第三章 カオル、泣く

第10話 カオル、泣く・前


 冒険者ギルド訓練場、昼前。


 いつも通り、マサヒデ、カオル、シズクと師範役を交代しながら冒険者達の相手をし、最後にマサヒデがカオル、シズクと手合わせをし、皆に見てもらって終了。

 なのだが・・・


「カオル! 今日はマサちゃんの相手、私に譲ってくれ!」


「は?」


 いつもマサヒデは最後にそれぞれと立ち会う。

 何を言っているのか、とカオルが首を傾げると、


「2回、やらせてくれ! 頼む!」


 ぱん! とシズクが手を合せて、カオルに頭を下げる。

 カオルが困惑した顔でマサヒデの方を見ると、マサヒデが頷いた。


「では、譲りましょう。でも、貸しひとつ、ですよ」


「やった! ありがとう!」


 シズクが頭を上げると、カオルは冒険者達に並んで座った。


「へへへ・・・」


 にやにや笑いながら、シズクがマサヒデの前に立つ。


「どうしたんです? 1回では足りないんですか?」


「足りない! 1回目は、何て言うか、あれだよ、ええと・・・試験?」


「試験? 何のです?」


 シズクはにやにやしていた顔を曇らせて、言葉を考えながら、


「ええと、ええと・・・試したい事があるんだ!

 それで、2回目で、本気で行くんだ!」


「ちょっと。最初から本気で来て下さいよ。

 で、一体、何を試したいんです?」


「あの、まだ良く分かってないけどさ・・・

 強くなるコツ! あれ、分かったと思うんだ。閃いたんだよ。

 でも、実際に試してみないと、本当か分からないじゃん」


「おお! やっと掴みましたか!」


「だから、本当に出来たんだったら、それで2回目で本気で行く・・・みたいな?

 間違ってて、分かってなかったんだったら、2回目はカオルに返すよ」


「ふむ。カオルさん、だそうですが」


「楽しみですね。シズクさん、見せて下さい。

 がっかりさせないで下さいよ」


 シズクは頬をかきながら、


「いや、ごめん、本当に自分が分かってるのか、よく分からないんだよ。

 正直に言ってさ、自信ないんだ。

 カオル、譲ってもらって悪いけど、がっかりさせたら、本当にごめんな!」


「構いません」


 カオルが笑って頷いた。

 マサヒデも頷いて、冒険者達に向き直り、


「掴んだ物が本物なのか、確かめるのは大事な事です。

 皆さんも、何か掴んだと思ったら、私達、師範役に試して下さい。

 こうして稽古で試してみる機会があるのですから、何度でも受けます。

 一見本物に見えても、実は行き止まりという事の方が多いです。

 そうやって、本物を探して行って強くなって下さい」


「はい!」


 マサヒデはシズクに向き直り、ぽん、と竹刀を手に当ててから、無形に構えた。


「では、シズクさん。いつでも」


「よおし! いくぞ!」


 シズクは勢いよく声を上げ、ぴた、と中段に棒を構えて、動かずにじっとマサヒデを見る。少し力んでいるか。


「シズクさん。もっと力を抜いて」


「うん・・・」


 シズクは、ふ、と小さく息を吐いて、肩をくるくると回してから、構え直す。


「うん! んっふふふーん」


 構え直してから、シズクはにやにや笑った。


「確信したね。やっぱり、マサちゃんが言ってたのはこれだ」


「ん?」


「それ! それ! それ!」


 ぶんぶんとシズクが突きを繰り出す。

 牽制ではない。


「お? お? おお?」


 ひょいひょいと避け、ぱ! と飛び下がる。


「おお! シズクさん、分かったみたいですね!」


「力を抜けって事だろ!」


「そう! それです!」


「あはははは!」


 笑いながら素早く突きを繰り出し、横に払う。

 シズクにとっては軽く振っているだけだが、マサヒデに当たれば致命傷なのだ。

 全力で振る必要はない。


 突きを避け、振られた棒をかがんでくぐって、斜めに身体を起こしながら回す。

 振られていく棒を追いかけるようにマサヒデの竹刀が伸び、ぽん、と竹刀の先がシズクの手首に置かれ、こちらに振られようとしたのを止めた。


「う」


 シズクの腰はもう回っており、一瞬遅れたら、棒が振られてマサヒデは吹き飛んでいた。振られたら、真剣でも止められたものではない。


「ここまでです。よく分かりましたね」


 後ろに残った棒の先を見て、手首にぴたりとついた竹刀の先をみて、がくっとシズクが肩を落とした。


「う、う・・・参りました」


 斜めに起き上がるように身体を伸ばした時、マサヒデの方も手応えを感じた。

 これまでにないほど、無駄なく、小さく、速く、無願想流の振りが出来た。

 きっと、シズクの目でも起こりが全然見えなかったはずだ。

 このシズクの振りの迫力で、追い詰められて自然に出た。


(出来た!)


 竹刀を引かずに、そのままの態勢で、今の感触をしっかりと身体で思い出してから、ゆっくりと竹刀を引いた。


「ううむ、ありがとうございました。最後、今までで最高の振りが出ましたよ」


「そう・・・」


 遅れて、ぱちぱちと冒険者達から拍手が上がった。

 カオルだけが、顔を青くしながら拍手をしている。


「さて。もう1本ですね。やりますか」


 シズクは、ふうー、とゆっくり息を吐いてから棒を引き、


「もういいや。私、分かったからさ。後はこれを磨かないとね。

 カオル! ありがと! でも、次はカオルに返すよ!

 ははっ、これで貸し借りなしな!」


「は」


 どすどすとシズクは冒険者達の所に歩いて行って、カオルが座っていた所に座った。入れ替わりにカオルがマサヒデの前に立つ。


「ご主人様。今の、最後は」


「ふふふ。最高の振りが出来ましたよ。

 シズクさんに追い詰められそうになったからですね」


「左様でしたか・・・」


「さて。カオルさんも、そろそろ無願想流の振りを分かってもらわないと。

 私よりも綺麗に振れているんですから、ちゃんと当てて下さい。

 ふふふ。そろそろ、私もカオルさんの振りに追いつきそうですよ」


「は」


 ぺこ、と頭を下げ、カオルが構える。

 マサヒデも構えたが、あ、とすぐに構えを解いて、


「そうだ。カオルさん、その小太刀、普通の木刀に変えて来て下さい」


「え? ああ、モトカネですね」


「そうです。磨り上げはしないのでしょう?」


「そのつもりです」


「では、どなたかから木刀をお借りして来て下さい。

 まだ長さに慣れていないかもしれませんが、立ち会っていればすぐに慣れます」


「は」


 カオルが正座している冒険者から、木刀を借りて戻って来た。

 前に立って、ぴたりと中段に構える。

 マサヒデは構えを見て頷き、


「問題ありませんね。長くなった分、当てやすくなる。道理ですね」


「はい」


「ふふ、ちょっとイマイさんみたいになりましたか。

 では・・・そうですね、5手譲ります。5手で当てて下さい。

 長さに慣れてもらう為の5手です。掠めるだけでも構いません」


「は!」


 マサヒデが無形に竹刀を垂らす。


「では、いつでも」


 ひゅ、と小さく音を立ててカオルの木刀がマサヒデの眼の前を過ぎる。


「1手」


「・・・」


 ひゅひゅひゅ。

 袈裟とも言えない筋、斬上とも言えない筋。最後に綺麗に横薙ぎ。

 す、す、す、と下がって、マサヒデは全て避ける。


「4手です」


「く!」


 突きを躱し、マサヒデが眉を寄せて、


「ううむ・・・」


 と小さく唸る。


(やはり当たらない! 何故!?)


 カオルが愕然と表情を変える。

 自分の感覚では、小太刀とほとんど変わらず扱えている。

 速度も変わらず振れている。間合いも伸びている。

 なのに、当たらない。


「さて、5手です。行きますよ。1寸の間を開けて避けるようにして下さい。

 カオルさんなら、紙一重でも避けられるでしょうが、1寸です」


 は! として、カオルが飛び下がる。

 竹刀を持ったまま、マサヒデがするすると歩いて来る。


(来る!)


 ゆる、とマサヒデの身体が動く。

 はっきりと起こりが見える。

 このまま大きく跳び下がるか、横に跳んでしまえば当たりはしない。

 だが、寸の間を開けて避けろ、とマサヒデは言う。


(これなら避けられるはずだ)


 ぎりぎりで・・・

 ぽん、とマサヒデの竹刀がカオルの胴に当たった。


「な、何故!」


「ううむ・・・もう一度です」


 2寸!

 咄嗟に先程よりほんの少し下がるが、


「あっ」


 顔の横を竹刀が落ちていく。

 肩の上に、竹刀の物打ちが、とん、と乗る。

 真剣であれば、このまま切り下げられれば、腰までばっさりだ。


「・・・」


 稽古の時はいつもこの調子だ。

 会心の振りだ! と思っても当たらない。

 マサヒデは、カオルの方が振れている、自分は全然だと言う。

 なのに、カオルは避けられず、マサヒデの方は当たる。

 今の振りも、マサヒデははっきりと見えるように振っている。


「カオルさん。何故避けられないか、ではありません。

 何故、私が当てる事が出来るのか。そこを見なさい。

 同じように聞こえますが、同じではありませんよ。分かりますよね」


「は!」


「次から3寸開けても構いませんよ。では行きます」


 3寸。カオルにとっては余裕の間だ。

 避ける。ぽん。

 避ける。ぽん。

 避けたはずなのに、マサヒデの竹刀は当たる。


 大きく跳び下がれば避けられるだろうが、それでは意味がない。

 この稽古は、カオルが当てられるようにする為の、マサヒデのお手本だ。


「あ」


 とん、と背中に壁が当たった。

 マサヒデが竹刀を引いて、息をつく。


「ふう。今日はここまでです」


「く・・・ありがとうございました」


 おおー、と声が上がり、ぱちぱちと冒険者達から拍手が上がる。

 目にも止まらない速さで避けるカオルに、全て当てているのだ。

 がくっと肩を落としたカオルに、


「カオルさん。このままでは、シズクさんに負けますよ」


「・・・」


「私は、今、この時なら五分と見ました。

 でも、シズクさんはすぐに物にするでしょう。

 もう身体で分かってしまっていますからね」


「・・・」


「ゆっくりの素振りも毎日続けています。

 もう、鋭さは以前とは比べ物になりません。

 たちまち、差が付いてしまいますよ」


「は・・・」


「気付いて下さい。綺麗すぎない事です。分かりますか」


「わ・・・分かりません!

 何故! 何故、私の方が振れているのに当たらないのです!?」


 カオルはついに涙を流し、木刀を落として、がば! と手を付いて頭を下げた。


「教えて下さい! 教えて下さい! お願いします!」


 拍手をしていたシズクや冒険者達も驚いて、カオルを見つめる。

 しーん、と場が静まった。


「・・・」


「お願いします・・・教えて下さい」


「あなたはもう知っています。最初から全部思い出して下さい。

 私の剣が泳いだ時の事。

 速くではなく、むしろゆっくり、静かに振る事。

 振り出したら、刀の行く方に付いて行くだけで、自然と軸が出来る。

 だから、どう振ってもどんな筋でも振れる。斬れる。

 さて、他には?」


 カオルは泣き顔を上げて、


「指先で方向を変えるだけ・・・

 振れているのに使えていない・・・

 私はまだ、半分、半分しか分かっていないと!

 それと、弓のお話! 止まった的に射っているだけだ、と!」


「覚えていましたか。そこ、まだ分かりませんか?

 父上には、甘やかしすぎるなと注意された程の事ですよ」


 カオルは、かくん、と頭を垂れ、


「うっ・・・ううっ・・・分かりません・・・」


 ついに涙を流しながら、突っ伏してしまった。

 マサヒデは泣き出したカオルをしばらく見ていたが、くるりと踵を返し、


「皆さん。今日の稽古は終了です」


 と、出て行ってしまった。

 冒険者達もシズクも、泣くカオルを心配そうに暫く見ていたが、出て行った。

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