閑話 日記の中身

第9話 日記の中身


 明早朝。


 マサヒデが起きると、やはり雨は続いている。


(やはり雨か)


 まだ寝ているマツを起こさないよう、静かに着替えて部屋を出る。

 台所から、雨の音に混じって包丁の音。

 カオルが朝餉の用意をしているのだ。


 午前中はいつも通り、ギルドで稽古。

 早めに行って、素振りは訓練場でしよう。

 午後は、国王陛下に送る書簡を書く。

 イマイがカオルの刀を返しに訪ねて来る。これも午後だろう。


(さて)


 居間に座って考える。

 以前の書簡には、どこまで書いただろうか?


「ううむ・・・」


 首を捻って考えるが、さっぱり思い出せない。

 今回から、箇条書きの簡単な写しを書いておこう。

 何をどこまで書いたか、忘れないようにせねば。


 マツとクレールの挨拶の話は、まだ書いていない。

 次はこの辺りからか?

 父の狼狽えぶりをどう書いたものか? 書いて良いものか?


 自分の父は剣聖なのだ。

 御前試合にも何度も出ているし、陛下も顔は知っている。


 王から認められ、剣聖となった者。

 剣聖の顔を潰すような事を、書いてしまって良いだろうか?

 そのだらしない姿を送るのは、王の顔も潰すような事になりはしないだろうか。

 他人が読まねば平気だとは思うが・・・


 雨戸の外から聞こえる雨の音を聞きながら、昨晩の話を思い出す。


 もし、正直に書いて送ったとする。

 そして、マツやカオルの言った通り、本になってしまったとする。


「ふう」


 父のそんな姿が世間に知られてしまえば、斬り殺されそうだ。

 他界した後でも、必ず夢枕に立つことであろう。


「む?」


 いや、あの父なら大丈夫だろうか?

 色々な貴族の相手もしているが、いつもあの通りの態度だ。

 普段から厳格な態度の人間の、情けない姿、という訳では無い。

 多少は怒りはするかもしれないが、かえって笑い話にでもしそうだ。

 書いて送ってしまおうか?


 腕を組んで考えていると、


「おはようございます」


 と、カオルが茶を持って入ってきた。

 シズクも、ぐうすかといびきをかいていたが、カオルの声で起き上がり、目をこすりながら、


「ううん、おはよ」


「おはようございます」


 マサヒデ達の前に茶を置いて、台所に戻ろうとするカオルを引き止め、


「ちょっとカオルさん。シズクさんにもお尋ねしたいのですが」


「何でしょう?」「うん?」


「マツさんとクレールさんが、結婚の挨拶に行った時の父上の慌てぶりです。

 あれ、書簡に書いて送っちゃっても良いですかね」


 カオルがくすっと笑って、


「良いと思います」


「いいんじゃなあい?」


 ふわあ、と欠伸をかきながら、シズクも同意する。


「剣聖というのは、王から認められて授けられる肩書です。

 その父上の情けない姿を書いてしまっては、陛下の顔を潰してしまいませんか」


「平気だと思います。むしろ、笑い転げてしまう事でしょう」


「カゲミツ様は大丈夫じゃない? 少しは怒るかもしれないけど。

 また、叩きのめされないように、覚悟はしといた方が良いかもね。

 バレないように、気を付けなよ」


 ふふん、とシズクが笑うと、カオルもシズクの方をちらっと見て笑い、


「シズクさんがあっという間に叩きのめされた話にもなりますね。

 さすがは剣聖。鬼族と言えど、三手譲って掠らせもせず、一太刀である。

 そのような話にもなりますよ」


「むっ」


 ぎろっとシズクがカオルを睨むが、カオルはそれを無視し、真剣な顔でマサヒデの前に座って顔を近付け、


「ご主人様、それよりも魔剣の事は如何なさいます。

 ご挨拶の話となると、あの魔剣も出て参りますが」


「む! 確かに・・・魔剣がありましたね。ううむ」


「魔剣を盗むことが出来たのは、私にとっては名誉な話になりました。

 しかし、魔剣の存在を知られるのは、面倒ではありませんか?

 調査の際の話を省いても『どんな魔剣か知りたい』と必ず聞かれますよ。

 そうなれば、この先、隠すのが難しくなります」


「ううむ・・・マツさん秘蔵の、ただのナイフと言う事にしておきますか?

 魔王様が贈ってくれた程の、物凄い豪華な逸品ということで。

 書くのであれば、あまり誤魔化したくはないのですが」


「魔王様にお届けし、封印して頂いた後に、真実をお伝え致しましょう。

 きちんと理由をお伝えし、書簡でお知らせするとなると危険があった。

 それで宜しいかと存じます。あれは危険な代物です。必ずお許し頂けます」


「ううむ」


「例え陛下とはいえ、あの魔剣の存在は知る者が少ない方が良いと思います。

 この国で封印しようという話になれば、関係各所に伝わります。

 そこから、どこに広まるか分かったものではありません。

 私の監視員も、養成所や情報省にはお伝えしておりません」


「え? そうなんですか?」


「情報省や養成所など、他国の諜報員、忍の狙いの的で御座います。

 当然、厳重な警備はありますが、もしも、も御座いますから。

 今、存在を知るのは我らの身内のみです。

 封印するまでは、そう徹した方が良いかと」


「ふむ。確かにそうですね。

 正直に書きたいですけど、今回は仕方ありませんか」


「陛下は思慮深いお方です。では封印しようと軽く動かれる事はないと思いますが、ご主人様がお送りしております書簡を、陛下のみがご覧になっているかは分かりません。もしそうでなければ、あっという間に魔剣の話は広がりますよ」


「あ、そうか。いや、そうですね。政に関する書簡ではありませんし、ご家族の方や、周りの配下の方も読まれるかもしれないんだ」


「そうです。気乗りされないかもしれませんが、此度は誤魔化してお伝え下さい。

 普段ここにあるのでつい忘れがちですが、あれは、ただの魔剣ではないのです。

 知られれば必ず大事になります。おそらく血も流れるでしょう。

 封印されるまでは、決して魔剣の事は口外されないことです。それが賢明です」


 カオルは庭の方を向いて、


「今、こうして話しているのも危険なくらいです。

 この家の周りにはレイシクランの皆様がおられるので、話せるのです。

 それほどの物だと、きつくお覚え下さい。シズクさんもですよ」


「む、分かりました」


「分かってるよ。あれがあるって知られたら・・・ね。

 前にマサちゃんに聞いたもん。すっごいヤバいってね」


 頷いて、シズクは冷めた茶をぐいっと飲み干して、


「ところでさ、マサちゃん。

 私があっという間に負けちゃった、なんて話も誤魔化してよ」


「ははは。それは駄目です」


「ええ? いいじゃん、少しくらい」


「父上も、だらしない所だけではなく、流石と言われる部分は欲しいでしょう。

 酒でべろべろに酔いながらも、鬼族の歴戦の武術家に手を譲る。

 その上、掠らせもせずに勝った、なんて格好良いではありませんか」


「ううん、私はちょっと恥ずかしいよ」


「今だって、掠りもしないんでしょう?

 じゃあ、次に書簡に書く時にどう誤魔化すんです。

 道場に行く度に、毎回父上に勝ってるなんて書くんですか?」


「それでいいじゃん」


「剣聖を超える旅の鬼族の武術家がここにいる、なんて知れたら、各国から招聘の話がわらわら来ますよ。それで嘘だって知れたらどうするんです。私だけではなく、貴方の首も危ないですよ」


 とん、とマサヒデは自分の首に軽く手刀を当て、シズクの首を見る。

 これが国王陛下宛の書簡でなければ、せいぜい経歴詐称とか、詐欺みたいなものでしょっ引かれるくらいだろう。

 だが、正式な報告書ではないとはいえ、これは国王陛下宛の書簡。

 となると、どうなるか分かったものではない。


「う。それはまずいね」


「だから、正直に書いて送ります。

 三手譲られたが、掠りもせずに負けてしまった。

 今も道場に行っては、父上に叩きのめされている。

 これが本当の事ですから、よろしいですね」


「うん・・・そうして」


「なるべく、誤魔化さない方が良いんですよ。

 あの魔剣と、雲切丸は・・・まあ、仕方がないという事で」


 カオルはシズクに向き直り、


「シズクさん。そもそも、鬼族という種族自体が、魔の国でも珍しいのですよ。

 それを人の国で見かけることなど、滅多にありません。

 しかも武術を使うとなれば、それだけでお誘いがあって不思議ではないのです」


「そうなの?」


「そうです。シズクさんは、貴重な人材と言う事です」


「そうか! 私って凄いのか!」


「シズクさんも、ご主人様の試合に出て顔も名も知られているのです。

 ですので、もう少し礼儀作法などを」


「嫌」


「ははは!」


 即答したシズクに、マサヒデは笑ってしまった。

 ふう、とカオルも溜め息をついて、


「全く・・・」


 と言って首を振り、2人の湯呑に茶を注いで立ち上がった。


「では、朝餉を準備して参ります」


「ありがとうございます」


 カオルが出て行くと、シズクは茶を啜りながら、


「ねえ。書簡にはどんな事を書いてるの?」


「日記みたいなものですよ。大体全部です。

 今、シズクさんが嫌って言ったのも、覚えてたら書きますよ」


「ええー?」


「私だって、クレールさんとの見合いの時に大恥を書いたこととか、ちゃんと誤魔化さずに書いてるんです」


 と、マサヒデはシズクに近付いて、小声で、


(あの見合いの時、カオルさんが失敗しちゃった話も書いてるんですから)


(え、なにそれ)


 マサヒデは首をぐるっと回して台所の方を見てから、シズクに向き直り、


(カオルさん、護衛にって私達に付いてきたんですけどね・・・)


 少ししてから、居間でシズクの笑い声が上がった。

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