第3話 隠し方


 マサヒデ達が出ていくと、ぱん! ぱん! とクレールが縁側で手を叩く。


「誰か! 上がって来なさい!」


「は!」


 返事がして、少ししてから、玄関から商家の旦那といった感じの男が入って来た。

 クレールの護衛の忍の変装だ。


「はーい!」


 玄関が開く音で、マツがさらりと執務室の襖を開けて出て来た。


「あ、マツ様。うちの者です」


「あら、これはお珍しい。ささ、お座り下さいませ。

 もっとご遠慮なく上がってきてもらっても宜しいんですよ」


「さ。そこへ座りなさい」


「は。失礼致します」


 ぴし、と礼をして、静かに男が座る。


「で・・・貴方は、どこに、どんな物を隠しているのです?」


「は・・・」


 はて、とマツがクレールに顔を向け、


「クレールさん? 何のお話ですか?」


「えへへー。忍の隠し武器ですよ! マツ様も一緒に見て下さい!

 勿論、見せてくれますよね? マツ様もご覧ですよ?」


「え!? 忍の隠し武器ですか! うわあ、楽しみですね!」


 ちらちらと、男が皆の顔を見る。

 マツもシズクも、期待に顔を輝かせている。

 クレールも厳しい顔をしてはいるが、目は子供のようだ。


 庭から、雨音に混じって、ぴちゃりと音がした。

 何とか誤魔化せ、だ。

 ひとつだけ、そこそこの物を見せて、後は謝って誤魔化そう。


「は。私などは、この程度でして・・・」


 男は髷から一本の細く長い針を出した。

 3人が顔を近付け、目を細める。

 まるで髪の毛ように細い。

 弾力はあるようだが、ふにゃっとしている。


「これは・・・針? ですか?」


「はい。これを用いまして、点穴を狙うのですな。

 このような所に隠しているとは、よも思いはしますまい。

 念の為に髷に入れておりますが、普通に髪に入れていても、分かりはしません。

 手に持っていても見えるものでは御座いませぬが、光を反射します故、ここへ」


 ここ、と男は頭を指差す。

 マツが首を傾げ、


「しかし、このように細い物では、狙う所が限られるのではありませんか?」


「マツ様。我らレイシクランの忍の技術を侮ってもらうのは、遺憾ですな。

 この針、柔らかく見えて、服の上からでも軽く刺し通す事が出来まする。

 製法は秘中の秘で御座います故、お話は出来ませぬが」


「服の上から、こんな髪の毛のように細い針を?

 すごく柔らかく見えますが・・・」


 男は深く頷き、


「服だけでは御座いませぬぞ。皆様のご着用の、あの着込みが御座いますな。

 我らの技を持ってすれば、あの鎖の間を縫って突く事も可能ですぞ。

 それ故、ここまで細くなっておるのです」


「あんな小さな鎖の隙間を!?」「嘘だろ!?」「ええ!?」


 驚く3人を前に、男は得意そうに笑い、


「ふふふ。我らであれば、例え動いている相手でも、しかと突く事が出来ます。

 点穴は、場所さえ分かれば、ただ真っ直ぐ突けば良いという物では御座いませぬ。

 さらに点穴という物は、筋肉が動けば、場所も刺し入れる角度も動くのです」


「へえ・・・点穴というのは、そういうものなのですね」


 男はふわふわと指先を小さく動かして、針をくにゃくにゃさせながら、


「如何にも。そこで、この柔らかさと、我らの技です。

 このしなやかさをもって、動いた場所も正しい角度で突く事が出来るのです」


 するすると、何本も針を出す。

 おお、と3人が顔を近付ける。


「さて、皆様、しかとご覧下さい。

 このように、分かっておらねば、まず見える物では御座いませぬな。

 事が終わり、急いで隠さねばならぬ時なども、使った後はこう適当に」


 ぱん、と、男が手を膝に当てる。

 そして手を広げると、もう針がない。


「如何でございましょう。適当に袴に刺し込んだだけですぞ。

 もうどこに隠したか、見えはしますまい。

 余程しっかり調べられねば、バレもしませんな」


 男の膝を見ても、針が刺さっているのが全く分からない。


「はあー・・・」


「このように膝を立てましても、柔らかいので不自然さは皆無で御座います」


 男が膝を立て、次いで立ち上がって膝を曲げたりして、また座る。

 膝に手を当てて、すすっと手を滑らせて手の平を向けると、針が乗っている。


「さ、ご覧の通り、ちゃんと膝に入っておりましたぞ。

 如何でしょう。どこか不自然な所など、御座いましたでしょうか?」


 クレールがぱん、と手を合せ、シズクもマツも感嘆する。


「わあ! 凄いではありませんか! 全然分かりませんでしたよ!」


「凄いじゃん!」


「素晴らしいですね!」


「で!? で!? 他にはどんな物が!?」


 クレールが身を乗り出すが、男は気まずそうに顔を逸し、


「は・・・その、大変申し上げにくいのですが・・・

 暗器の仕込みに関しては、私はサダマキ殿には遠く及ばす」


 はあ? とクレールが顔を上げ、


「え? これだけですか?」


「まあ、懐に手裏剣などはありますが」


 クレールとシズクが顔を合わせ、


「普通ですね」「普通だね」


「ええ!? これは凄いと思いますが」


 マツだけは感心して、胸の前で手を合せ、目を輝かせている。


「は。此度はサダマキ殿の暗器を見させて頂きまして、良い勉強になりました」


「え? カオルさんですか?」


「そうなんです・・・凄かったんですよ。

 襟から、剃刀みたいな、ふにゃふにゃした剣が出てきたりして。

 宙に舞った何枚もの紙が、一振りで全部真っ二つでしたよ!」


「あれは凄かったね!」


「ええ! それは見たかったですね・・・

 帰ったら、私も見せてもらいましょう」


 はあーあ、とクレールががっかりして、口を尖らせて顔を背け、


「もう・・・あなた方も、もっとカオルさんを見習って下さいね。

 折角、普段から他派の技術を間近で見られるというのに。

 しっかりと取り入れるのですよ」


「は!」


 何とか誤魔化せたようだ。

 頭を下げながら、男はほっと息をついた。



----------



 ばらばらと傘に雨を当てながら、マサヒデとカオルは職人街に向かう。


「カオルさん。袖付にも仕込んでいるでしょう」


「え? ええ、その通りですが・・・」


「ふふふ。袖下にも入れていますね? 当然ですけど、羽裏にも入ってますよね。

 返しには入っていないと見ました」


「・・・」


「袴にも何か入れているでしょう? 笹ひだの所とか」


「何故そこまでお分かりに?」


「適当です。服の作りを考えれば、何か隠せそうな場所はありますよね。

 カオルさん、隠せそうな所には全部仕込んじゃうでしょう。

 ですから、隠せそうな所を適当に言えば当たりという訳です」


「・・・」


「確かに、長羽織は隠すには便利ですけど、上着ですから脱ぐ所も多いです。

 それに、あまり仕込みすぎると、羽織の動きの重さですぐ勘付かれますよ。

 勘付かれれば、こいつは他にも何か仕込んでいるかも、と警戒されます。

 私は、長羽織に隠すのは、むしろ減らした方が良いと思いますね」


「は・・・」


「それより、ここに隠すのか? という所の方が良いんじゃないですか?

 例えば・・・ううむ、そうですね・・・」


 ちょっとマサヒデは考えて、


「咄嗟には出しづらいですけど、草履とか、足袋とか」


「ふむ」


「そうだ。さっきの鉄線なら、その髪を束ねている紐に入れたりとか。

 髪の毛の中に仕込んじゃうのも良いと思いますが・・・

 あ、抜く時に引っ掛けるかな? 普通の鉄線ならありですかね?」


「なるほど」


「懐、帯・・・この辺りは誰でも思い付きます。でも、バレなければ問題はない。

 長羽織は、何か仕込んでいるというのを隠す役にした方が良いのでは?

 長羽織の方に仕込み過ぎて、何か仕込んでいるとバレるのはいけません」


「仰る通りです・・・」


「長羽織の方は程々にしましょう。私程度でも分かったんです。

 素人ならともかく、盗賊職の冒険者や、奉行所の方々には一目で看破されますよ。

 当然、同じ忍の方々にもです。

 カオルさんは養成所の所属ですし、忍の方々に何かされる事はないでしょうが」


「は」


「新しく仕込みが終わったら、一度、ハチさんにでも見てもらったらどうです。

 同心はそういうのを見抜く専門家ですからね」


「ハチさんですか・・・ハチさんは、ちょっと」


 ふい、とカオルが小さく顔を背ける。

 はて?


「どうしました? 自信がありませんか」


「いえ、その・・・何と言いましょうか・・・」


「何です? ハチさんが何かしたんですか?」


「そうではないのですが」


「では、何なんです。ハチさんは、カオルさんが忍だって知ってるんです。

 別に差し支えはないでしょう?」


「仕込みを見抜けるか、なんて言ったら、身体中の匂いを嗅がれそうで」


「ははは! 確かにありそうだ!」


「笑い事ではありませんよ・・・

 そんな事になったら、恥ずかしくて仕方ありません」


「では、ゴロウさんが居たら見てもらいましょうか。

 町中を良く見回っているそうですし」


「そうします。ゴロウさんの目を欺く事が出来れば、問題ないかと」


「ふふふ。そうだ、ゴロウさんと言えば・・・

 イマイさんの所では、色々と刀を見せてもらえるでしょう。

 長居することになるでしょうし、帰りは虎徹で食べて行きましょうか」


「はい」


 ぴちゃぴちゃと、地面の水が2人の足の音を立てる。

 ぽたり、ぽたり、と、傘の骨の先から雨の滴が落ちる。

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