第6話 試合・5


「・・・ご武運を」


 手をついて見送るマツの目は、まるで刃物のようであった。


「行ってきます・・・」


 からからー・・・とん、と、そっと戸を閉め、先を歩くアルマダについて行く。


「あ、あの、アルマダさん・・・」


「・・・」


「そのう・・・私は・・・」


 ふう、とアルマダは息をついて、天を仰ぐ。

 少ししてから、振り向いた。

 先程までの、怒りに満ちた目ではない。


 じっとマサヒデを見つめ、少ししてから、両肩に手を置いた。


「マサヒデさん。起こってしまったことは、もう仕方ありません。今は全て忘れて、試合に集中して下さい。出来ますね」


 マサヒデも、すっ、と落ち着いて、気がみなぎってきた。

 もう、慌ててビクついた目ではない。


「・・・はい」


「行きましょう。あなたは、全て勝たねばなりません」


 気迫が身体を包む。


「はい」


 振り向いて、アルマダは歩き出した。

 マサヒデも歩き出した。

 その背中から、気迫が滲み出ている。


----------


 2人は訓練場に入り、中央で正座して、挑戦者を待った。


 間もなく、扉がぎい、と開いて、挑戦者が入ってきた。

 マサヒデとアルマダが立ち上がる。


(む)


 忍か。

 この試合では初めての相手だ。

 闇の世界で生きる者が、わざわざ自分の手をさらしにくるとは・・・


 頭全体をぴったりとした布のような物で隠し、目だけが出ている。

 薄い砂のような色の服。

 訓練場の地面の砂と、ほぼ同じ色だ。


 アルマダが準備の声をかける前に、目の前に立った男が声を掛けてきた。

 低い、よく通る声だ。


「待たせたな」


 男はアルマダの方にも、軽く頭を下げる。


「この試合、トミヤス殿の仲間を集める為に開いたそうだな」


「そうです」


「私はある国に属する者で、命を受けて参加した。もしトミヤス殿の目に敵ったとしても、仲間になることは出来ん。それでも手合わせ願えるか」


「構いません」


「すまんな」


「では、よろしいですか」


 アルマダが手を上げた。


「いつでも」


 マサヒデが静かに答える。


「・・・」


 男は静かに左手に訓練用の短刀を逆手に抜き、その左手を前に、半身に構えた。

 瞬間、ぴりっと空気が変わる。

 冷たい、静かな空気だ。


「はじめ」


 開始の合図と共に、マサヒデは踏み込んで、下げていた木刀を切り上げた。


(あ!)


 相手も同時に踏み込んでいた。

 間合いを外された切り上げを、短刀で軽く流され、足を払ってくる。


 踏み込んだ足をくい、と上げ、足払いを避けると、半身に隠れた上体の後ろから、右拳。

 ぐいっと上体を逸して避けると、そこに逆手の短刀が迫ってきた。


 ぱっと後ろに下がった瞬間、男の右手に、腰だめで短銃が握られている。


 まずい、と思った瞬間、ぱん! と音がして、短銃が撃たれた。

 筋は見えていたので、ぎりぎりで避けられたが・・・


(強い!)


 男は最初の位置からほとんど動いていない。


 つー、とマサヒデの頬を冷や汗が伝う。


 確かに男が構えた瞬間、空気が変わったが、これほどまでの強さを感じなかった。

 今も感じない。

 だが、怖ろしく強い。

 これほどまで強いのに、強者独特の雰囲気が隠れている。

 こんな相手は初めてだ。


 片手で下げた剣を、両手に構え直した。


 手裏剣は、まともには使えまい。

 あの速さで短銃を抜けるのだ。

 下手に牽制でも取ろうと投げようとしたら、撃たれる。


 近付いて戦うしかない。


 す、とマサヒデが歩を進める。

 男も、じり、と前に出る。


 そのまま、すす、と近付いて、真下から剣を斬り上げた。

 男は踏み込んで、少しだけ半身の身体を動かして、斬り上げを外す。やはり密接した接近戦。


 マサヒデも、この斬り上げは外される、と承知の上だ。

 斬り上げた剣の柄の部分。

 ここを、踏み込んできた相手の顎に向かって打ち込む!


 マサヒデの腕が「ぶん!」と上に振り上げられた。

 腕だけが。

 「はっ!」と気付いた時、男の手に木刀が握られていた。


(無刀取り!?)


 男の目が、マサヒデの目をじっと見ている。

 木刀が投げ捨てられる。


(まずい!)


 と思った瞬間、道着の肩の部分を掴まれ、足払いを食らって投げ倒された。

 受け身も取れず、顔面から地面に叩きつけられ、気を失いそうになる。

 何とか投げ捨てられた木刀の方に転がって離れ、くらくらしながら木刀を掴んで立ち上がる。


 ・・・男がいない。


 はっ! と後ろを向いたが、いない。

 上に跳んで・・・いない。

 アルマダの裏! ・・・いない・・・


 どこにもいない。


 地面と同じような、砂地の色の服を着ていたことを思い出し、よく地面を見てみるが・・・

 地面に隠れている様子もない。

 話に聞く隠れ身の術のような、壁にくっついているようなものもない。


 アルマダは変な顔をしている。


 この訓練場の、どこに隠れたのか?

 隠れるような場所はどこにもない。

 男はいないが、はっきり視線を感じる。

 どこかに隠れているのだ。


 ゆっくりと周りを見渡すが、男はどこにも・・・


(ん?)


 その時、変化に気付いた。


 放映機材が、2つ並んでいる・・・


 見つけていないふりで、周りを見渡しているようにゆっくりと向きを変えながら、機材に背中を向ける。

 見えないように慎重に手裏剣を抜き、振り向きざまに、並んだ放映機材に投げつけた。


「ぐぁ!」


 1本は本物の放映機材で、手裏剣が宙に止まった。

 1本は『当たり』のようで、突き刺さった。


 ばさり、と箱のようなものから、男が出てきた。

 良く見れば、その箱に放映機材の絵がきれいに描かれている。


「良く見破ったな」


 左腕に刺さった手裏剣を引き抜いて、すたすたと男が歩いて近付いてくる。


「さあ、決着をつけよう」


 マサヒデの間合いの少し手前で、男は短銃を捨て、短刀を抜いて、ゆっくり構えた。

 マサヒデも応え、バラリと手裏剣を落とし、構えた。


「・・・」


 この男は、受けの形だ。

 マサヒデも、今回の試合では速攻で攻めて勝ってきたが、本来は受けの形だ。

 だが、受けの技術は、先程の打ち合いで、相手の方が遥かに上だと分かっている。

 攻めれば、確実に負ける。相手に手を出させるしかない。


 マサヒデの間合いのぎりぎり外で、2人は止まったまま、時間が過ぎていく。


 じり、とマサヒデが指先ほど前に出た。

 ぎりぎりの間合いに入るが、攻めない。


 このままでは、終わらない。


 思い切って、マサヒデは木刀を帯に差し、ぐっと腰を落とした。


「ほう・・・」


 男の目が少し細められたように見えた。


「いいだろう。その勝負、受けよう」


 ほんの少しだけ、男が前かがみになった。


 ゆっくりと、男の呼吸に合せて・・・

 呼吸する時の、身体の動きに合せて・・・

 吸う・・・吐く・・・吸う・・・吐く・・・


 かーん!


 音が訓練場に響いた。

 男の短刀が飛び、マサヒデの剣は振り抜かれて、止まっている。


「ふ、ふふふ。参った。降参だ」


 男は軽く笑って、両手を上げた。


「それまで!」


 剣を振り抜いた体勢のまま固まった、マサヒデ。

 間合いに入ったから抜いたのだ。なぜ当たらなかった・・・

 男は歩き、マサヒデの隣で足を止め、ぽん、とマサヒデの肩に手を置いた。


「良い才能だ」


 男はゆっくり歩いて、訓練場を出て行った。

 目を見開いたマサヒデの身体中から、だらだらと汗が吹き出る。


 しばらくして、どさっとマサヒデは膝を着いた。


(負けた・・・!)


 アルマダがゆっくり歩いて、マサヒデの横に立った。


「今のは・・・」


 汗だくのマサヒデが、こくり、と頷く。

 アルマダの額からも、つー、と汗が流れた。

 男が出て行った扉を見ながら、ぽつりと呟いた。


「化け物か・・・!」

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