勇者祭 5 御前試合

牧野三河

第1話 試合・1


 ついに、試合の日がやってきた。

 マサヒデは会場となる冒険者ギルドの向かい、魔術師協会、マツの家に泊まった。


 昨晩から、マサヒデはほとんど口をきかなかった。

 もう、マサヒデに試合を楽しもうという気はない。

 全てを、ただ打ち倒すのみ。


「朝餉の準備が整いました」


「ありがとうございます」


 マツと2人の朝食。

 マサヒデの気迫を感じ取ったのか、マツも昨晩からほとんど口をきいていない。

 茶を飲んで一服した後、マサヒデはすっと立ち上がった。


「それでは、行ってまいります」


「ご武運を」


 マツが手をついて、頭を下げた。

 ちら、と頭を下げたマツを見て、


(必ず)


 と心の中で声をかけ、マサヒデは戸を開けた。


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 まだ試合開始より早い時間であったが、冒険者ギルド前には長蛇の列が出来ていた。


 昨日までは受付の。

 今日からは、参加者の。


 列の向こう、ギルドの入り口の横の壁には、いくつも看板がかけられていて、それらにぎっしりと参加者の名前が並んでいる。

 マサヒデは足を止め、並んでいる者達の顔を、顔を回してすーっと眺めた。

 そして、目の前の列に並んだ男に声を掛ける。


「マサヒデ=トミヤスです。中に入ります。空けてもらえますか」

 

 はっ、として、男がマサヒデに顔を向け、すぐ道を空けた。


「ありがとうございます」


 中に入ると、


「あ! おはようございます!」


 受付嬢が声を掛けてきた。


「おはようございます」


「今日は頑張って下さいね!」


「ええ、もちろん」


 受付嬢は何か感じたのか、


「あの・・・大丈夫ですか? さすがに緊張とかされてるんですか?」


「いえ。大丈夫です」


 マサヒデは返して、廊下の奥の準備室へ向かった。


----------


 準備室に入ると、既にアルマダが着替えて待っていた。

 最初の方の相手だろう。もう奥で着替えている者達もいる。


 アルマダは腕を組んで背筋を延ばし、目を瞑っている。

 マサヒデが入ると、目を開けてマサヒデの方を向いた。


「おはようございます」


「おはようございます。今日は立ち会い、よろしくお願いします」


「はい」


 2人の会話はそれで終わった。

 アルマダはまた、目を瞑った。


 マサヒデも着替え、訓練用の棒手裏剣を左手に巻き、木刀を手に取って、訓練場に向かう。


 ぎいい、と重い音を立てて、扉が開く。

 ゆっくりと、中央に向かい、マサヒデは正座して、待つ。


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 ぎい、と扉が開く音がして、2人、入ってくる。

 マサヒデは目を開け、静かに立ち上がった。


「こちらへ」


 アルマダが、最初の挑戦者を、マサヒデの前に立たせた。


「よろしいですか」


「いつでも」


 マサヒデは木刀を片手に下げたまま、静かな声で答える。


「よろしくお願いします!」


 挑戦者はマサヒデと同じく、木刀を持っている。

 ぐっ、と正眼に構えた。


「それでは」


 アルマダが手を上げる。


「始め」


 瞬間、マサヒデは右足を前に出しながら、軽く右手を振り下ろす。

 鎖骨が折れる感触。


「それまで」


 挑戦者はからん、と木刀を落とし、膝をついた。


「ぐ! ・・・ありがとうございました・・・」


 扉が開いて、次の挑戦者と治癒師が入ってきた。

 治癒師は鎖骨が折れた挑戦者に手を当て、2人で下がっていった。


「こちらへ」


 次の挑戦者。

 槍。


「よろしいですか」


「いつでも」


「はい! お願いします!」


 挑戦者が槍をまっすぐ構える。


「それでは」


 アルマダが手を上げる。


「始め」


 開始の合図と共に、マサヒデの身体は挑戦者の目の前。


「あ」


 ごす、とマサヒデの木刀の柄が挑戦者の腹にめり込む。


「それまで」


「う・・・」


 挑戦者がうずくまる。

 扉が開き、次の挑戦者と治癒師が入ってくる・・・


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「それまで」


 一刻ほど、一戦に数秒とかからない試合が続いた。

 放映で見ている観客には、取るに足らない相手ばかりだ、と映るだろう。

 マサヒデの方は、ものすごい集中力で、全力で可能な限りの速戦即決を決めてきた。


 扉が開いて、マツモトが入ってきた。


「トミヤス様、ハワード様、申し訳ありません。試合時間が早すぎて、まだ次の相手が到着しておりません。午前の試合はここで終了とし、午後の試合開始まで休憩としたいと思いますが」


「そうですか」


「一応、魔術放映の方で、早めに集まるように、と連絡を映してもらうよう、マツ様に頼んでおきます」


「分かりました。それでは、午後の試合まで休ませて頂きます」


 3人は訓練場を後にした。

 マサヒデは準備室に戻ろうとしたが、


「あ、トミヤス様。湯殿の用意をしてありますので、よろしければ、そのまま埃をお流し下さい。新しい道着を用意しておきます」


「そうですか。では遠慮なく」


----------


 マサヒデはささっと道着を脱いで、湯船には入らず、水を浴びるだけにした。

 ばしゃ、ばしゃ、と、何度も水を頭からかぶる。


「・・・」


 ここまでは、問題なく倒せた。

 だが、これで済むわけがない。単に、腕利きがいなかっただけだ。

 あれだけの人数が集まったのだ。きっと、来る。


「ふー・・・」


 息をついた所で、ずっと気を張っていたことに気付く。

 もう午前の試合が終わったのに、ずっと試合の集中を切らせていなかった。

 このままでは、午後まで持たない。


「すー・・・ふう・・・」


 ゆっくり深呼吸して、気を抜きすぎないよう、少しだけ、気を抜く。

 挑戦者が試合外で何か仕組んでくる可能性は、0ではない。

 このギルド内ではまずないと思うが、警戒しておくことに越したことはない。


 十分警戒できるくらい、気を抜きすぎず。

 午後の試合が終わるまで持つよう、気を抜いておく。


 身体を拭いて、マサヒデは湯殿から出た。


----------


 昼の試合まで、マツの家で休ませてもらうことにした。

 道着のままギルドを出る。

 からから、と静かに戸を開けると、マツがぱたぱたと出てきて、


「お疲れ様でした」


 と、手を付いて迎えてくれた。


「マツさん。縁側の部屋、昼までお借りしてよろしいですか」


「どうぞ、お休み下さい。昼食の時間になりましたら、起こします」


 すっと上がり、そのまま縁側の部屋まで向かう。

 座り込んで、そのまま、すっと眠りにつく。

 いつでもすぐに眠れる、というのも、武術家には必要な技術だ。


「・・・」


 マツはすうすうと静かに寝息を立てているマサヒデを見て、誇らしい気持ちになった。

 夫は、強い。

 先日までは、この試合、ただ強者と戦うことを楽しみにしていただけだった。

 ただ、祭を楽しみにしているような、子供だったのだ。


 今は、楽しみを捨て、全力で剣を振るっている。

 試合を見ていてすぐに分かった。

 何かが変わったのだ。

 子の為だ、と、マツにはすぐに分かった。

 そっと腹に手を当て、


(見えますか。あなたの父上は、ただ強いだけではありませんよ)


 そっと、マツは部屋の前から去った。

 マツはこれから、魔術放映で、挑戦者に早く集まるように触れを出す。

 不安はない。あの人なら、誰が相手でも、きっと勝つ。


 マツは機材を手に取り、急いで触れを出す準備を始めた。

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