女装したらギャルと友達になった話
春もうらら、桜は満開。
今日は修了式だ。
退屈な式は午前中で終わり、僕はいつもの二人と下駄箱を出た。
正午前の陽光に服の下がじんわりと暖かくなって行くのを感じていると、ふと歩きスマホをする司馬の口から聞き慣れた名前が発せられた。
「おっ三宅唯、活動再開だって」
あれから約半年。
医師の診断と何より本人の強い気持ちから、唯はついに芸能界へと復帰する。
「マジ?結局何で休んでたの?」
「文夏なんかは鬱病がなんとかって言ってるな」
「ふ~ん。まあ女優も人間だもんね」
そうして二人の会話を聞きながら歩いていると、何と言うか…唯はやはり有名人なんだな。と実感させられる。
そういえば、最近唯と話していると、初めて会った日に舞菜達へ言っていた「妹みたいって言われることが多い」という発言によく得心が行く。
割と天然だったり、好きなもののこととなると周りが見えなくなったり…。
「俺ら飯行くけど遥は?やっぱ行かん?」
「えっ」
いつの間にか駅に着いていた。
いつもなら住宅街方面に出る桜井とそれを送る司馬の二人とは校門前で別れるのだが、そういえば今日はデートの日か。
「あ、うん。今日は…」
対する僕も、実はこれから外せない用事がある。
待ち合わせ場所はあの公園だ。駅にほど近く、春から夏にかけては緑が溢れていてとても気持ちがいい。
あの公園の、あの日座った、あのベンチ。
そこには一人先客がいた。
「遥。お疲れ様」
首元で綺麗に切りそろえられた髪をふわりと靡かせた唯は、顔を上げると春の陽気より柔らかく、暖かく微笑んで僕に声をかけてくれた。
彼女はウルフカットをやめた。
やめたというか、あの時はそもそも美容院に行く気すら起こらず、自身で最低限の手入れをするだけの、半ば伸び放題状態だったそうだ。
年が明けてからは美容院に通う頻度も増え、最近では会う度に違う髪型をしている。
「お疲れ様。髪切ったんだね」
「来週から撮影始まるからさ。どう?」
唯は小さい頭を軽く振り、色々な角度からおニューの髪型を見せてくれた。
正直それがクソ可愛い。
「うん。似合ってる」
「ふふっ、やった!」
相も変わらず童貞の僕だが、唯が何度もこのように感想を求めてくれるおかげで、なんとかお似合いである旨を述べることが出来るようになった。
まあでも、マイナスな事を言わない限りはなんでも喜んでくれるんだけど…。
それでも「似合ってる」なんて、ほぼ毎回聞いてるはずのしけた感想だというのに、彼女は一等嬉しむように笑顔を見せてくれる。些細なことで向けられる僕の大好きな笑顔。
初めて会った日の、夕陽を背にして見せてくれたあの笑顔だ。
唯はベンチの向かって右端に座っていた。
…僕はこういう時にどこへ座ったらいいかが本当にわからない。
隣か?いや、他が空いてるのにわざわざ隣は恋人の距離感じゃないか?じゃあ一つ開けて座るか?でも一つだけ開けるって何だ?変じゃないか?じゃあ二つ開けるか?いやそれが一番意味がわからない。なら一番端か?でもそれは友達としてどうなんだ?まるで避けてるようじゃないか?それ二つ開けるのと同じじゃないか?というかそもそも僕は座っていいのか?四人掛けのベンチだから舞菜達が来たら一人座れなくなる。舞菜もまた凛々の膝の上じゃ座りにくいはずだ。なら男の僕が立つべきじゃないか?
といった具合に逡巡してしまうのだ。
結局、ええいままよの精神で反対の端っこに座ってしまった。
男だと伝え、男として会って、話して、すっかり好意を認めてしまった結果のこの童貞だ。
「ちょっと、なんでそんなに離れて座るの」
案の定突っ込まれる。
「こ、こういう時って…どこに座ったらいいのかわかんなくって…」
ろくな言い訳も用意できない僕は洗いざらいお気持ちを吐露してしまうのだった。
「と・な・り!」
「ひっ、う、うん」
隣と言いながら自身の腕をバンバンと振ってベンチを軽く叩くこの成人女性…なるほど妹だ。
結局小さい子供一人なら入れるような隙間が残ってしまったのだが当の本人はこれ以上ないくらいに満足そうだった。
なんとなくそこでやり取りが終わり、一息ついた時だ。
肌寒いような温かいような、そんな春の風が僕達の髪を揺らした。
「…唯、煙草吸ってたね?」
「え、わかる?くさい?」
「臭くはないけど、あー煙草だって感じ」
「あー…まあそれくらいならいいか」
「別に皆も知ってるしね。
…あ、噂をすればだよ」
高そうなチェスターコートに身を包み、ペンギンの親子のように凛々とくっつきながら歩いて来た舞菜と、肌寒そうに両手をポケットへ深く入れた愛瑠が、間延びした声をかけてきた。
「お待たせ~」
「二人ともおつ~!」
「おつかれ~」
唯は同じ調子で言葉を返すと、直ぐに立ち上がって舞菜達のもとへ小走りで行ってしまった。
隣って言うから勇気を出して座ったのに…。
そうして肩を落としていると、中途半端な位置に座る僕を意味深に見つめる凛々と前髪の隙間から目が合った。すると彼女は、あろうことか今の今まで唯が座っていたのとは反対側の、僕の隣に腰を下ろした。
ギャルの定位置は隣っていう決まりでもあるのか?
「…どう?」
「どう…とは…?」
「進展」
「あるように見える?」
「…」
凛々には僕の気持ちが筒抜けだった。
あれから皆とは何度か男として会っているが、何故だろうこの人は。いつの間にか僕が唯に好意を抱いていることを見抜いていた。
以来、この調子だ。
「がんばって」
本当に、よく見てる。
「ありがとう」
僕はそう言うとベンチから腰を上げて皆のもとへ行こうとしたのだが、そんな僕の肩を掴んで真下へ外すかのような勢いで舞菜が飛び込んで来た。
「遥!ね、ね、どこ行く?どこ行きたい?私はご飯食べたい!」
相も変わらず、お家芸の明快さだ。
そういえば、舞菜達のこの距離感の近さは僕が女装をしていた時に限ったものだと思っていたのだが、男COをしても特にこれと言って変化らしいものは無かったな。
でもそれはつまり、やっぱり近いというわけで、よくわかんないいい匂いがするわけで…。
コートが制服のズボンに当たるだけで…クるわけで…。
「っ…あ~皆は?」
「とりあえずメシ~」
「先にお昼食べたいかな」
「私もご飯」
愛瑠、唯、凛々は間をおかずに答えた。
まあ午前で学校が終わってこの時間なら、まずはご飯だよね。
「じゃあ僕もご飯で」
「ん!サイゼでいい?」
採った決は満場一致で、そうと分かった舞菜と凛々はさっさと立ち上がり愛瑠のもとへと駆けていった。
つられるように僕も歩き出す。
「ホント、受け入れてもらえてよかったよね」
じゃれ合いながら少し先を歩く舞菜達を写真に収めると、唯はそう言った。
僕の女装も唯の変装も、彼女らは驚きこそすれ、結局は笑って受け入れてくれた。
なんならあの三宅唯と繋がれて大はしゃぎしていたくらいだ。その上でよそよそしくなるようなことも無く普通の友達の距離感のままでいられるんだから、やっぱりギャルは凄いな。
そんな凄い輪に、僕も
…言ってみるもんだな。
「ね。おかげで毎日楽しい。
またゲーム大会したいな」
「だね。私もそう思う。
…ねぇ、さっき凛々ちゃんと何話してたの?」
「えっ、と、特に何も…?」
「え~本当?何か赤くなってない?」
「なってないなってない!
ゆ、唯は?舞菜と愛瑠と何話してたの?」
「え~?ふふっ」
春と香水と、ほんの少しの煙草の香りが、僕らの間を抜けていった。
「特に何も。だよ」
嘘と煙草、君と夕 ~女装したらギャルと友達になった話~ 桜百合 @sakura_yuri
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