第13話 雑談・後


 シズクとクレールは本を読み出した。

 すぐにマツとカオルも戻って来て、3人で茶を飲んでいる。


 マサヒデは寺に本を持って行った時の事を思い出し、


「ふむ。そう言えば、ご住職が凄い本があると言っていました」


 マツが興味深そうに、


「何と言う本ですか?」


「確か、鳳凰の巻、でしたか。

 火事で焼失してしまっていて、一部しか残っていないそうなのです。

 それが、全部揃っているとか」


「鳳凰の巻・・・と言いますと、確か、仏典ですね。

 読んだことはありませんが、焼失していたのですか?」


「流石マツさんですね。ご存知でしたか」


「仏典にはあまり詳しくありませんが、有名な書ですよ」


 マサヒデはにやにや笑いながら、


「あまり詳しくない?

 以前、森で護摩壇を作って、夜通しお祈りしていたではありませんか」


 う、とマツは顔を赤らめて、


「あのくらいは、その、偶然、知っていたくらいで」


「ふふふ」


 くす、とカオルも小さく笑う。


「分厚いんですが、あれ全部絵巻物だそうですよ」


「あら、あの厚さで絵巻物なのですか?」


「ええ。ですので、ご住職も原版を作るのに時間が掛ると」


「なるほど・・・文字だけではありませんから、大変ですね」


 カオルが首を傾げ、


「ご主人様、私、少し疑問が出てきました」


「何でしょう」


「あの屋敷の主は、雲切丸を買う為に家財を売り払ったと考えておりました。

 ですが、それほど貴重な仏典となれば、それもかなりの高額であったはず。

 100年前なら、本も今より高額ですから、尚更です」


「でしょうが、それが何か」


「ご住職のお話では、本山にしかないという貴重な書物だと言う話。

 つまり、不正な取引で入手した物でしょう。

 当然、写しではありましょうが、相当の値がしたはずです」


「まあ、でしょうね」


「内容は私も読んでおりませんので、仏典としか知りません。

 ですが、仏典に刀などは出てくる物でしょうか?

 戦記、お伽噺、英雄譚などには良く出てきますが」


「言われれば、出てないかもしれませんが・・・

 そこに何か気になる所があるんですか?」


「生半の貴族ではない事は分かっておりますが、雲切丸にその仏典。

 このふたつは、流石に値が張りすぎましょう。

 何かその仏典と繋がりがあるのでは?」


「ありますかね? あっても、私は別に気になりませんが」


 カオルは真剣な顔で少し前かがみになり、


「ご主人様、奥方様。

 もし、その仏典に出るほどの刀とあらば、もしやして何か隠れた力もあるかも」


 ぐいっとカオルが顔を近付けるが、マサヒデは顎に手を当てて、


「さて・・・握った時は、特に何も感じませんでしたが。

 本は他にも沢山ありましたし、その中で雲切丸を選んだだけでは?」


「念の為、確認はしておいた方が良いかと。

 あの斬れ味も、尋常ではありません。

 イマイ様も、あれはおかしい、普通ではないと・・・

 魔剣か、それ以上とされる冠を持つ作かも」


 マサヒデは笑って、


「ははは! カオルさん、それは期待しすぎですよ。

 酒天切コウアンだって、国宝と言うだけで、特に魔力の類はないんでしょう?

 まあ、戻ったら、マツさんにも見てもらいますか。

 何か魔力のある品かもしれませんしね」


「可能性は十二分にあるかと思いますが」


「さあて、どうですかね。私は、あの斬れ味だけでも十分怖ろしいと思いますが。

 この上、何か力でもあったら、扱える自信がありませんよ」


 マツが2人に疑問の顔を向けて、


「そんなに凄い物だったのですか?」


「それはもう。名前負けしていませんよ。

 刃の上に紙を乗せただけで、ぱらっと真っ二つに」


「ええ!? そんなお伽噺みたいな!?」


「紙だけではありませんよ。髪・・・あの、髪の毛の髪ですね。

 髪の毛を乗せたら、髪の毛までぱらっと」


「髪の毛まで・・・コウアンって、そんなに凄い刀匠だったのですね」


「ええ。国宝になるのも当然です。

 あれは、ただの古い刀じゃありませんね。

 私、恥ずかしながらそれを見た時、身体が固まってしまいましたよ」


 カオルも頷いて、


「私も驚きの余り、大声を上げてしまいました。

 酒天切コウアンと兄弟刀といいますから、国宝の酒天切も同じ斬れ味でしょう」


 シズクが本から顔を上げ、


「へえ。あの刀、そんなに凄いんだ」


 マサヒデは笑いながら、


「ええ。シズクさんの首も簡単に斬れますよ」


「あはは! 怖い怖い!」


「切りつけなくても、乗せただけで斬れちゃうかもしれませんね」


「ええ!? それじゃ・・・」


「ふふ。冗談ですよ。肌くらいは斬れるかもしれませんが、いくら斬れると言っても、乗せただけでは肉や骨までは無理です」


「もう! びっくりしたよ」



----------



 マサヒデ達が談笑していると、む、とカオルが玄関の方に目を向け、次いで控え目に玄関が開けられた。


「あのー、失礼しまーす」


「あ、イマイさんですね」


 ぱたん、とシズクとクレールが本を閉じる。

 す、とカオルが立って玄関に迎えに出、少ししてイマイが上がって来た。


「どうもー・・・」


 雨避けの革袋を拭きながら、イマイが頭を軽く下げて今に入って来た。

 すっとマツが座布団を出して、


「あの、先日はお恥ずかしい所をお見せしまして、大変失礼致しました」


 と、頭を下げた。


「あ! いやいや、とんでもない!

 マツ様の仰る通り、お客様の刀を持ち出すとか、本当に研師失格でしたから!

 いくら厚意って言っても、商売柄、許される事じゃありませんから!」


 イマイはぶんぶんと顔の前で手を振る。

 慌てるイマイに、マサヒデは座布団に向けて手を出して、


「イマイさん、どうぞお座り下さい」


「あ、はい」


 マツの出した座布団に、イマイが座った所で、カオルが茶と落雁を持ってきた。

 茶を置いて落雁を差し出し、す、と静かに頭を下げる。

 イマイが驚いて、


「カオルさんまで、何でそんなに固く!? 頭上げてよ。

 今日は、カオルさんに借りた刀を返しに来たんだし。ね? ね?」


「は」


「店に来た時は、そんなじゃなかったじゃない・・・ああー!

 これ、またサン落雁!? 良いの!?」


「ええ。お気に入ってもらえて良かったです。

 お土産の分も用意してありますから」


「ええ!? お土産の分まで!?」


「どうぞ」


「じゃあ遠慮なく、と行きたい所だけど、まずはこれを返さないとね」


 革袋からカオルの刀を出して、


「ん、カオルさん、楽しませてもらったよ。

 ありがとうございました。眼福でした」


 と、両手でカオルのイエヨシを持って、恭しく差し出す。


「何よりです」


 カオルも受け取って、頭を下げた瞬間、


「じゃ、頂きます!」


 と、落雁を取ってこりこりと齧り始めた。

 茶で流し込んで、


「んー、んまい! いやあ、この味は流石だよね」


 たまらず、クレールとシズクも落雁を齧り始める。

 マサヒデは2人を見て小さく笑いながら、


「おお、そうでした。あの雲切丸で、イマイさんにお聞きしたい事が」


「ん? 何かな?」


「あれ、何か魔術とか力がある物ではありませんよね?」


「ないね。まあ、僕が見た限りだけど。

 あの斬れ味だけで、もう『力』って言っちゃっても良いと思うけどね」


 マサヒデはカオルの方を向いて、


「だ、そうですよ」


「ううむ・・・」


 カオルが眉間を寄せて、小さく俯く。


「どうしたの。何か気になる事でもあったの?」


「いえ、雲切丸と一緒に、大量の歴史書や宗教の本、お伽噺や英雄譚の本なんかが見つかりまして」


「ふんふん? それで?」


「ほら、そう言った本には、大体、何やらか『伝説の武器』みたいなのが出てくるじゃないですか。英雄誰々が、とか、何とかの神様が、とか」


「ああ、なるほどね。それで、そんな疑問が出てきたんだ。

 でもさ、同じコウアンでも、酒天切も別に変な力があるってわけじゃないし。

 確かに謂われのある刀は多いけど、本当に何か力がある作は少ないよ。

 本当にそうだったら、とっくに魔剣とか、何か特別な冠がついてるから」


「ま、そうですよね」


「ほら、あの古い年鑑にも特に書いてなかったじゃない。

 あれも100年前の年鑑だけどさ、雲切丸は1000年も前の刀だよ?

 もし何かあるんだったら、書いてあるはずだよ」


「確かに。カオルさん、残念でしたね」


「ちょっとちょっと。残念ってのは聞き捨てならないな」


「ははは! これは失礼しました」


「トミヤスさんの得物になるんだから、残念はないでしょ、残念は」


「ふふふ、全くです」


「じゃあ、来たばっかりでほんと悪いけど、もう帰るよ」


「え? もう?」


「いや、ごめん。急いで研ぎを進めてさ、トミヤス道場に行きたいんだよ。

 もうホルニさんとも、一緒に行くって約束しちゃってるから。

 昨日はそのイエヨシ眺めて過ごしちゃったしさ、ほんとに急がないと」


「では、こちらサン落雁です。お土産にご用意しました」


 マツが袱紗に包まれた箱を差し出す。

 イマイが箱を見て、


「え? こんなに? ちょっと箱大きくないですか?

 お土産って言っても、1個2個もらえれば十分なんですけど」


 マツは箱をすっと出し、


「イマイ様、ご遠慮なさらず。ブリ=サンクとは少々お付き合いが御座いまして。

 たまに、分けて下さるのです」


「ええ、そうなんですか? サン落雁もらえるなんて、羨ましいなあ・・・」


「ささ、どうぞ」


 イマイは頭を下げたマツを見て、マサヒデ達、部屋の面々を見てから、


「じゃあ・・・貰っちゃいますね! トミヤスさん、マツ様、ご馳走様!」


 にかっと笑って、差し出された落雁の箱を受け取って、


「じゃあ、ゆっくりお話したかったけど、これで帰るね!

 次は、鞘か刀身か、持ってくるから」


 マツが顔を上げて、


「鞘・・・あの、凄く綺麗だと噂の?」


「そりゃあもう! 見たらマツ様もびっくりすると思うな!

 王族とか、大貴族じゃないと持てないような・・・いや、金云々ではないですね。

 あの青みといい、間違いなく100年以上は前の物。

 もう歴史。あの鞘が歴史そのもの。あれは滅多に見られませんよ、うんうん」


 言いながら立ち上がって、


「じゃあ、ほんと顔出しだけって感じだけで、こんなお土産まで貰っちゃって悪いけど、これでお暇します」


 マツが頭を下げ、


「雨の中、わざわざありがとうございました」


「いやいやいやいや、お礼言うのこちらですから!

 こーんな凄い刀見せてもらってさ」


 イマイはぶんぶんと手を振って、


「じゃ、皆さん、これで! また来ますね!」


 と、にこにこしながら落雁の箱を両手で抱えて出て行った。

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