第9話 マツの特訓・2


「おはようございます」


 アルマダは2人に近付いてきて、挨拶をした。


「ハワード様。おはようございます。今日は特急訓練ですよ」


「はい。昨日のお話も聞きたいですが、早速お願いします」


 アルマダは訓練用の剣を手にしている。


「あ、ハワード様。本日は真剣で」


「え? 真剣ですか?」


「はい。真剣でなければ分からない術も使いますから」


「いや、でも真剣は」


「うふふ。マサヒデ様と全く同じ。先日は一本も入れられなかったではありませんか」


「む・・・」


 渋い顔をしている。

 きっと、先程のマサヒデも同じ顔をしていたのだろう。

 思わず、アルマダの顔を見て、マサヒデもにやにやしてしまった。


「分かりました。では、少しお待ち下さい」



----------



 改めて、2人はマツの前に立った。


「さて、ちょうど、今、魔術師との戦いで大事なお話をする所でした。ハワード様も、まずはお聞き下さい」


 2人は、真面目な顔で話を聞く。


「先日、土の魔術を見てもらいました時、『大体基本はこのようなもの』と言いましたが、魔術師との戦いで大事なことは、その基本の形に囚われないこと。独特の魔術を使う方もおられます。私が見せたものは、本当に基本中の基本です」


「基本中の基本・・・ですか・・・」


「ただし、ほとんどはその『基本から成り立った応用』です。例えば、土の壁の応用で、身体に鎧をつけるように小さな壁を何枚も作り、土の鎧を纏うなどです」


「なるほど」


「しかし、基本さえ分かっていれば、対応は可能です。例え私の訓練で見たこともない魔術でも、きっと何かの応用です。そこを見極めることが大事です。どの基本の応用か、見極める目。これが大事ですよ。分かりましたか?」


「分かりました」


「今、私が話したような土の鎧でも、お二人なら壁を斬ることも出来ますから、見た目に驚かず、落ち着いてそのまま斬ってしまえば良いのです。試合は訓練用の木刀ですが、簡単に砕くことが出来ましょう」


「落ち着いて、何の応用かを見極める。そうすれば対応も簡単と。やはり、剣も魔術も基本ですね」


「その通り。では、次は水です。ハワード様には火の魔術をお見せする時間がございませんが」


「構いません。また後日お願いします」


「では参ります」


 音もなく、大きな水球が浮かんだ。

 先日の稽古の時、2人の動きを止めたものだろう。


「さあ、掛かってきて下さい」


「行きます!」


 と2人が踏み出した瞬間、ぱあん! と大きな音がして、水球が弾けた。

 小さな水が、怖ろしい勢いで大量に飛んでくる。

 範囲が広くて、とても避けられるものではない。


「うわっ!」


 2人は吹っ飛んだが、威力はそれほどではない。

 空中で体勢を立て直し、そのまま立った。


「・・・」


 びしょ濡れになった顔を拭って、マツに向き合う。

 走り出そうとして、一歩踏み出して気付いた。


「!」


 地面がドロドロになっている。

 先程の水球の爆発で濡れたものではない。

 完全に泥になっている。


 このまま駆け寄ってしまえば、足を取られて転んでしまう。

 見た目では深さは分からないが、もし深ければそのまま動けなくなる。

 2人はぴたりと足を止めた。


「ふふ、よく気付かれました。でも、このままでは私に近付けませんよ」


 マツはそう言って、ちょんちょん、と指をさした。

 拳ほどの水球がいくつも宙に浮かぶ。


「さあ」


 浮かんだ小さな水球は、2人に怖ろしい勢いで飛んできた。

 避けられないものではないが、このままでは近付けない。

 後ろで壁にぶつかった水球が、ばん! ばん! と次々に音を立てている。


 このままでは終わらない。

 水球の数が増えれば、いつか当たる。


「駆けて!」


 アルマダの声。


「行きます!」


 思い切り、マサヒデは泥の上を駆けた。

 突き出された槍に乗れるほど身軽なマサヒデが、ものすごい速度で駆ける。

 泥に沈むより速く、駆ける。


 と、その目の前に水球が浮かんだ。

 下は泥で柔らかいから、飛ぶことは出来ない。

 少しでも方向を変えれば、速度が死んで泥に埋まる。

 結局、思い切り勢いをつけて駆けていたマサヒデは、思い切り水球に突っ込んだ。

 ものすごい勢いで突っ込んだので、ばん! と音がして、マサヒデは壁にぶつかったように感じた。


 マサヒデの足が止まり、勢いを殺すように水球がゆっくりと動く・・・


 きん! と、高い音がして、マツが後ろに延ばした左手の上で、剣が止まった。

 アルマダが後ろから剣を投げたのだ。


「お見事。これは一本取られました」


 そう言ったマツの左手の上の剣は、ほんの少し手の平から浮かんで、まっすぐ立っている。

 アルマダは剣を投げた体勢のまま、目を見開いている。


 濡れた地面が元に戻り、マサヒデが突っ込んでいた水球が消えた。


「お二人共、こちらへ」


 2人はマツの所へ歩いていった。


「お見事でした。しかし、マサヒデ様。明日はお一人です。今のをもう一度。マサヒデ様お一人で」


「くっ・・・はい」


 ぼん! とマサヒデとアルマダの足元から風が巻き、道着が一瞬で乾く。


「さ、ハワード様。剣を」


 マツの手の上で浮いて立っていた剣が横になる。

 アルマダはその剣を恐る恐る受け取り、壁際に下がって正座した。

 マサヒデも少し下がる。


「参りますよ」


 また、マサヒデからマツまでの間の地面が、マツを中心に泥になる。

 マサヒデに向かって、いくつもの水球が飛んでくる。


 避けながら、マサヒデは手裏剣を飛ばしてみたが、大きな水球が浮かび、手裏剣はその中に入った後、ぽとん、と泥に落ちた。


(だめか!)


 壁を蹴って飛んでも、あの水球に突っ込んで阻まれるだけだ。

 手が思いつかない。


 手裏剣がダメなら、アルマダように剣を投げるか。

 手裏剣よりは重さがあるから、もしかしたら水球を抜けて届くかもしれない・・・


(無理だ、あの速さで走った俺の身体を止めるんだ。剣を投げても無駄だ)


 また水球がいくつも飛んできて、ひょいひょいと避ける。


 マツが言った通りであれば、普通の魔術師であれば、もうとっくに魔力が尽きているだろう。

 だが、普通でない魔術師もいるかもしれない。

 何とか対応策を考えねば・・・


(マツさんの言った通り、見るんだ。よく見ればきっと糸口があるはず)


 また水球が浮かび、飛んでくる。


(あの水球がなければ!)


 大きな水球が浮いて出さえしなければ、駆け寄ることが出来る。

 壁を蹴って、飛んでいくことも出来るだろう。


 浮いている・・・

 ぴん、とマサヒデは閃いた。


(よし!)


 また次の水球が飛んで来た時、マサヒデはそれを転んで避けた。

 転がりながら、手の動きが見えないように気を付けて、地面ギリギリの高さで棒手裏剣を飛ばす。

 そして、立ち上がりざまに思い切り飛んだ。


 マツは飛んできたマサヒデに向け、大きな水球を出したが、くるぶしあたりに手裏剣を受ける。

 一瞬、そこに目が逸れたのを見逃さず、水球に突っ込みながらも腕だけを出し、剣を投げつけた。


 音もなく、マサヒデの刀がマツの目の前の宙に静止する。


「・・・」


 アルマダは「おお」と声を上げ、思わず立ち上がった。


 マサヒデが入った水球はゆっくり地面近くまで下がり、消えた。

 とす、とマサヒデが地に落ちる。

 とすん、とマツの目の前に浮かんでいた刀が落ちる。

 地面の泥も、いつの間にか元に戻っている。


「・・・お見事・・・」


 立ち上がるマサヒデに、マツは鋭い目を向けた。


「さ、お二人共、こちらへ」


 マツが2人を呼ぶ。


「マサヒデ様、よく今の陣を破りました。剣士の方で、たった1人でこの陣を破りましたのは、あなたが初めてです」


「すごかったですね。私、思わず声を上げてしまいましたよ」


 マサヒデはふう、と息をつき、地に落ちた刀を拾い上げた。


「ぎりぎりでした」


「お見事です。マサヒデ様の一本です」


 マサヒデは濡れた顔を拭う。


「運が良かっただけですよ」


 先程のようにマツが魔術で風を起こし、濡れたマサヒデを一瞬で乾かす。


「お二方、先日お話した通り、呪文を唱えず魔術を繰り出すには、魔力を多く使います。ですから、ほとんどの魔術師の方なら、あれほど長く泥も出来ませんし、水球もあんなに飛んできたりしません。すぐに駆け寄ることが出来るようになるでしょう」


 こくり、と2人は頷く。


「ですが、あくまで『ほとんどの』です。当然、長く使える方もおられます。旅先では、一本目のようにお仲間達と力を合せることが大事ですよ。相手も仲間がいるはず。上手く戦って下さい」


「分かりました」


「今のは水の基本技のうち、2つの組み合わせです。さあ、次で水の基本は最後です。さ、参りますよ」


「よろしくお願いします」「お願いします」


 礼をして、マツに向き合う。


 と、急に目の前が真っ白になった。


「あ!?」


「これは!?」


 真っ白な霧で、急に周りが何も見えなくなった。

 刀を握っている手も見えないほど、濃い霧だ。


 はっとして身を伏せると、すぐ上を何かが飛んでいった。

 後ろで、ばん! と何かが壁にぶつかった音がする。水球だ。


 そのまま身を伏せていると、いくつも水球が飛んで行く。

 ばん! ばん! と水球が壁にぶつかる音がする。


 また水球が飛んでいった時、マサヒデは気付いた。

 マツにも、こちらが見えていないのだ。

 見えていれば、とっくにマサヒデは吹き飛ばされているはず。


 横にいるであろうアルマダも、気付いたようだ。

 息を潜めて、全く身動ぎもしない。


 だが、当然このままではいつまでたっても終わらない。

 そのうち、適当に撃った水球が飛んできて当たればおしまいだ。


 マサヒデはすぐに思い立った。

 これは、火の魔術の陽炎と一緒だ。

 気配さえ分かれば、そこに打ち込めばよい。

 陽炎と違って、マツにもこちらが見えていない。場所さえ分かれば、こちらが有利だ。


 じっと気配を殺し、マツの気配を探る。


(あそこだ。間違いない)


 マサヒデは静かに手裏剣を抜いて、投げつけた。

 と、霧が晴れた。

 ぱちぱち、とマツが笑顔で拍手をする。


「はい、お見事です。お二人共、よく気付きました」


「マツさんにも、我々が見えてなかったんですね」


「そういうことです。目眩ましには良い術ですけど、ここまで広くすると、私では攻めるには向きませんね。逃げるには良いですけど」


 マツは真顔になって、


「実際はここまで広く使うことはありません。ほんの一瞬、相手の周りにだけ、という使い方が多い術です」


「ふむ。で、そこに打ち込むなり、飛び道具を飛ばすなりする、と」


「そうです。慎重に身を守りながら、ちょっとだけ動けば、簡単に躱せます。ですけど、そのような使い方が多い、というだけです。腕が立つ方なら、自分も見えなくても、今のように広く霧を出したりするかも。気配を掴まれれば、見えない所から打ち込まれたり、何か飛ばしてきたりしますよ」


「うーむ」


「これに剣で対応するには、こちらも常に相手の気配を確実に掴んでおくことです。お二人なら、驚きさえしなければ簡単ですよね」


「平常心、ですね」


「肝に据えておきます」


「さあ、次はお二人には厳しい術になりますよ。覚悟して下さいね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る