第7話 魔力異常の洞窟・6 美しい洞窟


 皆が洞窟の入り口の前に立った。

 前に立てば、ここからでも中が薄くぼんやり明るいのが分かる。


「おお。綺麗ですね。じゃ、入りましょうか」


「わ」


 と、クレールが小さく声を上げた。

 マサヒデが振り向いてクレールを見ると、瞳を輝かせ、口に手を当てている。


「ふふ。行きましょう」


 すたすたとマサヒデが歩き出すと、皆が付いて来た。

 足元は小さな石がごろごろしていて、結構危ない。


「むう」


 と小さく声を上げて、アルマダが下を向いた。


「マサヒデさん。これは人を雇って、掃除しないといけませんね。

 とても観光地に出来る状態ではありません」


「ええ。このままでは、歩きづらくて仕方ありません。

 地図を作るのも、大変そうですよ」


 足元の石を蹴り飛ばす。

 からん、と音が小さく響いて、石がどこかに転がっていった。

 ゆっくり歩いて入って行くと、段々と暗くなってきて、おお、と声が上がった。


「お・・・」


 マサヒデが足を止め、皆も足を止めた。

 陽の光が弱くなると、周りの光りが良く見える。


「綺麗ですよ、マサヒデ様!」「あ・・・」


 クレールが声を上げ、隣でラディがぽかん、と口を開けて周りを見渡している。


「うむ、素晴らしいですね。これなら、客も集まるでしょう」


 と、カオルがうんうんと頷く。

 はあ、とシズクが溜め息をついて、


「カオル・・・もうちょっと景色を楽しもうって気にはなれないの?」


「楽しんでおりますとも。この景色で、一体いくら稼げるかと思うと」


 シズクが呆れた顔で肩を落とし、


「あのさ、あんたの懐には入らないでしょ」


「は? ・・・ああっ!」


 カオルがはっとして、シズクの方を向いた。

 洞窟の中で声が響き、皆が驚いた顔でカオルの方を向く。

 シズクがカオルを指差して、げらげら笑い出した。


「あははは! 自分の懐に入らないのに、金に夢中になってやがったのか!」


「し、しまった! 何故!」


「マサちゃん、聞いた!? 『しまった!』だって!」


「ははははは!」


 マサヒデも堪らず笑い出してしまった。

 自分の懐には銅貨1枚も入らないというのに、今まで夢中になっていたのか。


「いや、いや! 奥方様が儲かれば、きっと、きっと私にも心付けが!」


「ははは! 帰ったらマツさんにおねだりしてみることですね!」


「お、おねだりだなんて! ご主人様!」


 がば、とマサヒデの袖を掴み、


「ご主人様! 奥方様へお願いの議を! 私にも、ほんの少し権利を・・・

 こうして、調査に出向いているのですから!」


 マサヒデはげらげら笑いながら、袖を掴んだカオルを指差して、


「ははは! アルマダさん、これが金に目が眩んだ者というものです」


「一体どうしたんです?」


「カオルさん、この洞窟の事を知ってから、マツさんとクレールさんと、どう儲けるか夢中で話してたんですよ! 自分にはお金は入らないのにですよ! 今、それに気付いたんですよ!」


「ふっ・・・ふふふ! ははは!」


 げらげらとアルマダも騎士達も笑い出した。

 薄く光が舞う洞窟の中で、皆の笑い声が響く。

 カオルだけが必死な顔で、マサヒデに飛び付き、クレールに飛び付き。

 それを見て、また皆がさらに笑う。


「カオルさん、何か鉱脈でもあったら、くずを分けて貰えば良いじゃないですか。

 金や宝石なんか、霞むくらいの価値があるんでしょう?

 それなら、普通は使えないようなくず鉱石でも、えらい金になるでしょう」


「くっ・・・」


「ははは! これは鉱脈探しが大変ですね!」


 アルマダも腹を抱えて笑っている。


「必ず! 必ず見つけます!」


 きり! と顔を引き締め、カオルがすたすたと歩き出した。


「地図はお任せ下さい! 奥まで行って見つけて参ります!

 この手柄で、必ず奥方様に・・・!」


「ぎゃははは!」


 石だらけの洞窟をすいすい奥へ入って行くカオルを見て、シズクがべたん、と尻もちをついて、涙を流しながら大声で笑った。


「ははははは! さあ、私達はもう少しこの景色を楽しみながら進みましょう」


「ぷっ・・・ぷふふ、そうですね!」


 目の端に涙を浮かべなから、くすくす笑うクレールに、


「あ、そうだ。クレールさんは良いんですか?」


「マサヒデ様、いくらカオルさんでも、1人では無理ですよ!

 うちの忍が追いついて来たら入って来ますから、皆で鉱脈探しと地図作りです」


「なるほど。クレールさんは、それで権利を分けて頂くと」


 クレールはにこにこと笑顔で頷いて、


「そういう事です。カオルさんが1人で簡単に地図が作れてしまう程度の浅い洞窟でしたら、そもそも鉱脈なんて期待出来ませんし」


「ふふ。確かにそうですね。じゃあ、行きましょうか」


「はい!」



----------



 足元に気を付けながら、マサヒデ達はゆっくりと進んでいく。

 外から見れば小さく見えたが、入ってみれば広く天井も高い。

 噴出の時に、大きくなったのだろう。

 ここまで一本道。光っているので、分かれ道などがあっても分かり易いはずだ。


「この辺りで良いでしょう。一度、休憩しましょうか」


 と、マサヒデが足を止めた。

 足を止め、改めて周りを見ると、この洞窟の美しさが良く分かる。

 皆が無言で、高い天井を見上げ、壁を見渡す。


「うむ・・・マサヒデさん。これは素晴らしいですね。

 実に美しい。他に言葉が見つかりませんよ・・・」


 クレールが近付いて、マサヒデにそっとくっついた。

 おや、とマサヒデがクレールを見ると、クレールも顔を上げた。


「ふふ」


 小さく笑って手を垂らすと、クレールがそっと手を握った。

 皆が景観の美しさに目が行って、こちらを見ていない。

 そのまま、少しづつ皆の後ろに下がる。


「ね? マサヒデ様、魔力異常の洞窟は、美しいでしょう」


「ええ。とても美しいですね」


 ふわふわと、小さな砂のような魔力の結晶が飛んでいる。


「そう言えば、この光る砂のような物、今まで吸いながら歩いてたはずなのに、咳もくしゃみも出ませんね?」


「少しくらいなら、身体に着いても吸収されちゃうんですよ。

 すぐ消えちゃうから、くしゃみなんか出ないんです」


「え? 吸収されちゃうんですか?

 どんどん魔力が溜まってしまいそうですね」


「普通の洞窟の結晶なら、樽一杯に入れて、小さな水球ひとつ分くらいです。

 ここまで歩いて来ても平気でしたから、異常が強い洞窟ではないですね」


「そんな物なんですね」


「そんな物なんです」


 そう言って、2人はゆっくりと座った。

 しばらくして、皆も周りに座って景色を楽しむ。


「よーし!」


 と、シズクが懐から小瓶を出して、中にさらさらと積もった結晶を入れていく。

 きゅっと蓋を閉めて、満足気に頷き、次の小瓶を出してまた詰めていく。


「あ」


 と、ラディが小さな声を出し、マサヒデが顔を向けると、くる、と首を回した。

 手を繋いで、ぺったりくっついている2人に気付いたのだろう。

 クレールは気付かずに、マサヒデの腕に頭をもたれかかせた。

 と、くるっとアルマダがこちらを向いて、


「おやおや。クレール様、見せつけてくれますね」


 にやにやしながら声を掛けると、


「あっ」


 と小さく声を上げて、クレールがぱっと顔を上げ、すぐ俯いた。


「ふふふ。クレール様、バレてないと思ったんですか?」


 アルマダの後ろの騎士達も、にやにやと笑いながらマサヒデとクレールを見る。

 シズクもくすくす笑いながら、瓶に光る砂を入れながら、こちらを見る。

 ラディも顔を逸したまま、ちらりちらりと目を向けている。


「う、う」


 薄明りで良く見えないが、俯いた顔はきっと真っ赤になっているだろう。

 マサヒデは小さく笑って、クレールの肩を抱き寄せる。


「別に変じゃないでしょう。私達は夫婦なんですから」


「はっ、うっ、はっ」


 クレールが変な声を出して、アルマダが笑い出した。


「ははは! マサヒデさん、やりますね!」


 騎士達もシズクも、げらげらと笑い出した。


「クレール様のそんな顔を見られただけでも、来て良かったですよ! ははは!」


「ねー! あははは!」


 ラディが何か恥ずかしそうに、


「マサヒデさん、本当だったんですね」


「本当って、何がです」


「聞きました。クレール様に、あなたが欲しいって」


 ぶ! とアルマダが吹き出した。

 アルマダは、あれは只の言葉の綾だったと知っている。


「あはははは!」


 堪らず、アルマダは腹を抱えてごろごろと地面を転がった。


「ひゅーひゅー!」


 シズクも笑いながら声を上げる。


「ははは! 本当ですよ! ははは!」


 マサヒデも笑って、ぎゅっとクレールの肩を寄せた。


「ああ、ああ、ああー」


 皆が笑う中、クレールが目を回しそうになりながら、変な声を上げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る