第10話 魔力異常の洞窟・9 大穴


 見つけた横穴に少し心を惹かれながら、しばらく歩いて行くと、


「ん?」


 と先頭のカオルが小さく声を上げた。

 歩きながら、


「どうしました」


「穴が・・・あれは穴では?」


 と、カオルが前を指差す。

 薄暗くて良く分からない。


「穴? 良く見えませんが」


 後ろのラディとシズクが背を伸ばして前を見る。


「あ、ほんとだ。でかいな・・・」


 シズクには見えるようだ。

 少し歩いて進むと、マサヒデにもぼんやりと見えてきた。

 先の地面が暗い。


「あれですか」


「はい」


 進んで行くと、はっきりと見えてきた。

 広間の床がぽっかりと抜けている。

 穴の少し前でカオルが止まり、皆も足を止めた。


「あまり近付かないようにしましょう。

 これだけ大きな穴が開いたばかり、周りは崩れやすいはずです」


 穴の向こう側が見えない。これは大きい。

 マサヒデが「ふむ」と顎に手を当て、


「きっと、ここから噴出したんですね」


 と、後ろを振り返る。

 この穴から異常に溜まった魔力が噴出、この広間を作り、入り口が開いた訳だ。

 先頭に立ったカオルが振り返って、


「皆様はここでお待ち下さい。

 私は、反対側のハワード様の方まで行って見てみます。

 崩れるかもしれませんから、くれぐれもここから先は近付かないように」


 と言い残し、さささーと薄暗い中を行ってしまった。

 シズクとラディがマサヒデの横に立って、穴を見る。


「でかいねえ・・・向こう側が見えないね」


「シズクさんの目でも見えませんか」


「うん。ちょっと、どのくらい深いか見てみようか」


「近付いちゃいけませんよ」


「怖いから、そんな事しないよ」


 と、足元の石を拾って、ひょいと穴に投げ入れた。

 マサヒデ達が耳を澄ます。


「・・・」「・・・」「・・・」


 しばらく経ったが、音がしない。


「あれ?」


「音がしませんね?」


 シズクが首を傾げて、もう一度、石を放り投げる。

 余程深いのか。小さな音も聞き逃すまいと、静かに耳を澄ませる。


「・・・」「・・・」「・・・」


 深い所まで来たし、風や水の音などが一切ない静寂。

 小さな音でも、簡単に聞こえるはずだが・・・


「ううむ、やはり音がしませんね」


「こりゃあ深いね。とんでもなく。底はどこなんだろ?」


 マサヒデ達は首を傾げた。


「地底には溶岩流があると聞きますが、そこまで繋がっているんですかね?

 それで音がしないとか?」


「溶岩流って、熱くて光ってるんでしょ。明るくないし、熱くもないけど」


「水脈でしょうか?」


「あ、そうかも。もっと大きい石、投げてみようか。

 どぼん! て音がしそうなやつ」


「そうですね。お願いします」


 シズクは周りを見渡して、少し歩いて「がつん!」と鉄棒を地面に突き刺した。

 ぐ、と鉄棒を傾け、自分の肩幅程もある、石というより岩を持ち上げる。


「わ、わ」


 と小さく声を上げ、ラディが驚いて目を見張った。


「これなら分るでしょ!」


 と、にこにこしながら戻って来て「ほいっ」と軽く投げ入れる。

 マサヒデやラディでは、重さで簡単に潰れてしまう大きさだ。


「わ・・・」


 ラディが驚いて腰を抜かしてしまいそうだ。


「し」


 と、マサヒデが口に指を当てる。


「・・・」


 しばらく待ったが、何の音もしない。

 マサヒデ達は顔を見合わせて、


「うん? おかしいですね?」


「変だね? あんなに大きい石投げたのに」


「何でしょう?」


 と、3人は首を傾げた。

 そこにカオルが戻って来て、


「ご主人様、この穴、ハワード様の方までずっと続いております」


 マサヒデは顔を上げ、


「む、そうですか。大きいですね」


「ハワード様達も、すぐこちらへ参りますが・・・どうなされました」


「先程、この穴がどのくらい深いかと、石を投げ込んでみたんですよ」


「はい」


「音がしないんです。これだけ静かなのに」


「これだけ穴が広いのです。音が散ってしまったのでは?」


「かも、しれませんが・・・

 シズクさんが、一抱えもある岩を投げ込んでも、音が聞こえないんですよ」


「そんなに大きな物を投げ込んでもですか?

 しかし、先程の大きな音は?」


「あれは、シズクさんが岩を地面から掘り起こすのに、鉄棒を突き刺した音です」


「ああ、なるほど」


「下が水脈で、小さな石では音がしなかったのかも、と、大きなのを投げてみたのですがね。どう思います?」


「ううん・・・」


 カオルも腕を組んで、首を傾げる。

 下を向いてしばらく考え込んで、険しい顔を上げた。


「あまり考えたくはありませんが・・・」


「何か思い当たりますか」


「下にスライムの溜まりが出来てしまったとか。

 これだけ大きな穴に、スライムの溜まりが出来てしまったとなると・・・」


「む・・・それは大事ですね」


「急いで掻き出して処理しませんと、将来、この地方が丸ごと」


「ううむ」


「私が近付いて覗いてみましょう。

 もしかしたら、溶岩流の層まで届いているのかも。

 覗けば、光で分かりますから」


「熱も凄いと聞きますが」


「溶岩流は、普通は3里以上は下に溜まっているものです。

 さすがに熱はここまで届きはしないでしょう」


「ほう、3里以上も下なんですか。

 それでは熱も届かないでしょうね。

 周りは薄明るいから、光が届いていても分かりませんね」


 カオルが頷いて、


「ご主人様、縄をお貸し下さいますか。

 ここからでは、私のだけでは届きませんので」


「どうぞ」


 カオルは自分の縄とマサヒデの縄の先をきゅっと結んで、


「シズクさん。その棒を突き立ててもらえますか」


「はいよっ!」


 ずどん、と地面に突き立てられた鉄棒に、縄を回して縛り付け、


「では」


 と、さーっとカオルが穴まで行って、顔を覗かせる。


「何か見えますか!」


「いえ! 何も!」


 と振り向いて答えた後、少ししてカオルが穴に飛び降りた。


「ちょっと!」「おい!?」「あっ!」


 マサヒデ達3人が驚いて声を上げた後、びん! と縄が張る。


「・・・」


 皆の目が、ぴんと張った縄に釘付けになった。


「大丈夫かよ・・・」


 マサヒデ達が縄を見ていると、きし、と小さく縄が動いた。

 ん? と思った瞬間、びびび! と縄が震え、カオルが穴から飛び出る。


「ふう」


 と、小さく息をついて、すたすたとカオルが戻って来た。


「カオルさん、いきなり飛び降りるなんて、驚かせないで下さいよ」


「そうだよ! びっくりしたじゃないか!」


「・・・」


 マサヒデ達がカオルを責めるような目で見ると、


「あ、これは・・・申し訳ありません」


 と、カオルは小さく頭を下げた。


「ふう。で、どうでした」


 カオルは穴の方を一度振り向いた後、


「何も・・・良く分かりませんでした。

 溶岩流は見えませんし、下に石を落として見ましたが、水の音もしません」


「まさか、本当にスライムの溜まりでも出来てしまったのでしょうか」


「・・・」


 カオルが少し不安げな顔だ。


「そうだ。カオルさん、松明を落としてみましょうか」


 は、とカオルも気付いて、


「む、そうでした。騎士様から頂きましたね」


「歩くには十分明るいせいで、すっかり忘れていましたが」


 と、腰の後ろに差しておいた松明を出す。

 しゃがみこんで、かち、かち、と火打石で火を着ける。


「どうぞ」


 カオルが受け取って、


「では、もう一度見て参ります」


 軽く頭を下げて、駆け出して穴へ跳び込んだ。

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