トウコ劇場

その日私は紫雲さんに連れられ、青藍さんの執務室へやってきた。

私への言伝ことづては基本紫雲さんを介してもらっているのだが、今回は青藍さんから直接頼みたいことがあるらしい。



「……今一度たずねたいのだが。貴殿が所持する力は『言語能力』のみだというのは本当か?」


部屋へ入って開口一番、そうギロリと睨まれ驚いた。

緩和されていたはずの青藍さんの雰囲気が、また高圧的に戻っている。何で!?

この前の王太后様の件で少しは役に立ったと思っていたのに。


「……はい」


「嘘をついているのではあるまいな?」


「ついてません」


「どうしたんです青藍また改まって。トウコさんが聖人だというのは表の議会でも決定したでしょう」


見かねた紫雲さんが助け舟を出してくれた。青藍さんの態度は彼にとっても想定外だったようだ。


「彼女が特殊能力の持ち主だというのは理解している。だが……」


青藍さんは視線を私へ移し、そして指さした。


「俺にはこの女の正体が、怪しい呪術師か何かではないかと思えてならないのだ」


「へ?じゅじゅつし?」


よもや自分にあてがわれるとは思わなかったワードの登場だ。


ぽかんと口を開ける私を横目に青藍さんは続ける。


「紫雲、仮にもしあの康氏の書いた手紙が覇葉語で書かれていたとして、我々が読んでその意味を解くことができたか?」


「それは……」


青藍さんの指摘に、紫雲さんが言いよどむ。


「この女は来たばかりのこの国で、あの短い手紙ひとつで、会ったこともない人間の生涯隠し通した秘密を暴いてしまった。

そればかりか『バオ族の忠誠心』という言葉に隠された本意まで読み解いた。……貴様、本当は何か俺達に隠している能力があるのだろう」


「いや、それは……」


標的が再び私に移り、今度は私が言葉に迷う。


「その上貴様は……いきなりこの世界へやって来たくせになぜ全く動じない?俺はその方が正直気味が悪い。帰りたいとか、家族に会いたいとか思わないのか?何か策略があって、この国に自ら望んでやって来たのではないか?」


呪術師というワードに驚きはしたが、青藍さんは別にふざけているわけではないらしい。むしろ大真面目。

声に込められた強い意志に私たちは少し押される。


「あー……」


まさかそっちも不審がられているとは。

しかし勝手に呼び出しておいて「なぜ動じない」はないだろう。

これは昔から動じない性格というのもあるのだが、どう説明したものか……。


まぁ正直に話すしかないか。



「……はじめはもちろん驚きました。今も家族には会いたいです。が、正直元の世界には帰りたくありません。何故なら私は───」



「「私は?」」



神妙な面持ちで話し始めると、珍しく紫雲さんと青藍さんの言葉が揃う。



「────"死にたい"と強く思っていたからです」



私は遠い目をして言う。


さあ、トウコ劇場の開幕だ────



「元の世界で私には生涯をかけ推し…いや愛した人がいました。


その御方に会えるのはせいぜい月に一、二度。時には半年以上会えないことも。

その方とは身分の差があったからです。

たとえ会えても、その手に触れることすら滅多に許されぬ身だったのです。


その日は久しぶりの逢瀬。私は彼の為に心を込めた贈り物を用意し会いに行きました。

とにかく早く会いたい、届けたいと焦っていた。それが命取りでした。私は急ぐあまり思いがけぬ所で道を踏み外し────奈落の底へと転落してしまった」


「いったい何があったのだ?」


青藍さんが思わず話を遮りたずねた。


「具体的なことははばかられますが、私は自らの失態により大衆の面前で身体を強く打ち付けられ、辱しめられました。

その上大切な彼への贈り物を、聴衆の前で晒され、壊され────」


紫雲さんが両手で口を覆い絶句する。

青藍さんは「鞭打ちの刑か?」と頭をひねる。


私は構わず続ける。

時おり大きく腕を動かし、体がだんだん熱くなる。


「私は深手を負い、立ち上がれなくなりました。もちろん体からは血が流れていました。しかしそんなものはどうでも良い。

愛の贈り物を晒されたことにより深く傷ついた、この心に比べれば……」


「その想い人は、助けてはくれなかったのですか?」と紫雲さんが問う。


「その場にはおりませんでした。身分ある方なので、このような下々の場には下りてこられないのです。

ただ私の醜態を見られなかったことは幸いでした。

けれど私の世界ではSNSとよばれる情報網があり、一度でもそのような恥をかけば瞬く間に全世界に拡散される。

わずかな過ちでさえ、デジタルタトゥーという刻印として生涯残り続けるのです」


「何と……恐ろしい世界ですね」


「その御方へ私の醜聞が伝わるのも時間の問題。そうなればもはや、現世に私の生きる意味などありません。だから死にたかったのです。

死んだら天国でも地獄でも、どこへでも行こうと思っておりました。

……そんな時、ここへ召喚されたのです。

ですからこの覇葉国は私にとって黄泉の国。何が起ころうととるに足らない事なのです」


これでクライマックスだ。

私は力を込めた眼差しで青藍さんを見上げる。


「それでも私を怪しいとお思いならば、魔女裁判でも拷問でも処刑でもお好きになさってください。それも因果応報かもしれません。

トウコはもはや死人同然ですので、どんな処遇でも全て受け入れましょう────」



────合掌。



「………」



執務室は水を打ったような静寂に包まれる。


最初にそれを破ったのは震えるような青藍さんの声だった。


「お前はそのように………愛する者への想いに、命までかけるのか?」


「ええそうです。あのお方は私の全てでしたから」


「……信じられん」


頭を抱える青藍さん。顔面には恋愛スキルZEROの文字が浮かんでいる。


「トウコさんのいたニホンというのはきっと愛の国なのですよ。愛に対する考えが根本的に我々とは違う。だからそのように辛く悲しい経験を……」


紫雲さんは袖で目もとをぬぐう。表情は分からない。


「この後宮という場所にあなたが召喚されたのは、宿命かもしれませんね……」


そんな紫雲さんにほだされたのか、青藍さんはだんだんと話を飲み込み始める。


「……そうか。そのような国で生まれ、傷つき、愛について深く知るゆえ、たった二行の手紙から様々な人間の心を突き止めることができたのか」


「そうなのです。あの力も私の達観した態度も、全て過去の境遇ゆえなのです」


「しかしこの世界ではもう、愛する人に逢えないのでしょう?トウコさんはそれで耐えられるのですか?」


涙声で紫雲さんが問う。


「それは……」


なかなか鋭い質問である。彼はやはり青藍さんとは色んな経験値が違うようだ。


「………」


言ってもいいんだけど、ちょっとためらう。

……うん、やっぱりこれは隠しておこう。

この人に弱みを握られるとロクなことなさそうだし。


「俗世の欲は全て、元の世界に捨ててきました故────」


目を薄く閉じ、再び合掌。




「疑って申し訳なかった。改めて聖人として貴殿を後宮に迎えよう。それで、さっそく依頼したいことがあるのだが────」



私は嘘はついていない。


それでも青藍さんの誤解に誤解を上塗りすることで、この場を何とか切り抜け


私は「聖人(仮)」から「聖人(愛の伝道師)」となったのである。

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