任務:淑妃の恋路を邪魔せよ②

後日、私は1人で茉莉花まつりか宮を訪ねた。


「一体何の用かしら?」


例の長椅子に足を組んで座る淑妃。もちろん私には隣を勧めたりしない。

案の定、彼女の態度はこの前とは違い、表情や言動に横柄さがにじむ。


「お近づきの印に物語を書いてまいりました。燕淑妃イェンしゅくひ様にも読めるよう刈羽語がいわごで書きましたので、退屈しのぎにでも読んでいただければと」


私はひざまづいてそっと紙を差し出す。


燕淑妃の大きな瞳が、いっしゅん興味ありげに光る。

後宮にも書物はあるがほとんど覇葉語で書かれているので、異国人が娯楽として読むのは難しいのだろう。

つまり異国の妃たちは暇つぶしに飢えているのだ。



「……どんな話なの?」


「淑妃様がお好きな"あの方"をモデルにした恋物語です」



淑妃が受け取ったのは、三つ折りにたたまれた紙が2枚。


中を開くと書かれているのは『紫雲×青藍のBL小説』だ。


内容について、まず読者が14歳なので卑猥なシーンはカット。

しかしドキッとする展開くらいはあって良いだろう。


タイトルは【仏具庫ぶつぐこの秘密】


"後宮に仕える宦官でありながら、密かに惹かれ合っている2人。

多忙を極める彼らが会えるのは、決まって雨の降る日だけ。仏殿の奥にある仏具庫にて人目を忍んで密会する────"


というストーリーだ。


これは先日憂炎陛下が「雨の日は1人で散歩する」と言っていたことから着想を得た。

主が1人で出歩く間のみ、青藍さんはこっそりと仏殿へ足を運べるのだ。


ここでは会話のみ一部抜粋してお伝えしよう。


"『貴様さっきから、そのように浮ついた事ばかり……。宝具はきちんと着けているのだろうな?』


『ええもちろん、よければ確認してみますか?』


『は!?な、何を言う……』


『何って、私と青藍の仲ではないですか』


『どんな仲だ!?』"



「………」


両手で紙を持ち、食い入るように読む燕淑妃。

時おり大きく口を開けたり目をしばたたかせていた。


「これは……やけに生々しいけれど、まさか本当の話なの?」


少し赤らんだ顔を上げた燕淑妃に私は腕を組んで揖礼ゆうれいする。


「『事実を元にした創作フィクション』でございます。お気に召しませんでしたか?」


「……まあ、せっかくだから貰っておくわ」


淑妃が読み終わった紙を持ち上げると、背後に控える侍女さんがそれをうやうやしく受け取る。


反応はまずまずである。最悪破り捨てられるかと思っていたので正直ホッとした。


私は何も彼女をBL沼へ落とそうとしているのではない。

ただ紫雲さんの他にも何か興味を引かれるものができればと思ったのだ。

先述した通り異国の妃は暇を持て余している。

だからこそ彼女は、何でも聞いてくれる美しい宦官に熱中してしまったのだろう。



「ところでトウコ、この中で2人が言っていた"宝具パオジー"ってなあに?」


「………」


きょとんとした燕淑妃の顔に、私の中で時が止まった。そして血の気が引く。



「────ちょ、侍女さん!?宝具について教えてないんですか?」


私はさっき紙を受け取った侍女さんに向かって声を上げる。

彼女は侍女の中で一番の古株で、やはり淑妃の乳母を務めていた人らしい。


侍女さんは慌てた顔で床に膝をつき頭を下げた。


「も、申し訳ありません!幼い姫様にその……器具の仕組みなど、どうお伝えしようかと考えあぐねておりまして、まだ出来ずにおりました……」


「………」


……まあ、そうだよね。アレを言葉で説明するのは女性にはハードルが高い。

かといって実物見せることも出来ないし。


ちなみに淑妃の祖国にも後宮はあるが、そこにいるのはいわゆる"本物の宦官"だけらしい。


私も宝具が覇葉国だけの物だったとは知らなかった。なので物語の中に当たり前のように登場させてしまったのだ。その点で私にも大いに非がある。



「淑妃様、よく聞いてくださいね────」


せっかくの機会なので、私と通訳さんと侍女さんと、皆で協力して覇葉国の宦官と彼らが身に着ける宝具について説明した。

後宮の女性にとって大事なことだし、何か危険があったらまずいので。



「……という訳で、万が一宦官から何かされそうになったら、腰の黒い紐を思い切り引くのです。かといって迂闊うかつに引いてはなりませんよ。触れるのもダメ。相手にとっては命に関わります」


話を聞き終わった淑妃は顔を真っ赤にしてわなわなと震えている。

大きな瞳にはうっすら涙が浮かぶ。



「ここの宦官は……切除……してなかったの?」


声をか細く震わせる淑妃に私は「はい」と答えた。


「……ついてるの?」


「はい」


「紫雲さまも?」


「はい」


赤かった顔がだんだん青ざめていく。


「ついてるならただの男じゃない!!いや!!不潔よ!!」


「「「え」」」


侍女さん達と私は揃って同じリアクションをしてしまった。



「……あ、そっちのタイプ?」



その後茉莉花宮ではしばらくの間、宦官は出禁となった。

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