第8話 魔力異常の洞窟・7 水晶


 マサヒデとクレールを見ながら皆がにやにやしていると、奥からカオルが笑顔で戻って来た。


 マサヒデが顔を上げ、


「おや。早かったじゃないですか。もう見つかったんですか?」


「ふふふ。鉱脈ではありませんが、意外な物が」


 カオルが尖った石を差し出した。


「これは?」


「鍾乳石です」


 アルマダが立ち上がってマサヒデの前に座り、石に顔を近付け、


「おや。鍾乳石があった、という事は」


 カオルが真面目な顔で頷いた。


「元々、奥の方は鍾乳洞であった、と言う事です。

 魔力の噴出で、どこまでが鍾乳洞だか、さっぱり分からなくなっておりますが」

 そしてこちらも」


 にやりと笑って、小さな白く濁った透明の石を、懐から取り出した。

 アルマダが一瞬目を開いて、小さく笑った。


「おっと、これは・・・カオルさん、やりましたね」


「水晶の欠片がありました」


「やった! 凄いですよ、カオルさん!」


 クレールが飛び上がって、カオルに飛び付いて喜ぶ。

 シズクもはしゃぐクレールの声に近寄ってきて、


「何々!? 鉱脈があったの!?」


「ふふふ。こちらを御覧下さい」


 カオルが水晶を差し出した。


「なにこれ。白い? 白い・・・え!? もしかしてダイヤ!? 嘘だろ!?」


 カオルは仰天するシズクを「はん!」と笑い、


「まさか! シズクさん、これは水晶ですよ。やりました」


「お、おお! 水晶か! ふうん、意外と透明じゃないんだね?」


「ええ。しかし、少し磨けば綺麗になりますよ。

 地表に出ておりますから、目で見ればすぐ分かります!」


「んん?」


 シズクが眉を寄せた。

 水晶は地表に出ている?

 マサヒデも、あっと気付いて、はしゃぐカオルから目を逸した。


「何か?」


 胡乱な顔をするカオルに、マサヒデが顔を逸したまま、


「カオルさん、水晶って、地表に出てるんですよね」


 あっ、とクレールもアルマダも目を逸した。


「はい。そうですが」


「じゃあ、魔力が吹き出した時、全部バラバラになってませんか。

 その、そんな風に」


「うっ!?」


 はっ! とカオルが目を見開き、ぴたりと身体が止まった。


「何と言いましょうか・・・大きな欠片があると良いですね」


 クレールがそっとカオルから離れて、憐れむような顔でカオルを見上げ、


「きっと、ひとつくらいは大きな欠片がありますよ。

 それに、そんな小さな欠片でも、良い値になりますし。

 もし紫や黄色のがあれば、大金になりますから。ね、カオルさん」


 マサヒデがおずおずと手を挙げて、


「あの、クレールさん」


「あ、はい? 何でしょう?」


 くるりと肩を落としたカオルから、クレールがマサヒデに振り返った。


「あの、すごく聞きづらい質問なんですが」


「そんな、ご遠慮なく! 何でも聞いて下さい!

 私に答えられる事でしたら、お答えしますよ」


「地表に出てる水晶って、魔力がこもるんですか?

 地下にある鉱脈には、魔力がこもるって話でしたが」


 はて? とクレールは首を傾げた。


「え? それは勿論、こもるんじゃないでしょうか?」


「じゃあ、地表に出てる物に魔力がこもるなら」


 と、マサヒデは転がっている石を拾い、


「この石や、その鍾乳石にも、魔力はこもってるんですか?」


 あ、とクレールが目を逸した。


「ええと、それはですね・・・こもってないんじゃ・・・ないかな、と・・・」


 クレールの声が小さくなる。


「では、その水晶には、魔力はこもっていないのでは?」


 アルマダが、カオルの肩にそっと手を置いた。

 マサヒデはがっくりと項垂れたカオルを見て、


「すみません。止めを刺すような事を聞いてしまって」


「いえ・・・ご主人様、構いません」


 ぷっ、とシズクが吹き出し、


「あははは! 残念だったな、カオル!」


 と、大声で笑ってから、また小瓶を出して中に光る砂を詰めだした。

 くすくす笑いながら、砂のような魔力の結晶を詰めていくシズクを見て、


「さあ、カオルさんも座って、少し休みましょう。

 今は景色を楽しみましょう」


「はい」


 とすん、とカオルがその場に腰を下ろし、クレールも隣に座った。

 シズクは小瓶の蓋を閉めて、うっとりと眺めている。


「んん・・・綺麗だなあ・・・」



----------



 ぼけっと座って、皆、光る洞窟を眺める。

 シズクも持ってきた全部の小瓶に魔力の結晶を詰め込み、満足気だ。


「クレールさん、あのシズクさんが瓶に詰めた砂、消えないんですか?

 この砂、すぐ消えちゃうって話でしたが」


「しっかり蓋を閉じていれば、大丈夫だと思いますよ。

 触らなければ、平気ではないでしょうか」


「ふうむ・・・」


 これがカオルの救いになるだろうか。

 マサヒデは腕を組んで考え込んだ。


「どうしました?」


「沢山持って帰ったら、行灯の代わりになりますかね?

 火よりは少し暗いですけど、油も使いませんし」


「なると思いますよ。暗いなら、いくつか瓶を並べれば良いだけですし」


「では、この砂を集めて売ったら、そこそこの値で売れるのでは?

 ずっと光るんですから、小瓶ひとつでも儲かると思うのですが」


「私は、ずっと光ってるというのは、ちょっとうるさいですねえ。

 上に何か被せないと、夜、眠れないかも。

 でも、売れると思いますよ」


 呆けた顔で上の方を見上げるカオルに、


「カオルさん。今度は小瓶を沢山持ってきましょう」


「はい」


「しゃきっとして下さいよ。

 その水晶だって、まだ魔力がこもってないかは、はっきりしてないでしょう。

 外に出たら、クレールさんが見てくれますよ」


「はい」


 ふう、とマサヒデはため息をついて、


「ところで、カオルさんは奥まで見てきたんですか?」


「いえ、ここから・・・おそらく、50間程しか進んでいないと思います。

 その先が、鍾乳洞であったであろう場所かと。

 そこで先程の鍾乳石と水晶を見つけ、拾ってきました」


「ほう。50間程で、鍾乳洞ですか」


 アルマダがマサヒデに寄って来て、カオルに顔を向け、


「カオルさん、地図は?」


「ここに」


 懐からカオルが地図を出して置いた。


「こちらが入り口。今いるのがここで、このまま進んで・・・」


 と、指を滑らせていき、先の図が無い所で止めて、


「ここが私が水晶を拾った所です。

 先はまだあって、穴は広間のように、かなり広く、大きくなっております。

 噴出で綺麗に崩れたのと、この明かりのお陰で、少しは見通しは良く」


「なるほど」


 アルマダが腕を組み、じっと地図を見つめる。


「何々?」「どうしたんですか?」


 と、皆が集まって来て、車座になって地図を囲む。

 書きかけの所を指差し、


「先がまだあって、穴が大きくなっていた。

 で、この辺りで、鍾乳石と水晶を拾ったのですね」


「はい」


「アルマダさん。何か気になる事があるんですか」


「あります」


 マサヒデも、呆けていたカオルも顔が引き締まった。


「聞かせて下さい」


「まずひとつ。この先、鍾乳洞という事は、入り組んでいる可能性があります。

 鍾乳石なんかが吹き飛んで転がっているなら、足元はかなり危険そうだ。

 転んだら大怪我でしょうね」


「ふたつ目は」


「鍾乳洞は、いや、正確に言うと、鍾乳洞であった場所ですか。

 そこは、この広間のもっと先ではないかと思います」


「なぜ?」


「これだけ大きな穴を作る魔力が噴出したのです。

 その鍾乳石と水晶の欠片は、もっと奥から吹き飛んで来たはずです。

 鍾乳洞が深い物であれば、ずっと足元が危険な場所が広がっているでしょう」


「なるほど」


「最後に、カオルさん。先程の鍾乳石を見せて頂けますか」


「は」


 差し出された鍾乳石を取って、じっとアルマダが見つめる。

 すー、とゆっくりと手を滑らせ、


「ううむ・・・マサヒデさん、カオルさん。この鍾乳石、苔が生えていますね」


 は、とマサヒデとカオルが顔を上げた。


「苔、という事は」


「何か植物が生えていた場所だった、ということですね?」


「そうです。植物が生えていた。という事は、ここに何かいるかも。

 魔力異常の洞窟の中にずっと居た、何かが。

 まあ、これだけの爆発で生きていれば、の話ですが」


 ちら、とマサヒデがクレールを見た。

 クレールも、ちら、とマサヒデを見る。


「では、クレールさんとラディさんはここまでで。

 此処から先は、我々で参りましょうか」


「マサヒデさん」


 ラディが顔を上げた。


「なにか」


「治療器具は持って来ました。私も行きます」


「ラディさんは待ってて下さい。別に何かいるからって訳ではありません。

 足元が悪すぎるから、我々に付いてこられないでしょう。

 モトカネが待っていますよ」


「・・・」


「あなたの足で無理に私達に付いて来て、転んで怪我でもされては大変です。

 ラディさんは、何かあった時の為に、絶対に安全な場所に居て欲しい」


「は・・・」


 ラディの目が下を向いた。

 シズクが頬杖をつきながら、


「マサちゃん、別に良いんじゃないの?

 どうせ、地図書きながら、周り調べながらで、ゆっくり行くんでしょ?」


「それは、そうですが」


「心配しすぎだって!」


「それは、心配もしますよ。当たり前じゃないですか」


 シズクはにやにやと笑い、


「ふふん、私は分かってるぞ。心配だけじゃないだろ」


「何だと言うんです」


「どうせ『クレール様が1人になっちゃう! 寂しい!』なんて考えてるだろ?

 どうだ! 図星だろ!?」


 びし! とシズクがマサヒデを指差した。

 皆の顔がマサヒデの方を向く。

 堪らず、マサヒデは視線を逸してしまった。


「む・・・」


「あっははは! マサちゃんは愛妻家だよね!

 クレール様だって、子供じゃないんだぞ。

 良いよね、クレール様?」


「うふふ。マサヒデ様、お気遣い、ありがとうございます」


「な、ラディ。こういう訳だから、マサちゃん許してやってよ」


「ふふ」


 小さく笑って、ラディは頷いた。

 それを見てクレールは笑顔で立ち上がり、


「ではマサヒデ様、私は外で待っておりますので。

 すぐに私の配下も追いついて来ますから、ご心配なく」


「分かりました」


「では、出口までは私がお送り致しましょう」


 ちら、とカオルがマサヒデを見る。

 この先ほど酷くはないが、入り口からここまでも、石がごろごろしている。


「お願いします」


 と、マサヒデが小さく頭を下げると、


「では、クレール様、参りましょう」


 カオルも立ち上がり、2人は出口へ引き返して行った。

 しばらくして、くす、とアルマダが黙ったままのマサヒデを見て小さく笑った。

 皆からもくすくすと笑いが漏れた。

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