第2話 試合・2


「マサヒデ様。食事の準備が整いました」


 マツが手を付いて、マサヒデに声を掛けた。

 マサヒデは目を開け、マツに顔を向ける。


「どうぞ」


 マツが膳を差し出す。


「頂きます」


 マサヒデもマツも、静かに箸を進める。

 縁側から、外の声が聞こえる。

 観客からか、それとも挑戦者からか。「試合はまだか」と声が聞こえる。


 こぉん! とししおどしの音が響く。

 ぱちり、と箸を置き、マサヒデは茶をゆっくりと飲んだ。


「それでは、行ってきます」


「ご武運を」


 朝の景色と同じだ。

 マツが手を付き、マサヒデは少しだけマツを見て、出ていく。


 静かだ。

 だが、マツはマサヒデから怖ろしい気迫を感じている。

 マツでも、怖ろしさを感じるほどの気迫。

 昨日までの稽古の時には、微塵も感じられなかった。

 きっと、これが本物のマサヒデなのだ・・・


----------


 訓練場の扉を開けると、既に午後の最初の挑戦者は位置についていた。

 アルマダもいる。


 挑戦者はマサヒデを見ると、ばっ! と頭を下げた。


 マサヒデは訓練場の中央まで進み、挑戦者に頭を下げた。

 2人の頭が上がる。


「よろしいですか」


 アルマダの声。


「いつでも」


「よろしくお願いします!」


 午後の試合が始まった。


----------


 30人ほどか、午前と同じように倒した後。


 扉が開き、治癒師と次の挑戦者が入ってきた。

 その瞬間、マサヒデの身体が危険を感じた。


(この人は危険だ)


 アルマダも顔には出していないが、危険を感じているのだろう。

 身体が緊張しているのが分かる。

 粗暴な、獣のような、野生丸出しの雰囲気。


 人族ではない。

 顔つきは人族とほぼ変わらないが、青黒い肌、頭に生えた小さな角。ひと目で魔族だと分かる。

 女だが、身長はマサヒデより高く、幅もある。アルマダと同じくらいの体格だ。

 得物は棒だ。

 この獣のような感じ。トモヤと同じように、力任せにぶん回すような感じか。

 トモヤとは格が大きく違うが・・・


 女はにやにやしながら、マサヒデの顔を覗き込んでいる。


「よろしいですか」


 緊張したアルマダの声。


「いつでも」


 静かなマサヒデの声。


「私はよろしくない」


 女の声。


「? おやめになりますか?」


「いや、トミヤス殿に確認したいことがある。長い話じゃないから。良いかな」


 女はまだにやにやした顔で、マサヒデの顔を覗き込んでいる。


「マサヒデさん」


「構いません。どうぞ」


 隙を見せないよう、マサヒデは答えた。


「うん。私は、種族の者の婿に相応しい者を探す旅をしてる。私らは女しか生まれないからね。試合を見てたけど、お前なら十分だ。お前が負けたら、我が種族の者達と子を作ると、約束してくれるかな」


「しかと約束しましょう。あなたは私に勝てません」


 女の顔から笑いが消えた。

 覗き込んでいた顔が、すっと離れる。


「ふふ・・・待たせたな。始めようか」


 アルマダが手を上げた。


「では・・・始め」


 マサヒデが踏み込もうとした瞬間、棒が怖ろしい勢いで突かれた。

 軽く飛んで「とん」と、棒の上に乗ったが・・・


「やるじゃないか」


 女は片手で突いた。

 その棒に、マサヒデは乗っている。

 片手なのに、棒は微動だにしない。

 尋常ではない力だ。


「ふん! ははははは!」


 棒が思い切り上に振り上げられた。

 普通なら、これで吹き飛ばされる所だ。

 女が大笑いする声が響く。


 が、マサヒデはその勢いに乗って、思い切り真上に飛び上がった。

 やはり、すごい力だ。これなら天井まで軽く届く・・・


「・・・お・・・おい・・・」


 女が、飛んでいくマサヒデを驚いて見ている。

 この高さで落ちたら、間違いなく・・・


「あ・・・」


 アルマダも驚いて、マサヒデを見上げる。

 マサヒデは魔術師ではないのだ。

 何らかの魔術で、飛んだりとか、途中で勢いを殺したりは出来ない。

 落ちてくるだけだ。

 間違いなく、これは・・・


 がん! と天井から音がした。

 マサヒデが天井にぶつかった・・・


「・・・」


 女が「くっ」と目を瞑って顔を背けた。


「!」


 アルマダは気付いて、マサヒデをじっと目で追う。

 「がん!」という大きな音は、ぶつかったのではなく、マサヒデが天井を横に蹴って跳んだ音だ。


 重力に引かれ、斜めに落ちてゆく。


 がん! ともう一度音がした。

 球の形をした天井を、蹴りながら斜め下に跳んでいく。


 その音を聞いて、目を瞑っていた女は「はっ」としてマサヒデの方を向いた。

 斜め下に落ちながらも、球の形の天井を横に蹴る。その度に角度が下から横に近くなっていく。


 がん! がん! と何度か大きな音がして、マサヒデは壁の上の方まで駆け降りてきた。

 そのまま斜めに壁を走り、着地。すごい勢いで「ざさー!」と音を立てて長い距離を滑り、止まった。


「・・・やるじゃないか」


 もう一度、女がぽつりと言って、にやりと笑った。

 立ち上がって、マサヒデは片手に木刀をぶら下げ、女の方を向いた。

 女が呟いた声は聞こえなかっただろうが、にやついた笑顔は見えている。

 マサヒデも、にや、と笑みを返し、木刀を持ってない方の手を上げ、くいくい、と招くように「かかってこい」と合図した。


「わーっはははは! はっはぁー!」


 と、女は大声で笑い、どおん! と跳び上がった。アルマダは小さな地響きを感じた。

 跳んだ時の勢いで、すごい砂煙が巻き上がる。

 人間では、とてもこんな勢いで跳べるものではない。

 体格こそアルマダと同じくらいだが、筋肉の密度が違いすぎるのだ。


 女の近くにいたアルマダはさっと飛び下がり、砂煙の外に出た。

 まっすぐにマサヒデの方に跳んでいく女の背中が見える。

 棒を横にしている。


 この勢いのまま、マサヒデに向かって振るのだ。

 一見、単純な勢い任せだが、違う。


 当然、棒の方が長い。そして、この勢い。

 迎え撃つことは出来ようが、受けられたら、この勢いだ。木刀はへし折れる。

 当然、受けても同じように折れる。

 流すか。棒は流せても、そのまま跳んだ勢いと、体重を乗せた、蹴りなり体当たりなりを食らう。

 避けるしかないが、その後の女の猛攻。先程のような奇手はもう通らない。


 最初の突きで分かる。

 この女はただ力だけではない。技も磨かれている。

 それはマサヒデも気付いているはずだ。


(どうします?)


 女の背中と、その先に見えるマサヒデを見ながら、心の中でアルマダは問いかける。


 マサヒデは後ろに跳び、壁を蹴って斜めに跳んだ。


(やはり避ける)


 が、ただ避けたのではなかった。

 マサヒデは棒手裏剣を数本投げつけていた。

 女の、着地地点に向けて・・・


 どおん! すごい音がして、女が着地した直後、


「いででででっ!」


 と、女の大声が訓練場に響いた。

 着地の勢いで、マサヒデが投げた棒手裏剣を、思い切り踏み抜いたのだ。


 跳んで、女の顔に思い切り木刀を叩きつける。

 女は声も上げず吹っ飛んで、顔を壁に擦り付けるようにして昏倒した。


「そこまでー!」


 アルマダの声が訓練場に響いた。

 扉が開いて、治癒師が女に向かって走ってゆく。

 怪我はすぐに治されたが、気絶したままで、担架で運ばれていった。


 マサヒデは、女の足から引き抜かれた棒手裏剣を戻し、ゆっくりと中央に戻っていった。


「ふう」


 と、一息ついて、立っていた次の挑戦者に向き直った。


「いつでも」


----------


 午後の試合が終わった。

 今日一日で100人は超えたが、まだ半分も終わってないそうだ。


 準備室で着替えながら、


「有望株、いましたね」


「ええ。あの魔族の女性」


「先程聞いてきましたが、まだ治療室で気絶したままだそうです」


「では、言伝てを頼んでおきましょうか。彼女が欲しいと」


「マサヒデさん・・・その言葉遣いは良くないですよ・・・」


「? そうですか?」


「まるで、誘ってるみたいじゃないですか」


「ええ。そうですが・・・」


「そういう意味じゃなくて・・・いや、私の方でギルドに言伝てを頼んでおきます」


「では、お任せします」


「しかし、魔術師はほとんどいませんでしたね。まあ、マサヒデさんが速攻で終わらせてしまったので、いたかもしれませんが」


「ええ。さすがにマツさんほどの腕を期待するわけではないですけど・・・特に目立った方は・・・」


「私もそう感じました。しかし、それにしても、こう言っては何ですけど・・・皆、並というか・・・」


 マサヒデは少し首をかしげる。


「ううん・・・強い人って、やっぱり入って来た瞬間に分かりますよね。何というか、空気が変わるというか。今日は、あの角の魔族の女性だけでした」


 今日の相手を思い返してみれば、あの角の女以外、大した相手はいなかった。


「そういえば、魔族の方は、あの方だけでしたね。マツさんのように、人族と見分けのつかない方もいますけど、魔族の方って、みんなこういう腕試しみたいなものって、興味ないんでしょうか」


「うーん、どうですかね? 魔族の武術家って、先程の女性のように、何か血の気の多い感じを想像してましたけど」


「魔族の武術家は、皆が並大抵の者ではないと聞きます。あの女性もそうでしたが、既に身体からして、違う。武術家と言っても人族相手では、大して気が引かれないのでしょうか?」


「なるほど、そうかもしれませんね・・・あの女性も、私と大して体つきは違わないのに、すごい力でしたね。私ではとても敵うものではありませんよ」


「あ、そうだ。そういえば、マツさんのような、魔術が主の方もいませんでしたね。みんな何かしら得物を持っていました」


「たしかに。やはり、そこそこでも両方とも心得があった方が便利なんでしょうね。しかし、そこそこと言っても、実際にそれで戦える、という強さになるには、並大抵ではない努力が必要なはず。やはり、魔術師はすごいですね」


「ええ。剣も魔術も、両方とも鍛錬しなければならない。単純に考えても、倍の鍛錬が必要になるわけですから・・・」


「そうですよね・・・まあ、明日に期待しましょう。まだまだ挑戦者はいるんです。明日も頑張って下さいね」


「全勝しますよ」

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