第10話 マツの特訓・3


「さあ、次はお二人には厳しい術になりますよ。覚悟して下さいね」


 そう言って、マツはにやにや笑った。


「マツさん、今までも十分厳しかったですよ」


 アルマダが苦笑して答える。


「ふふふ。次は土金木火水の、金に属する術です」


「金、ですか? ということは、鉄とかの、金属?」


「それもありますけど、金属で壁とか塊を飛ばすとかなら、固さが違うだけで、土と全く変わりありませんよね」


「まあ、そうですね」


「ということで、今回は金に属する、別の魔術です。基本中の基本ではありませんけど、魔術の中では全然難しいものではありません。初心者の方でも使えるものです。特に私のような魔術を主力に戦う方々には人気があって、使う方は多いですよ。絶対に見ておいた方が良い魔術です」


「ほう」


「さ、お二方。お覚悟を。ふふふ、参りますよ~」


 マツの笑顔が怖い。


「・・・よろしくお願いします」


 礼をして頭を上げると、マツは棒立ち。

 今までの稽古ならいきなり何か来るものだが、何もない。


「?」


 アルマダも「あれ?」という顔をしている。


「さ、剣を抜いて下さい。構えて」


 2人が剣を抜くと、少ししてマツの手がぱちぱちと音を立てて光りだした。

 あれはまさか・・・と思った時、マツの手が上がった。

 瞬間。


「あ」


 2人の身体が痺れた。

 一瞬、マツの手が光ったのが見えた。


「・・・」


 声も出せず、2人は地に膝を付いてしまった。


「ふふふ。いかがですか? これが雷の魔術です」


「・・・」


 身体の力が抜け、声も出せない。


「雷は金属に向かって飛んで行きます。今回はお二人の剣に・・・」


「う、う」


「鎧を着けてなくて良かったですね。もっと酷いことになっていたかも」


「ぐ・・・」


 マツが2人に手を添えると、身体の痺れは取れたが、力が入らない。


「ほら、思い出しましたか。最初の訓練の時です。お二人が水の中に飛び込んだ時」


「あ、やっぱり!」


「あれです。濡れた身体で受けたら、今ので気を失っていましたよ」


「そうか。力が入らないのは、雷で・・・」


「ふふふ。金属は雷を通しますから、剣や鎧で受けることは出来ませんよ」


「・・・」


「雷は目に見える速さではありません。しかも、金属に向かって飛ぶ。刀や鎧に・・・さすがのお二方でも、避けられるものではないでしょう。さあ、どう対処しますか? うふふ」


 意地悪な笑顔が、膝を付いた2人をにやにやと見ている。

 マツの『良く言えば』いたずら好きと言える本性が、見え隠れしている・・・


「さ、お立ち下さい。今回は濡れてませんでしたから、前よりは軽いはず」


 2人は立ち上がったが、これはどうしたものか。

 全く対処する方法が思い付かない。


「魔術が主体の方々に人気がある、という訳が分かりましたか? これで痺れさせたら、どんな腕利きの方でも、後は思いのまま・・・」


「マツさん、これは全く対処が思い浮かびません。どうしたものか・・・」


「だめです。考えて下さい」


 ぴしり、とマツは答えた。


「ううむ」


「軽いとはいえ、あまり力が入らないでしょう。さ、少しだけ休憩です。私は飲み物を取ってきましょう。お二方は、休憩の間、お考え下さい」


「はい・・・」


 マツは扉を開けて出て行った。

 2人は座り込んで、どうしたものか、と考え出した。


「マサヒデさん。これは確かに厳しい。試合は木刀だから、剣に当ることはありませんけど、身体に当たれば同じです。とても避けられるものではないし・・・」


「うーむ」


「最初から、マツさんの動きを、よく思い出してみましょう。手が光っていましたね」


「はい。それで、手が上がって、光った瞬間、痺れました」


「他に何か、気付きませんでしたか?」


「いえ、全く・・・」


「・・・私もです・・・」


 2人は黙り込んでしまった。

 全く対処が思い浮かばない。

 もう一度、最初から思い出してみる。

 礼をして、頭を上げて、構えろと言われて・・・


「そうだ、そういえば、マツさんが違った」


「マツ様が違った?」


「ほら、礼をした後、少し棒立ちでしたよね。いつもなら、頭を上げたらすぐに何か来ますよね」


「確かに。不思議に思って、剣を抜きませんでしたね。それで構えろと言われて・・・」


 アルマダが何か引っ掛かったのか、そこで黙った。

 そして、ぱっと顔を上げた。


「あ! もしかして!」


「何か思い浮かびましたか!?」


「そうだ! マサヒデさん、たしか『基本ではないが難しくはない』と仰ってましたよね」


「確かに。言ってましたね」


「そうだ、『基本ではない』・・・基本ではないんですよ、この魔術。予想なんですけど、この雷、少し準備が必要なのでは?」


「そうか! それでいきなり来なかったのか!」


「この予想通りなら、準備の前に飛びかかれば、封じることが出来るかも!」


「ご明察です」


「うわっ!」


 いつの間にか、マツが来ていた。

 また気配を消して近付いて来たのだ・・・


「さすがハワード様。鋭いですね」


 そう言ってにこにこ笑いながら、マツは2人に水筒を渡した。


「さ、どうぞお飲み下さい」


 マサヒデは水筒を受け取り、


「驚かせないで下さいよ・・・」


 と、どきどきしながら蓋を開けた。

 一口目だけぐいっと飲んで、後は少しづつ、口を濡らしながら飲む。


「ハワード様のお気付きの通り。この魔術には少し準備が必要。簡単な魔術ではありますが、強い集中と時間が必要です。私でも、あれだけ隙が出来ます。ここが分かれば、対処は出来ますよね」


「ふう、マツ様も相変わらず、いたずら好きですね・・・」


「ふふふ」


「じゃあ、試合中なら簡単ですよね。動きながらでは、とても魔術の方には集中も出来ないでしょうし」


「大正解です」


「あ、でも札なんかを使われたら・・・」


「札から出てくるにも、やっぱり時間がかかります。叩き落としてしまえば問題ありませんよ」


「そうですか」


「ただし、もし動きを止められたりしたら大変ですよ」


「そうか。先回の時のように水に入ったり、穴に落ちたり、霧を出されたり・・・足止めの方法はいくらでもある」


「その通りです。言わずもがなですけど、そもそも動きを止められてしまったら、この雷だけでなく、いくらでも手はありますし」


「そうですね。そもそも動きを止められないことですね」


「はい。ではこちらの対処が分かった所で、次に参りましょう。基本の最後は土金木火水の、木に属する魔法。主に治癒の魔術がこれに属します」


「治癒ですか?」


「はい。主に治癒、というだけです。戦闘に使える魔術も当然ございます。そちらを見て頂きます。私はあまり得意ではありませんけど、ご容赦下さい」


 マツは得意ではない、などと言っているが、どうせ周りから見ればとんでもない腕なのだろう。


「水筒はこちらへ」


 水筒をマツに渡すと、扉に向かって飛んでいって、扉の前で止まり、ぽとん、と落ちた。


「さ、始めましょう」


「お願いします」「お願いします」


 2人が礼をして顔を上げると、いきなり下から風が巻き上がった。


「う!」


 すごい風で、砂が巻き上がる。

 目が開けていられず、顔に手をかざした瞬間、足元がふわり、と浮き上がった。


「あっ!」


 という間に、2人の身体は宙に浮いた。

 正に、手も足も出ない。


 しばらくして、少しだけ風が弱くなり、2人はゆっくりと地に降りてきた。


「さ、いかがですか。こちらが風の魔術です」


「うーむ、参りました。正に手も足も出ない」


「今の魔術なら、そんな事はありませんよ。ほら・・・」


 マツがそういうと、また風が巻き上がりだした。


 はっ! と自然に身体が反応して、2人は飛び下がった。


「ね。浮かせられる前に、動いてしまえば良いんですから。一度見てしまえば、お二人なら簡単に躱せます」


「そうか。浮いてしまうまでには少し時間が必要なんですね」


「そういうことです。風が起こった瞬間に飛んでしまうわけではありません。避けるのは簡単です。ですけど、ほんのそよ風でも」


 ふわ、と風を感じた瞬間、さー、と、砂埃が顔にまってきた。

 思わず目を瞑ってしまう。


「この通り、目潰しに。そして・・・」


 はっ、として2人がまた飛び下がると、足元に穴が開いた。

 土の魔術だ。


「と、このような牽制に使えるわけです。ふふ。さすが、良い勘をしておられますね」


「・・・」


「さて、お二人共、そこで構え直して下さい。風の攻撃魔術のひとつです。雷のように強い集中力と準備の時間が必要ですので、今回の試合ではまず使う方はおられないでしょうが、見ておいて下さい。注意しておきます。必ず避けて下さい。受けてはいけませんよ。絶対に、避けて下さい。死んでしまいますからね」


 すごい念の入れ方だ。

 『死んでしまいますからね』

 嫌でも2人の緊張感が高まる。


 後ろから、すー・・・と静かにマツの方に風が吹いていく。

 マツの周りに、風の塊のような物が見える。

 離れているからそれほど風は感じないが、マツの髪が、風で巻き上がっている。

 マツの周りは、今、ものすごい風で包まれているのだろう。


「さあ、行きますよ!」


 マツが手を振り上げると、マツの周りに見えていた風の塊が飛んできた。

 速いが、雷のように見えない速さではない。距離も離れている。

 2人は言われた通り、余裕を持って、さっと躱した。

 風が通り過ぎて・・・


 と、後ろでがりがりがり! と、ものすごい破壊音がして、なにかの破片が飛んできて、ガツンと当たった。


「いてっ!?」


 前に飛んで後ろを振り向くと、避けた風の塊が、訓練場の壁をがりがりと削りながら破壊している。

 もし、避けずに受けていたら、今頃は・・・

 アルマダも真っ青な顔をして、壁の方を向いている。

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