異国からの四夫人

青藍さんの誤解も無事解けた(?)ところで、さっそく次の依頼だ。


「まず貴殿には、後宮に住む四夫人と会っていただきたい」


「四夫人というと……王妃様の一つ下の位にいる4人の側室ですよね?」


「ああ。その四夫人は全員、異国から来た姫君だ」


「え、全員?」


驚きの声を上げる私に、青藍さんは改めてこの世界の後宮について説明してくれた。


覇葉国のある大陸は統一がされておらず、独立した小国が多く存在する。

ゆえに互いの侵略を防ぐため、国王の元には周辺国から姫君を輿入れさせるのが習わしだ。

もちろん覇葉国で生まれた姫ももれなく他国へ嫁ぐことになる。

姫たちはいわば人質だ。


異国からの姫は位が低い十八嬪のどこかに入れるのが常例だそう。

なぜなら妃の位が上がるほど王位や寵愛の奪い合いなど、妃嬪同士の衝突に巻き込まれる可能性が高くなるから。それで諸外国との余計な軋轢あつれきなど生まれたら本末転倒だ。

ゆえに異国の妃に世継ぎは望まない。ただそこに存在するだけで良いのだ。



しかし憂炎陛下の代はちょっと事情が違う。

亡くなった王太后様の「異国の妃を重用することで国防力を高めよ。能力次第では次期国王に異国の血が混ざることもいとわない」という勅命により、四夫人が全て異国からの姫で揃えられたのだ。


今思えばこの王太后様の意向は、かつて彼女自身がバオ族という少数民族の血筋を排除した事への罪の意識からきているのかもしれない。




「外国人の妃ということは、やはり言葉が通じないのですか?」


「いや、異国から同行した通訳が侍女として仕えており、妃たちも少しは覇葉語を学んできているので、日常生活には困らない」


「じゃあ……やはり後宮ですから、陛下の寵愛を奪い合って泥沼の争いが?毒殺とか」


「それも今のところは無い。四夫人は皆、他の妃には興味がないご様子。他人を陥れてのし上がろうと企む者もいない」


青藍さんに続いて紫雲さんが付け加えた。


「皆さん欲がないんですよ。いい意味で」


“いい意味で”ってつければ何でも良いと思ってないか?


「じゃあ私に一体何を……」


そんな平和な後宮で私の出る幕なんかどこにある?

いまだ頭をひねる私にしびれを切らしたように、青藍さんは書棚から1本の巻物を乱暴な手つきで取り出す。そして机の上にそれを広げた。


「これを見てみろ」


表紙に書かれた文字は『房中録ぼうちゅうろく』。つまり陛下の「夜のお勤め」について毎日記録されているものだ。


────ちょ、喪女には刺激が強くないか?



私は思わず両手で顔を覆う。そして指と指の隙間から房中録をそーっと覗き見る。



『四月一日 清龍宮にてお一人で就寝』

『四月二日 清龍宮にてお一人で就寝』

『四月三日 清龍宮にてお一人で就寝』

『四月四日 清龍宮にてお一人で就寝』

『四月五日 清龍宮にてお一人で就寝』

『四月六日 清龍宮にてお一人で就寝』


────

────

────



「……あーなるほど」


陛下、夜のお勤め放棄してるのね。


「いくら平和であろうと、この房中録が動かねばそれは後宮が機能していないと同じ」


「でも私にどうしろと……房中術なんてできませんよ?」


「そんなものは全くもって期待していない」


私は肩をすくめる。

紫雲さんが「すみません」と視線だけで謝る。


「四夫人と陛下の仲が深まるよう、貴殿には間をとりもってもらいたいのだ」


「はあ……」


私はため息交じりの返事をした。

視線を机上の『房中録』へ落とし、それをしばらく眺めてみる。


これまで目の当たりにした憂炎陛下の、あの寡黙な少年のような姿が頭に浮かぶ。


「私が仲をとりもったところで、動くのは陛下ですよね?ご自身にその気がないと意味ないのでは?」


既に子供が一人いるというし、彼はそもそも他に世継ぎを作る気がないのかもしれない。


青藍さんは首を左右に振った。


「陛下は大変聡明な方。表の政務ではお父上より年の離れた大臣たちにも物怖じせず意見し、毎日早朝から努めていらっしゃる。お世継ぎについて考えていない訳はない」


珍しく熱のこもった口調だ。

普段の言動からも見て取れるが、彼は陛下の事をよほど敬愛しているのだろう。


それにほだされたのか紫雲さんが続く。


「異国の通訳を介していては、なかなか取り払えぬ壁が陛下と四夫人にはあるのだと思います。トウコさんのように、両者の言葉を同じ水準で理解できる方であれば、その壁を取り払えるのではないかと我々は思うのですよ」


こちらも珍しく真剣な眼差しだった。


「………」


確かに、私の知る陛下は少し消極的だが、わざわざ何度も私の元まで足を運んでくれた。

康氏の弔いの件でも、理知的かつ慈悲深く行動できる人なのだと感じた。

少なくとも役目を放棄するような身勝手な国王ではないはずだ。


そして何より目の前の2人の熱意に私の心は動かされた。



「……分かりました。やってみます」


私が答えると2人はほっと胸をなでおろす。


「まぁ、四夫人は言葉の壁以前の問題でもあるんですけど……」


「え?」


聞き捨てならない言葉に私は紫雲さんの顔を覗き込む。


「でも“愛を深く知る”トウコさんならば、きっと乗り越えられるかと思いますよ?」


つやつやした唇で弧を描き、艶やかに微笑む紫雲さん。


何かを見透かされているように感じるのは、気のせいだと思いたい。


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