第2話 隠し武器


 カオルが朝餉の膳を並べている時に、クレールも目をこすりながら起きてきた。


「いただきます」


 と、皆で箸を進めながら、マサヒデはふと思い出し、


「む、そうだ。カオルさん、イマイさんは夜型と言ってました。

 となると、朝のうちは起きていないかもしれませんね。

 ギルドで稽古をして、昼を過ぎてから行きましょうか」


「そうなのですか?」


「ええ。先日の稽古をお願いした際も『夜型だから鈍る』なんて言ってましたよ」


「あれで鈍っていると・・・」


 カオルはイマイが最後に見せてくれた、恐ろしい抜刀術を思い出す。

 説明もしてくれたし、理屈もやり方も分かる。

 だが、とても真似出来る技ではなかった。

 シズクもあの抜刀を思い出して、


「ええー! あれで鈍ってた!? 凄かったじゃん! 見えなかったよ!?」


「らしいですよ」


「へらへらしておりましたが、やはり達人なのですね。

 あれで鈍っていたとは・・・」


 マツも驚いている。

 クレールが口をもぐもぐしながら、


「マサヒデ様、イマイ様の所に行くのですか?」


「ええ。あの鞘、売らずに、そこに飾っておこうと思いまして」


 と、マサヒデが床の間を見る。

 床の間には、以前、火付盗賊改のノブタメからもらった鉄扇が飾ってある。


「きらきらしてて、綺麗でしたもんね!

 やっぱり、売ったら勿体ないですよ!」


「ええ。手に入れようとしても、手に入る物ではありませんし・・・

 という事で、飾っておこうかな、と」


「使わないんですか?」


「派手すぎて、私は嫌です」


「私は似合うと思いますよ。派手と言っても、地は黒ですし」


「そうですかね」


「そうですよー! マサヒデ様にはお似合いですよ!」


「ふうん・・・そうですかね」


 くす、とカオルが笑い、


「クレール様。ご主人様はおしゃれが苦手なようで」


 ぷ、とシズクとマツも小さく笑う。

 マサヒデが少しむっとして、


「刀におしゃれなんて、いりませんね。

 あんな高い鞘を差してたら、逆に気になって仕方ありませんよ」


「しかし、鍔はお変えにならないのでしょう? 金ではありませんか」


 マツが驚いて、


「ええ? 金の細工なんですか?」


「当然、変えますとも。

 金なんて、瑕が恐ろしくて、とても使えませんよ・・・

 あの鞘も鍔も、すごい年代物なんですよ? 使うなんて、とても。

 飾っておくに限ります」


「でも、マサヒデ様。飾る為に作られた物ではないでしょう?

 確かに刀は美術品という面もありますけど、武器なんですから。

 年代物で使うのが恐ろしいだなんて・・・

 そもそも、刀自体が年代物ではありませんか。

 マサヒデ様は、それを振るうおつもりなのでしょう?」


「まあ、その通りですが」


「では、鞘の方も使っても良いではありませんか」


「んんむ・・・」


 味噌汁を啜りながら、自分があの鞘を腰に差した所を想像する。


「私にはとても似合いませんね・・・笑われそうですよ」


 くい、とクレールが眉を寄せて、小さく首を傾げる。


「そうでしょうか?」


「そうですよ」


 マツが笑いながら、


「うふふ。まずは、私にお見せ下さい。

 旦那様のおしゃれは、私が決めますよ」


「ええ?」


「私の夫として、恥ずかしくない得物を持っていただきます。

 貴方様は、魔王の義理の息子なのですよ」


「む・・・痛い所を突きますね。

 でも、刀自体はそれこそ名刀です。別に良いではありませんか」


「抜かなければ、分からないでしょう」


「それが良いと思うのですが」


「そこは、私が決めます。宜しいですね」


「マツさん。私は着せ替え人形ではありませんよ」


「そうもしたくなります。全く、頓着しないのですから」


「そうですかね?」


「そうですとも。

 マサヒデ様は武術家ですから、使い易い物が一番大事だと言うのは分かります。

 しかし、使い易いのであれば、派手な物でも変わりはないのでは?」


 マサヒデはノブタメから贈られた、床の間の鉄扇を見る。

 銀に綺麗な雀の絵。

 マツとクレールが必死になって使うのを止め、飾り物として置いた物だ。


「じゃ、あれも使って良いですかね?」


「むっ! マサヒデ様、良い返しですね!」


 クレールがきりっと顔をしかめたのを見て、カオルが笑いながら、


「ご主人様。此度は諦めて下さい。

 先程言いましたが、新しい鞘を作るとなれば、何ヶ月も必要です」


「む・・・」


「あの青貝の鞘を使いましょう。掃除するだけで済みます。

 帰って来てから、出来上がった物と替えれば宜しいかと思います。

 多少傷んだ所で、奥方様に直して頂けるではありませんか」


「ううむ・・・」


 マサヒデは唸りながら、味噌汁の中の豆腐をつまんで、口に放り込んだ。


「そうだよ。マサちゃん、出来上がるまで待ってるの?

 あんな刀の拵え作るなんて、職人の人、皆、気合入りまくりだよ。

 地味なのでお願いって言っても、めちゃくちゃ凄いの作るに決まってるじゃん!

 イマイさんだって、もっともっと研がせて! ってお願いしてきたんでしょ?」


「・・・」


「待ってたら、どんだけ掛かるか分からないよ。

 あるやつ綺麗にしてすぐ使えるなら、そうした方が良いよ」


「ふう・・・」


 マサヒデは答えず、渋い顔をしたまま、残りの味噌汁をぐいっと飲み干した。



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 ギルドで稽古を終え、マサヒデ達が帰ってきた。


 雨の中を歩くので、マサヒデはさっと柄袋を掛ける。

 クレールがそれを見て、


「そう言えば、朝も着けてましたけど、それは何ですか?」


「こうやって、この握りの部分を濡れないようにしておくんです。

 濡れた所を持って、振った時に手が滑ったりしたら大変ですから」


「それで、さっきも着けてたんですね」


「まあ、刀用の傘と言うか、合羽みたいな物ですかね」


 ささ、と奥からカオルが出てくる。

 内弟子姿になってから長羽織だが、雨の日もこれで行くのだろうか?

 ギルドはすぐ向かいなので、まだ良いと思うが、職人街までは結構歩く。


「カオルさん、その格好で行くんですか?

 傘を差していても、さすがに汚れてしまいますよ」


「多少は汚れてしまいますが、仕方ありません」


「仕方ないと言いますと・・・」


「この羽織には、色々と仕込みましたので。

 やはり、長羽織は仕込み易くて良いですね」


 ああ、やはりそうか。

 カオルがにこにこしている。

 クレールが目を輝かせ、


「ええー! どんな仕込みですか!?」


 シズクもばっと起き上がって、


「私も見たい!」


「全部は見せられませんが・・・ほら」


 しゅ、とカオルの手が動いたかと思うと、手に細い糸が握られている。


「おおー!」


「それは・・・鉄線、ですか?」


「はい」


「やっぱり、首を締めたりとかですか」


「ふふふ。これは特注です。そんな物ではありませんよ。

 ささ、皆様。良く見て下さい」


 カオルが座って、鉄線を畳の上に置く。


「んん?」


 3人が顔を近付けるが、良く分からない。


「気を付けて触ってみて下さい。そっとですよ」


 クレールがそっと指を付けて、つーと指を動かすと、ずず、と糸も動く。


「ん? ん? 何か、何と言うか、滑らないですね? 鉄ですよね?」


「表面が細かく・・・刃というか、のこぎりのようにぎざぎざになっております」


「のこぎり? ですか?」


 ああ、とマサヒデが頷いた。


「刃がついてるから、きゅっと締めれば、簡単に斬り落としてしまう、と」


 カオルが笑いながら頷き、


「如何にも。ふふふ。クレール様、これで締めれば、骨ごといけます」


「え! ええっ!」


 驚いてクレールがわっと指を離す。

 シズクも驚いて、


「おいおい・・・なあ、カオル、これ、私も切れちゃうのか?」


「ふふふ・・・さて、どうでしょう? 試してみますか?

 他にも御座いますが、お分かりになりますでしょうか」


 凄みのある顔で笑いながら、カオルが鉄線をまとめて懐に入れる。

 もう、懐から羽織のどこかに入ってしまっているだろう。


「ふむ」


 マサヒデが顎に手を当て、じろじろとカオルの羽織を見る。


「襟ですね?」


「お見事です」


 カオルが懐に手を入れ、すっと手を出すと、するすると薄い鉄板が出てくる。

 たらん、と垂れているのを見ると、紙のように薄い。

 これは剃刀のように、恐ろしく斬れるはずだ。

 鞭のように、しならせて使うのだろう。


「一度抜くと、しまうのが大変なので、とっておきなのですが・・・」


 クレールがそれを見ながら、


「薄い鉄ですね? これは着込みの代わりですか?」


「そういう役割もありますが、これは武器です」


「武器?」


「少々扱いが難しいもので、少し失礼します。

 まだまだ慣れておりませんので、そのまま、お近付きにはなりませんよう」


 カオルが立ち上がって、廊下に出る。

 ぱっと懐から懐紙を撒いて、ふっと手を振ると、ひゅわん! と音がして、ばらりと宙に舞った懐紙が真っ二つに斬れて、ふわふわと廊下に落ちた。


「うわあ! 凄い!」「おおー!」


 ぱちぱちとクレールとシズクが拍手をした。

 カオルがどうだ、と言わんばかりの顔で、


「こちらは、ご主人様のお言葉で思い付いたのですよ」


「腰帯剣ですか。確か、二刀を思い付いた時に、話してましたね」


「ええ。仕込みにバレないよう、普通の腰帯剣より、さらに薄くしました。

 ほとんど、使い捨てになってしまいますが」


 ふわり、と紙のようにカオルの手から仕込みの剣が垂れ下がる。

 するすると戻って来て座り、羽織を脱いで、慎重に襟にしまう。


「このように、一度抜くと、納めるのが大変でして・・・

 ですが、入れておけば守りにもなるので、良かろうかと。

 しかしご主人様、よくぞ見抜かれました」


「上手い事、考えるものですね」


 ぱさりと羽織を着て、


「まだまだ御座いますが、ご主人様、そろそろ参りましょうか」


「おおー! まだあるんですか! 帰ったら見せて下さい!」


「ふふふ。後は秘密ですよ」


 カオルが笑いながら、指を口に当てる。


「ええー? いいじゃん、見せてよ!」


「駄目です。こういうのは、お味方にも秘密というものですよ」


「クレールさん、配下の忍の方々に聞いてみては如何です。

 色々見せてくれるかもしれませんよ?」


「む・・・でも、お味方にも秘密ですから、教えてくれるでしょうか?」


「かも、しれません、ですよ。ははは!

 帰りは遅くなると思いますので、夕餉は私達を待たずに食べて下さい。

 さ、カオルさん、行きますか」


「は」


 マサヒデ達は立ち上がり、執務室のマツに行ってきます、と挨拶をして、傘をさして出て行った。

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