第11話 カオル、泣く・後


 冒険者ギルド、食堂。


 マサヒデとシズクは湯で汗を流し、昼餉を食べている。

 カオルはまだ戻ってこない。

 シズクは中々口を開かなかったが、


「ねえ、マサちゃん。いいの? カオル」


「構いません」


「あんなカオル、初めて見たよ。あんなに泣いちゃって」


「カオルさんは、既に戦闘の所では合格を頂いています。

 あのまま分からなくても、試験には問題ありません」


「それはちょっと冷たくない? 試験とかさ、関係ないよ」


 ぱちりと箸を置いて、マサヒデはシズクをじっと見つめ、


「シズクさん。あなたは自分1人で気付いたんですよ。

 私、うっかりして、カオルさんに助言を与えてしまいました。

 父上に『甘やかし過ぎるな』と注意された程の助言です」


「うーん・・・」


「ですから、自分で気付いて当たり前なんです。

 シズクさんより気付くのが遅い事を、厳しく注意したいくらいです。

 まあ、あの動きに緩急をつけるって所には気付きましたけど」


「まあ、それじゃあ、仕方ないっちゃあ仕方ない、けどさ」


「あれで折れるなら、武術家としてはここまでです。

 カオルさんの本業は忍ですし、それでも構わないと思いますが。

 それで? けど、何です?」


 シズクは焼き魚を口に放り込んで、骨ごとばりばりと噛み砕いて飲み込み、


「何て言うかさ。その、冷たく見えたな。らしくなかった」


「剣術というか・・・武術全般の稽古、修行というのは、そういう物です。

 仲良く腕を競い合うのは構いません。

 当然、相手が居た方が、技を磨くには都合が良いですからね。

 ですが、最後に残るのは1人です」


「ばっさり言うね。稽古仲間も、只の技の練習相手って事?」


「ぶっちゃけて言ってしまえばそうです。

 勿論、練習相手としてはそう、というだけで、普通に友人です。

 ただ、竹刀、木刀でも、互いに剣を手に取ったら、それは『相手』なんです。

 これ、分かりますよね」


「ふうん・・・厳しいねえ」


「そして、最後に残った1人になって、さらに己に勝てるか。

 勝ってやっと半人前・・・と言った所でしょうか」


「最後に残って、自分に勝って、やっと半人前なんだ。

 なんか、修行僧みたいになってきたな」


「所詮、仲間内で残った1人ですからね。

 そこで満足してしまうかどうか、ですか」


「あれだ。向上心って奴でしょ?」

 

「そう言えば聞こえは良いですが、私は欲だと思っています。

 分かりやすく言えば、強さを欲するという欲。

 前に話した、辻斬りで腕を上げようとかとかいうのではありませんよ」


「欲って、単純な物じゃないの? それ、なんか難しいね。

 どんどん修行僧みたいになってきたよ」


「護身術とか、何と言いますか・・・

 ある程度の見栄が欲しいという方は、こうでなくても構わないでしょう。

 しかし、私は『本物の武術家』になりたいのです」


「本物?」


「ここにいる冒険者さん達。皆、命を張った仕事をしていますね。

 只のお使い依頼だって、いつ野党に襲われるか分かったものではない。

 時には魔獣の相手もします」


「うん」


「シズクさんも、今は解決しましたけど、長い間、腕利きの方々と何度も真剣勝負をしてきましたね。中には、死ぬかもしれないと思った勝負もあったでしょう?」


「あったよ」


「私は、そういうのが本物の武術家だと思います。腕云々ではありません。

 道場で段位を取った。俺は強い。それで終わりではないんですよ。

 そういうのは、只の見栄と言っては何ですけど、肩書だと考えていますから」


「んんと? てことは、つまり、真剣勝負で勝っていきたいって事?」


「いや、そういうのとは、ちょっと違うんですが・・・

 別に真剣勝負での、流血とか命のやり取りを求めている訳ではありません」


 マサヒデは腕を組んで、少し考えたが、

 

「ええと・・・上手く言葉では言えないですね。

 何と言いましょうか、ううむ・・・とにかく、本気でいくって事です」


「ふうん・・・良く分かんないな」


「ふふふ。私も、上手く口に出せないって事は、良く分かってないんでしょう」


「そっか」


 マサヒデはコップを取って一口飲んで、


「カオルさんは、この先、私なんかより遥かに危険な道を歩いて行きます。

 養成所の教員になっても、実地に出ることは多いはずです。

 教員と言えば、当然腕利きなんですから」


「忍の事は良く知らないけど、まあ厳しい人生だろうね。

 死と隣り合わせの、ぴりぴりした人生になるって言うのは、私でも分かるよ」


「私は、カオルさんには仕事で死んでほしくありません。

 無事に引退し、布団の上で天寿を全うして欲しい。

 ですから、剣に関しては、もう今までのように甘くはしません。

 私の元にいる間は、剣に関しては、私が教えられる限り、厳しく仕込みます」


「ふふふ。またうっかり助言しないようにしないとね」


 マサヒデは、ふう、と溜め息をついて、


「ええ・・・本当に、簡単な事なんですよ。

 なまじ綺麗に振れるから、ああなっちゃうんです。

 カオルさんの技量は、私やアルマダさんの遥か上です。正直、嫉妬しますよ」


「ええ? マサちゃん、いつもカオルに勝ってるじゃん。

 カオルだって、マサちゃんとの立ち会いは怖いとか何とか言ってるし。

 まあ・・・私もだけど」


 マサヒデは、ふう、と小さく溜め息をついた後、小さく笑って、


「ふふふ。シズクさんの技量も、私やアルマダさんを超えていますよ」


「え!? そうなの!?」


「そもそも鬼族なんですから、身体からして、人族より遥かに上ですよね。

 私も才がある、神童、なんて言われましたが、所詮は人族です。

 鬼族のシズクさんに敵うはずがないんですよ」


「ええ?」


「シズクさんは、私達より遥かに長く生きて、今まで真剣勝負の旅をしてきました。

 生まれた時点で、既に身体も上。

 長い放浪に真剣勝負で、実戦の経験も上。技量も上。

 どうです? どこにも劣る所がありませんよね」


「え、ええ? いや、ううん、言われてみれば、そう・・・なのかな?」


「嘘だと思ったら、アルマダさんや父上に聞いて御覧なさい。

 同じ答えが返ってくるはずです」


「じゃあ、何で・・・マサちゃんを舐めてる訳じゃないのに、何で勝てないの!?

 あ、カオルみたいに、自分が知らないうちに油断しちゃってるの?」


「違います」


「じゃ、何で・・・ねえ、何で!?」


 がたん! と椅子を転がしてシズクが立ち上がる。

 マサヒデは立ち上がったシズクを見て、にやっと笑って、


「秘密です。シズクさんにも厳しくいきますよ」


「う・・・ううん・・・」


 転がった椅子を立てて、シズクが座る。


「ふふふ。これが分かったら、またシズクさんが強くなってしまいますね。

 私も敵わなくなってしまいますから、絶対に教えませんよ」


「もう! 自分が勝てなくなるからって教えないの!?」


「そうですとも。負けたくありませんから」


「ええー!」


「真面目な話、こういう大事な所は、自分で気付かなければ駄目です。

 教えてもらって強くなった所で、そこから大して伸びやしません。

 まあ、教えれば、すぐに私程度には勝てるようになるでしょう。

 しかし、自分で気付けば、私より上の、父上ともやりあえる腕になれるかも」


「嘘!? 私、そんなに腕あるの!? 自分で分かってないだけで!?」


「まあ、実際に比べてみないと分かりませんけどね。

 少なくとも、今より遥かに伸びますよ。私よりもずっと上に」


「マサちゃんより、ずっと上?」


「ええ」


「想像もつかないな・・・私、どんだけ強いの?」


「さて、どうですかね。私程度では、ぼんやりとしか分かりませんが・・・

 正面切って本気で魔術を使われても、今のクレールさんには、恐らく勝てます。

 マツさんには・・・ううん、どうでしょうか?」


「ええー!?」


「いや・・・ううん、流石に、あの閉じ込める術は破れませんかね・・・

 でも、そのくらいの力と技が、シズクさんにはあるんですよ。

 あ、クレールさんに勝てると言っても、『今の』クレールさん、ですからね。

 将来、どうなるかは分かりませんよ」


「まじで?」


「私は、そう見ます」


「ちょっと待って。じゃあ、カオルもそうって事?

 マサちゃんが嫉妬しちゃうくらい、すごい技あるんでしょ?」


「はい。カオルさんも」


 そこで、あっ、とシズクが顔をマサヒデの後ろに向けた。

 すー、とマサヒデの隣の椅子が引かれ、かたん、とカオルが座った。

 目の周りが真っ赤に腫れている。


「ご主人様、ありがとうございます」


 席についてから、いきなりカオルがマサヒデに頭を下げた。

 マサヒデは、ちら、とカオルの方を見てから目を逸し、


「ううむ、あのですね。どこから聞いていました?」


「最初からです」


 マサヒデは気不味い顔をして、


「最初から・・・ううむ・・・」


 シズクが口を尖らせて、


「何だよ。聞いてたなら、もっと早く来いよ」


「申し訳ありません。その、顔を、出しづらくて」


「ふうん・・・まあ、今日は仕方ないね。許してやるよ」


 気不味い顔をしたまま、腕を組んで空になった膳を見つめるマサヒデに、


「ご主人様。死んでほしくないというお言葉、有り難く頂きました。

 お心遣い、感謝致します。必ず気付いてみせます。強くなります。

 これからも、厳しく、お教えを、願います」


 そう言って、カオルはもう一度頭を下げた。

 膝の上で握った手に、ぽたり、ぽたりと涙が落ちる。


「私が教えられる限りで、ですが。許して下さい」


「は」


「では、まずは止まった的に射っているだけ、という話、気付いて下さい。

 分かったら、教えて下さい。受けます」


「は」


「シズクさんも、カオルさんがそこに気付いたら、立ち会ってもらえますか」


「いいよ。カオル、お前ならすぐ分かるよ」


「はい」


 マサヒデは立ち上がり、


「では、先に戻っていますね。

 イマイさんも午後には来るでしょうから、カオルさんもお早目に。

 さ、シズクさん。行きましょう」


 やはり、カオルはこの程度では折れたりはしない。

 ぽん、と泣いたまま下を向いたカオルの肩に手を当て、マサヒデは食堂を出て行った。


「最初から聞いてたんだよな。私もお前も、本当はマサちゃんより上なんだってさ。

 な、こっそり強くなって、驚かしてやろうよ。ふふふ」


 にっと笑って、シズクも出て行った。

 2人が出て行った後、口を押さえ、だらだらと涙を流しながら、カオルは泣いた。

 注文を聞きに来たメイドが心配そうに、


「あの、どうなさいました?」


「なんでも、なんでも・・・嬉し泣きです、から」


 しゃくりあげながらカオルが答えると、メイドは頷いて、水差しとコップを置き、そっとハンカチを置いて、下がっていった。

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