られるのなら、これ以上嬉しいことはない。




「ちなみに陛下は、普段は素っ気ないんだけど、2人きりの時だけ青藍さまに甘えてくるって設定がいいわ」


「……ツンデレってやつですかね」



別の扉を開けてしまったような気がするが、まぁこれも一時だけだろう。





(とりあえずミッションクリアです。これで良いんですよね?青藍さん……)


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今後もよろしくお願いいたします。

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