閑話 読書

第14話 読書


 イマイが帰って、シズクとクレールも本を開いた。

 マサヒデは2人を見て、


「そう言えば、ご住職に、あの鳳凰の巻は読んでおけ、と強く勧められました。私はこれから陛下への書簡を書きますが、カオルさん、読んでみますか? もしかしたら、あの雲切丸が出ているかもしれませんよ」


「ご住職が、それほど強く?」


「ええ。必ず読んでおけ、と」


 カオルは首を傾げ、


「仏典と言っても色々ありますが、どういった物でしょう?

 絵物語ですから、子供向けの物では?」


「ははは! あの厚さで子供向けはないでしょう。

 それが16冊もあるんですよ。

 輪廻転生について書かれた物だそうです」


「左様で」


 カオルはあまり興味なさげだ。


「私が見つけ、こうして今ここにあるのも、何かの縁。

 カオルさんも、本日は読書でもして休みなさい」


「それほど仰られるのであれば」


「別に命令とかではありませんよ。

 少し目を通してみて気に入らなければ、他の本を読むも良し。

 戻って来たイエヨシを堪能するも良し」


 マツは頷いて、


「では、私はその鳳凰の巻、読ませて頂きます。

 16冊もあるのですから、カオルさん、お好きな所から」


「は」


 マサヒデは頷いて、


「では、マツさん。執務室、お借りしても」


「あ、まだ机の上に仕事の書類がありますので、片付けます。

 少々お待ち頂けますか」


「はい。空いたら呼んで下さい」



----------



 時は経ち、そろそろ夕刻という頃。


「・・・」「・・・」


 マツとカオルはほぼ同時に読み終えた鳳凰の巻を置いた。


「深いですね」


 ぽつん、とマツが小さな声でカオルに声を掛けた。

 カオルは本を見ながら深く頷いて、


「奥方様、正直に申し上げますと、私、絵物語だと馬鹿にしておりました」


 マツも同じように本を見ながら頷き、


「カオルさん。私にも、少なからず似たような気持ちはありました。

 貴重な文献とはいえ、どうせ仏様万歳、という内容では、と・・・

 そう高を括っておりましたが、これは違いますね」


「はい。ご住職が強く勧めた、というのも良く分かりました」


 す、とカオルが読み終えた本を取り上げる。


「これ1冊で、ひとつの物語が完結しているのですね。

 16もの物語で、輪廻転生というたったひとつの教えを語る・・・」


「やはり、仏の教えは深いものですね」


 マツも本を取り上げ、そっと裏表紙に手を乗せて目を細め、


「この本に出会えて、良かった」


「はい。奥方様、私もそう思います」


 感慨深げに、2人は鳳凰の巻を見つめる。

 各国の年表を並べて読んでいたクレールが顔を上げ、


「あの、そんなに良かったのですか?」


 マツとカオルがクレールに顔を向け、


「とても」「素晴らしいです」


 と、2人が真剣な顔で頷く。

 シズクも自分の本から顔を上げ、


「へえ。絵物語でしょ。私でも楽しく読めるかな?」


 マツは柔らかな笑みを浮かべ、


「楽しく・・・ええ、きっと。

 読み終われば、シズクさんも今の私達のようになります」


「ふうん。でも、それ仏典でしょ? なんか小難しい感じがするけど」


「大丈夫です。シズクさんでも読めますよ」


 カオルが立ち上がって、シズクの前に鳳凰の巻を置く。


「どうぞ」


「ありがと。でも、今は良いよ。これ読み終わってないし」


「では、またの機会に。私も強く勧めます。是非」


「ん、分かった」


 シズクが頷くと、カオルは雨で早めに暗くなりかけた部屋に、行灯の火を入れた。

 マツの前に座り、マツが読み終えた本を取って、


「奥方様、こちらしまっておきますね。

 これから、夕餉の買い物に行って参ります。

 つい夢中になって遅くなりました。申し訳ございません」


「いえ、夢中になってしまう気持ちは、私にも良く分かります」


「は。ありがとうございます。では」


 カオルは頭を下げて、台所の地下室に入り、すぐに買い物に出て行った。

 玄関が閉まった所で、マサヒデも肩を揉みながら執務室から出て来て、


「ふう。大体は書き終わりましたよ。

 日記みたいなものですけど、やはり陛下に送る書簡となると、肩が凝りますね」


「お疲れ様で御座いました」


 マツが頭を下げて、マサヒデに茶を勧め、


「今回は何を書かれたのです」


 マサヒデはにやにや笑いながら、


「ふふふ。マツさんとクレールさんが、挨拶に行った時の話です」


「え」


 ぴく、とマツが止まった。

 クレールもマサヒデに膝を進めて、


「何て書いたんですか?」


「ちゃんと、最初に皆さんから聞いた話ですって書きましたよ。

 私は放逐の身で行けなかったので」


「で、何を書いたんですか?」


「聞いたこと、全部です」


「と言いますと、具体的には」


 マツもマサヒデに顔を近付ける。


「クレールさんが父上とワインで酒盛りした事とか、マツさんの魔術が破られた事とか、シズクさんがべろべろに酔っ払った父上に一太刀で気絶させられたとか」


「やっぱそれ書くのかー!」


 ごてん、とシズクが転がって天井を仰いだ。


「魔剣の事は伏せてありますので、そちらはご安心下さい」


「む、む」


 マツとクレールは複雑そうな顔だ。

 マサヒデは2人を見て笑いながら、


「ははは! 父上の恥ずかしい話でもあるんですよ。

 私だって、あんな父上は書きたくなかったですけどね」


 シズクが転がったまま、


「ほおら、マサちゃんのいたずらが始まったよ。

 バレちゃったら、今度は骨折じゃ済まないかもよ」


「ふふふ。書き始める前から、もう覚悟は出来てますよ。

 そういえば、カオルさんにとっては大手柄の話になりますね」


「あっ! そうじゃん! 剣聖から1本取りましたー、って話じゃん!

 カオルだけずるい! 私にも何か格好良い所ないの?」


「うちの門弟達は、全く歯が立たなかったって書いておきました。

 それで、父上が謝りながら立ち会ったと」


 シズクはぐいっと身体を起こし、


「お! 何かそれいいじゃん! 私、満足!」


 と、笑顔になった。

 クレールはシズクを見て不満気な顔になり、


「マツ様と私には、何か格好良い所はないんですか?」


「マツさんには、格好良いと言うか、タマゴの話で母上を泣かせた所が。

 クレールさんは・・・ええと・・・ワイン?」


「私だけないんですか!?」


「ラディさんがすぐに気を失ってしまった事も書きましたよ」


「むむむ」


 マサヒデは笑って、


「話し忘れた事があれば、聞かせて下さい。書き直します。

 明日にはギルドから送ってもらいますから、それまでに」


「ええと、ええと・・・ええっと・・・」


 クレールが真剣な顔で挨拶の時を思い出す。

 ただの日記のような物とはいえ、国王が目を通す物なのだ。

 何か、格好をつけなければ・・・


 悩むクレールを見て、皆が笑顔になった。

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