第5話 マサヒデ、誘う


 その後、午前中の試合は何事もなく終わった。

 今回は魔術師も何人が来たが、銀髪の魔術師との戦いのおかげで、やはり魔術師相手でも基本は速戦即決で良かった、と分かり、開始の合図直後に全員を打倒すことが出来た。


 扉が開き、マツモトが顔を出した。


「午前の試合、これにて終了とします」


「分かりました」


「休憩後、午後の試合の開始と致します」


「はい。ありがとうございました」


「マツモトさん、少し良いですか」


 ちら、とアルマダがマサヒデに顔を向ける。

 マサヒデも頷く。


「先程の、小さな・・・銀の髪の魔術師の方は」


「まだ治療室で休んでおられますよ。目は覚めていますが、余程自信があったのでしょうな。トミヤス様に破れたのが効いているようで、随分と気が沈んでおられる様子」


「そうですか」


「お目に敵いましたかな」


「ええ。出来たら、少しお話をしたいのですが」


「既に私からもギルドへの誘いの声は掛けましたが、もし、我らの方を選ばれても、そこは恨みっこなしということでお願いします」


「もちろんです」


 マサヒデとアルマダは扉をくぐり、治療室の前に立った。

 とんとん、とノックすると「どうぞ」と声がした。


 ドアを開けると、中は怪我人がずらり・・・ということもなく、数人の挑戦者が座っているだけだ。治癒師が怪我を治してしまうので、後は医者が診察して終わりだ。


 リーとジョナスが立っていて、数人の治癒師と話をしている。


「失礼します」


「おや、トミヤス様。どうかなさいましたか。怪我をしたようには見えませんが」


「ええ、少しこちらに用が」


 そう言って、部屋を見渡す。

 奥の方で、壁に向かって椅子に座っている銀髪が見えた。


「あの方ですね」


 想像以上に落ち込んでいるようだ。肩をがっくりと落とし、うなだれている。

 背を丸めて、まるで、背中に石でも積んでいるようだ。

 あの怖ろしい雰囲気も、全く感じない。


「・・・随分と落ち込んでいますね・・・」


「ええ・・・」


「マサヒデさん・・・あれ・・・話、してくれるでしょうか」


「まあ、声を掛けてみなければ分かりません。今聞いてくれなくても、また後日に改めてでも」


「そうですね」


 2人は近寄って、


「よろしいですか」


 声を掛けたが、何の反応もしない。

 ぼけっとした顔で、力なくうなだれている。


「聞こえていますか。先程の、トミヤスですが」


 瞬間「ばっ!」と銀髪がきらめいて、こちらを向いた。

 顔が真っ青になって、目を見開き、明らかに恐怖が見える。

 試合前の、何も浮かんでいなかった目とは全く違う。


「どうも」


「・・・」


 怯んでいるのか、打たれた肩を押さえ、身を引いた。

 マサヒデはしゃがんで、目の高さを合せた。


「あなたにお話があるんです。大事な話です」


 こくこくと銀髪が頷く。

 マサヒデは、肩を抑えている手をそっと取って、軽く握った。


「あなたの魔術、見事でした。もし、あなたが良ければですけど、私と一緒に旅に出ませんか。長い旅に・・・なりますけど」


 銀髪の顔から恐怖が消え、はあ? という顔をしている。

 マサヒデはじっと目を見つめ、


「私は、あなたが欲しい」


 アルマダは後ろで、額を押さえて目を瞑り、「はあー・・・」と横を向いた。

 聞こえたのか、治療室の面々は驚いてマサヒデを見ている。

 ぼん! と銀髪の顔が赤くなった。


「返事は、後で結構です。もう数日は、私はこの町にいると思います」


「・・・は、はい・・・」


「気が向いたらで結構です。このギルドか、魔術師協会にご連絡下さい。数日で、私はこの町を出ると思いますが・・・」


「ははははい!」


「あなたを、待っています」


 こくこくと、勢いよく銀髪が頷いた。

 マサヒデはすっと立ち上がり、


「その時、あなたの名を、聞かせて下さい」


 くるっと振り向いて、マサヒデはなぜか渋い顔をしているアルマダに、


「どうしました? 行きましょう」


 と声を掛けて出て行った。


 荒れた銀髪の間から、真っ赤な、ぼーっとした顔が、立ち去るマサヒデの背中を見つめる。

 その顔を見て、アルマダは眉根を寄せた。


「本当に申し訳ありません。彼に悪気はないんです」


 そう言って深く頭を下げ、マサヒデの後を追って出て行った。

 医者や治癒師たちが、驚いた顔でマサヒデ達を見送った。


----------


 からり、と治療室の戸を閉めた後、アルマダはマサヒデに、強い声で話し掛けた。


「マサヒデさん!」


「ど、どうしました、急に」


「あなたは、あなたは! 一体何を考えているんですか!?」


「何をって・・・何の事です?」


「・・・」


「す、すみません、私、何か失礼な事を言ってしまったでしょうか?」


「あなた、マツ様の所で休むんですよね。今日は私も行きます」


「まあ、構わないと思いますが・・・」


「行きましょう」


 ずんずんとアルマダは肩を怒らせて歩いていく。


(何か悪いことでも言ってしまったのか?)


 首をかしげながら、マサヒデはマツの家に向かった。



----------



「失礼します」


 がらっ、と戸を開け、アルマダが声を掛ける。


「只今戻りました」


 マツが手をついて、2人を迎えた。


「お疲れ様でした。ハワード様もようこそいらっしゃいました」


「・・・急な訪問、大変申し訳ありません」


「いえ、すぐに昼食をお持ち致します。お部屋は縁側の居間でよろしいですか」


「ありがとうございます。頂いていきますが・・・いや、食べながら話しましょうか・・・」


「? はい」


「すみません、アルマダさん、さっきからこの調子で」


 ぐわっとアルマダが振り返り、


「当たり前ですよ!」


 と怒鳴って、上がっていった。

 マツもさすがに驚いてアルマダの背を見送り、小声で、


(一体、どうされたんですか)


(分かりません。あの魔術師との試合、ご覧になられましたか)


(はい)


(あの人を、誘ったんですが・・・急に怒り出してしまって)


(何か失礼なことでも)


(私にはさっぱり。普通に誘っただけですが)


(とにかく、お話を聞きましょう。私は昼餉をご用意しますから)



----------



 アルマダは腕を組み、マサヒデの対面に座って、黙っている。

 たまに、ぴくぴくと眉が震えている。

 これほど怒っているアルマダは珍しい。

 そんなに、失礼な事を言ってしまったのだろうか・・・


 さらりと襖が開き、マツが昼食を運んできた。


「昼餉でございます」


 と、2人の前に膳を置いた。


「マツ様。こちらへ座って頂けますか」


 アルマダが自分の隣へ座るよう、マツに促す。


「はい・・・」


 不安気に、マツがアルマダの顔を見上げ、横に座る。


「・・・食べながら、話しましょうか・・・」


「・・・いただきます・・・」


「あの、ハワード様、なにがございましたので」


「マツ様。話す前に、ひとつ確認したいことがあります」


「は、はい。なんでございましょう」


「先程の、銀髪の魔術師の方との試合、ご覧になられましたか」


「ええ、もちろんです」


「あの方、魔族の方ですよね」


「おそらく、そうだと思います」


「レイシクランの方とお見受けしましたが」


「そうだと思います。特徴的な見た目ですし。まあ、似ている方もおられましょうが」


 アルマダは、ふうー、と長い溜息をついて、話し出した。


「簡潔に話しますね。マサヒデさんが、彼女を誘いました」


 彼女?

 女だったのか。道理で線が細かったはずだ。

 髪も短かったし、マサヒデは全く気付かなかった。


「誘ったと言いますと、パーティーにですね?」


「はい・・・しかし、マサヒデさんは彼女の手を取って、こう言いました」


「手を取って?」


「・・・『私はあなたが欲しい』・・・と」


 ぶわ! と怖ろしい勢いでマツの黒い気が上がる。


「・・・」


「マサヒデさんは立ち上がり、『あなたを待っています。その時、あなたの名を聞かせて下さい』と・・・彼女にこう言葉を残して、マサヒデさんは去りました」


「・・・」


「彼女は真っ赤な顔で! 頷いて! おられましたよ!」


 ぱしーん! と、アルマダとマツが箸を置いた。


「マサヒデ様! あ、あなたという方は・・・!」


 がたん、と膳をひっくり返し、マツが膝立ちになって、マサヒデにずいっと寄った。


「な、なんですか、急に」


「昨晩、言いましたよね! 『私以外にの女は目に入らない』と!」


「は、はい。言いましたよ?」


「言ったそばから・・・!」


「ちょ、ちょっと、お二人とも・・・私、何か失礼な事でも言ってしまったんですか?」


 アルマダはチッ、と舌打ちをして顔を背けた。

 マツは怖ろしい顔で、マサヒデの顔を見つめている。

 今にも、消し炭にされそうだ・・・


 しばらくして、ふん、と、アルマダがマサヒデに声を掛ける。


「マサヒデさん。あなた、本当に分かっていないようですね」


「な、何がなんだか・・・なぜ、お二人とも、そんなに」


 マツは「くっ」と言って、下を向き、座り直した。

 こぼれた汁が、畳に染み込んでゆく・・・

 しばしの沈黙。

 2人の視線が、マサヒデに突き刺さる。


「マツさん。この人は本当に分かっていないようですね。私から話していいですか」


「・・・はい・・・」


 マツはぎっと歯を噛んで、膝の上で拳を握っている。

 握った拳と肩が、ぷるぷると震えている。

 下からマサヒデを睨みつけるその目線だけで、マサヒデを殺してしまいそうだ。


「マサヒデさん。あなたは、衆人の前で、彼女を誘ったんですよ」


「はあ?」


「先日も注意したでしょう! 『言葉遣いが良くない』『誘っているようだ』と」


「? どういうことです? 誘ってるって、それなら良いじゃないですか」


「まだ分かりませんか! あなたの言葉は『仲間として誘ってる』じゃなくて『妻になってくれと誘っている』! そう言ってるんですよ!」


「? そんなつもりはないんですが」


 アルマダがばん! と畳を叩いた。


「あなたにそのつもりがなくても、そう聞こえるんです! 相手がそう受け取ってしまったらどうするんです!?」


 やっと、マサヒデにも事情が飲み込めてきた。


「つまり、えっと、もしかして・・・私は彼女に妻になってくれ、と、誘ってしまったってことですか?」


「そうです!」


 さー、とマサヒデの顔が青ざめた。

 アルマダはすっと背を伸ばし、マサヒデの顔を見つめ、静かな声で聞いた。


「マサヒデさん。彼女、真っ赤な顔をしておられましたね。すごい勢いで頷いておられましたね。どうするんです」


「ど、どうしましょう・・・」


「マサヒデ様・・・!」


「マ、マツさん! 私は、私は、そんなつもりは!」


 ぶんぶんとマサヒデは手を振る。


「・・・」「・・・」


 アルマダは厳しい顔のまま、マサヒデに言った。


「食べて下さい。午後の試合に響きます」


「は、はい・・・」


 真っ青な顔で箸を進めるマサヒデを、鋭い目でマツが見つめている。

 アルマダは庭の方を向いて、小さな声で言った。


「マツ様、この事は、マサヒデさんの試合が終わってから、また話しましょう」


「はい」


「マサヒデさんも、よろしいですね」


「は、はい」


「まずは、試合をさっさと全て終わらせて下さい。分かりましたね」


「はい・・・」


 アルマダも箸を取り、黙々と食事を取った。

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