第11話 マツの特訓・4


 風の塊は、まだ破片を飛ばしながら壁を削っている・・・

 マツが受けるな、避けろと言ったのも当然だ。

 もしこんなものを避けずに受けていたら、確実に死ぬ。


「お二人共、落ち着いて下さい。避けられないものではないでしょう?」


「・・・」


 ごくり、とつばを飲み込んで、マツに振り返る。

 あまりの破壊力に驚いてしまったが、確かに避けられないものではない。


「先程言った通り、この術を試合中に使う方はおられないと思います。大きな隙も出来ますし、雷と違って避けられるものですから、こんなものもあると言った所です」


「は・・・はい」


「今のはちょっと難しい術で驚かせてしまいましたけど、次はもう少し簡単で、試合で使う方もおられると予想される魔術です。これも、お二方でしたら簡単に避けられましょうが・・・まあ、まずは『試し斬り』です。今度も避けて下さいね」


「『試し斬り』?」


「はい。試し斬りです。さ、構え直して下さい」


「はい」


 マサヒデとアルマダは気を入れ直して、マツに向かう。

 風の魔術。試し斬り。

 予想はつく。かまいたちだろう。


「では」


 さっとマツが手を横に振ると、うっすらと何かがすごい速度で飛んできた。

 ばっ、と屈んで避ける。

 予想通り、これはかまいたちだ。


 先程の風の魔術が壁を削っていた近くに飛んでいき、壁がゆっくり落ちた。

 壁が落ちる時に見えた切り口は、まるで鏡のように真っ平らだ。


「・・・」


 自然現象のかまいたちと言えば、せいぜい軽い切り傷と言った程度だが、威力が違いすぎる。まともに受けたら、身体は真っ二つだ。これは怖ろしい。

 2人の身体中を冷や汗が流れる。


「お二人共。そのように驚きなさいますな。今のは『ただの試し斬り』。これで終わりではありませんよ」


 はっ! としてマツの方に振り向くと、マツが軽く手を上下左右と振っている。


(まずい!)


 と、思った瞬間、今度は小さなかまいたちが沢山飛んできた。

 何とか避けはしたが、何しろほとんど見えない。

 小さいとは言っても、最初よりは小さい、というだけで、胴体を横に真っ二つにするだけの幅はある。

 それだけの大きさがあっても、ほとんど見えないのだ。


 慌てて避けていると、飛んでくる筋はマツの手の動きで分かる、と気付いた。

 気付いてしまえば、避けるのはそう難しくはない。

 しばらくして、マツの動きが止まった。


「もうお分かりですね。手の振りで、この術は簡単に筋が分かります」


 てくてくとマツが近付いてきた。


「はい。それにしても、すごい鋭さですね。壁があんなに・・・」


「でも、避けられないものではないでしょう。空振りに見せかけて使ってくる方がいますから、間合いの外でも注意して下さいね。特に小さなものは見えづらいですし」


「はい」


 と答えて、壁の方を向き、はっとした。


「あ! マツさん!」


「はい?」


「壁! 壁です!」


「壁?」


「あんなに壊してしまっては!」


「あーっ!」


 マツが真っ青な顔をして、壁に駆け寄っていった。

 慌てて、土の魔術で壁を作るが・・・


「こ、これでどうでしょうか!」


「ここだけ色が違いますけど・・・」


「壁の破片も、たくさん・・・」


「破片! そ、そうですね! 破片も隠してしまいましょう!」


 さー、と何かが地面を通っていく感じがして、そこら中に落ちていた壁の破片が、砂になって崩れていった。


「良かったんでしょうか・・・たしか、壊さないという約束では・・・」


「大丈夫! 大丈夫ですよ! ほら、しっかり直ってますから! 前よりも丈夫なはずですよ!」


 ぱんぱん、と直した土壁を叩いて、マツは固い笑顔で「あははー」と笑っている。

 マサヒデとアルマダは、顔を見合わせた。

 笑えない・・・オオタやマツモトにばれたら・・・


「さ、さあ! そろそろお昼ですし! 食堂に行きましょう! 午後もみっちりやりますよ!」


----------


 3人は食堂に座って、顔を近付けて小さな声で話していた。


(マツさん、壁の事は絶対に話しませんが)


(はい)


(もしばれても、かばいはしませんよ)


(そうですよ! やったのはあなたですからね!)


(お二人の稽古のためにやったんですよ!?)


 マツの怖ろしい気が巻き上り、2人は一瞬ぎくっとして顔を上げた。

 が、アルマダは引かない。

 すぐに顔を近付ける。


(やりようはあったでしょう? 土の魔術で壁を作るなりして、それに撃てば良かったじゃないですか)


(う、たしかに・・・でも、そうですけど! そうですけども!)


「ご注文はお決まりになられましたか?」


 びく! として、3人が顔を上げる。

 メイドがいつの間にか立っていた。


「あ、ああ、そうですね・・・」


「えーと、えーと、そうですね! 私は、日替わり定食を!」


「じゃあ、私もそれで」


「私も同じ物でお願いします」


「承りました。皆様、日替わり定食ですね」


「はい! お願いします!」


 メイドが立ち去った後、3人はしばらく固まっていた。

 そして、しばらくして・・・


「ふう・・・」


 アルマダが苦り切った顔で、額に手を当てて、息をついた。

 マツはしゅんとして、下を向いてしまった。

 マサヒデは腕を組んで黙っている。


「・・・」


「・・・もう、この話は忘れましょう。色が違っていますが、魔術の勢いで、塗装が剥げてしまった。ですが壊れてはいません。それで通します。試合はもう明日です。今更、工事なんてしてる時間もありません」


「はい・・・」


「話を変えましょう。で、マツさん。基本はもう終わったんですよね。午後は何を?」


「ふたつです。ひとつは死霊術。もうひとつは、今までは基本的な魔術をそれぞれの種類ごとに見てもらいましたけど、別の種類の魔術を織り交ぜた戦い方で、実戦を行いましょう」


「死霊術、ですか・・・」


「死霊術は、まともに使う方はいないと思います。召喚中は隙だらけですし」


「なら、試合前に召喚しておけば良いのでは」


「長く持つものではありませんよ。強い霊ほど魔力を多く使いますし、数を揃えても同じです。試合前に召喚しておいても、開始の合図の前に消えてしまいましょう。見てもらうだけです」


「ふむ」


「もし使うとしても、弱い霊を1、2体、囮で出しておく程度かと思います」


「なるほど。では参考までにお聞きしますが、マツさんなら、死霊術をこの試合でどう使いますか」


「そうですね・・・死霊術は苦手ですけど、うーん、死霊術で試合に出るなら・・・」


 マツは考え込んだ。


「閃きました! 私なら、過去の剣聖くらいの方でも呼び出しておきます!」


「剣聖!?」


 剣聖『くらい』。


「はい。おそらく、魔力の半分以上は使ってしまいますけど、15分くらいなら・・・剣聖程度なら1人でも囮として十分かと。どうでしょう! これなら少しは相手になるでしょうか!」


 剣聖『程度』。


「け、剣聖が、囮・・・ですか・・・」


 アルマダも、このマツの作戦には驚いて声も出ないようだ。

 マツは自信満々だ。


「・・・マツさん。聞いて下さい」


「はい。なんでしょうか」


「私の父は、剣聖とか武聖とか呼ばれてますけど、知ってますか?」


「はい、もちろんです」


「私、父上には手も足も出ません。父上と同じような強さの方を、囮とは・・・あなたにも、手も足も出ませんね・・・」


「マサヒデ様なら何とかなりますよ」


 マツは根拠のない自信で、笑みを浮かべている。


「・・・マサヒデさん、何とかなりますか・・・?」


「・・・なると思いますか・・・?」


 マツはにこにこしている。


----------


 午後。訓練場に立った3人。


 まず、マツは死霊術を見せてくれるらしい。

 実際の所、死霊術は戦闘に向くものではなく、過去の知識や歴史などを調べる為に、学者などを呼んだりするのに使われることが多いという。


「では、参りますね。強い霊を呼び出すとなると、結構魔力を使いますので、今回は猫でも」


 マツが何やら地面に向けて手をかざし、少しすると猫が現れた。

 よくよく見れば少し透けているような気もするが、その程度だ。

 全く幽霊、といった感じはしない。


「猫ですね」


「ええ、猫です」


 現れた猫は、うーん、と伸びをして、こちらをじっと見ている。

 縁側で昼寝でもしたり、虫でも追いかけて走り回ってそうな、ただの猫。


「触ってみて下さい」


「はい」


 触ってみると、本物と感触も変わらない。

 喉を撫でると、目を瞑ってごろごろ喉を鳴らす。


「うーむ、まったく普通の猫です」


「毛の感触まで変わりません。ここまで再現できるんですね」


「もっと透けた、幽霊っぽいものを想像していました」


「私は死霊術はそれほど得意ではありませんので、少し透けてしまいますけれど、熟達した方であれば、生前と全く変わらない姿で呼び出すことが出来るんですよ」


「へえ・・・」


「マツさん、他にはどんなものを呼び出すことが出来るんでしょう?」


「命があるものなら、何でも。ノミから、草や木まで。他には『何か宿っている』というような、刀とか。もちろん『死霊術』ですから、失われた物に限りますけど」


「刀まで? それはすごい」


「本当に何か宿っていたら、ですけどね。ただ、そういった物はすごい魔力を使ってしまいます。そんな物を召喚しても、すぐ消えてしまいますね」


 マツが手の平を上に向けて、しばらく集中すると、手の上に蝶が現れた。


「ほら。動物や人間の幽霊ばかりと想像される方が多いですが」


「はー・・・」


 2人は感心して、マツの手の平の蝶を見つめる。

 少しすると、蝶はマツの手から飛んでいき、宙で消えた。


「さあ、お二方。今度は先程の猫を使役してみますよ」


 足元の猫の様子が変わり、ふー! と威嚇の声を上げた。

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