第17話 金の字


 夕餉が済んで、さあ膳を片付けようか、という所で、マツが帰ってきた。


 ふわりと庭に下り立ち、


「只今戻りましたよ!」


 と、満面の笑みを向ける。


「お、その顔は上手く行ったみたいですね?」


「ええ。放ってある山でしたから、とても安く。金貨10枚です」


 マサヒデもシズクも驚いて、


「ええ!? 山って、そんなに安いんですか!?」


 マツが縁側から上がってくる。


「山は管理がとても大変ですので・・・

 採石場や鉱山なども無い所であれば、こんなものです」


「そうなんですか?」


「ご主人様、山はちゃんと手を入れませんと、鹿や猪などがどんどん沸きます。

 近場の畑などが被害を受けてしまいますから、人里近くの山は管理も大変なのです。適切に伐採、草刈、害獣・害鳥駆除も行います。とても面倒なのですよ」


「ううむ・・・確かにそれは大変そうですね・・・」


「しかし、放ってある山であれば、木材は大量に採れます。

 これも金になりましょう。それだけでも、簡単に元が取れそうです」


「マツ様、道はあるんですか?」


「ありませんけど、そのうち作ってしまいましょう」


 道が無ければ作ってしまえ、とは。

 マツなら簡単に出来そうだが・・・


「マツさん、道路って勝手に作ってはいけないのでは?」


「それはそうですとも。なにせ、地図が変わってしまうのですから」


「じゃあ、どうするんです?」


「山はこの町の管轄内ですので、まずはここの役所へ届け出を出します。

 役員さん、町長さん達から承認が得られましたら、交通省へと申請です。

 その後、許可が下りれば、工事を行うという流れです」


「承認まで、時間が掛かるのですね?」


 うーん、とマツが唸る。


「そうなんです・・・場合によっては、補助金も出ますが・・・

 補助金は不要、私達だけでやる、と言っても、さっと通る物ではないのです」


「観光資源なんですから、補助金不要となれば、町からはすぐ承認されますよね。

 あとは、交通省の返事待ちになる、と」


「そう簡単ではありませんよ。

 山は私の物になりましたが、ここから山への間は、私のものではありません。

 ですので、勝手に工事は出来ません。そこも調べておきませんと・・・

 町の土地なら今回は簡単ですけど、間に個人所有の土地がありますと」


「ああ、持ち主が渋ると大変ですよね。

 勝手に人の土地をいじってはいけませんし」


「面倒だあー!」


 ごろん、とシズクが転がった。

 クレールが顎に手を当てて、


「マツ様、買い上げてしまいますか?」


「ううん・・・あまり広く買う事になりますと、税金が・・・

 洞窟の儲けも、税金を払うのでかなり飛んで行ってしまいますね」


「奥方様、まず、間に個人所有の土地がないか調べましょう。

 一直線は無理でも、多少曲がるくらいでしたら、問題ありますまい。

 それから、工事計画を立て、道筋を考えましょう」


「そうですね」


 と、マツが立ち上がって、地図を持ってくる。


「場所はここです」


 指が置かれた場所は、以前狩りに行った、あの森の奥。

 川を挟んだ向こうの、鬱蒼とした森を抜けていった先の山だ。


「ふむ・・・」


 と、カオルが森の辺りを指差し、


「この川の向こうは、人の手が入っておりませんでしたね。

 おそらく、所有者がおります。放って置かれているのですね。

 川のこちら側は綺麗でしたから、町かギルドかが管理しているのでしょう」


「ううん、そうでしょうね」


「この森を避けていくとなると、大きく回ることになります。

 かと言って買うとなると、これは面倒ですね。

 山だけでなく、森の管理までとなりますと・・・」


「道路に使う部分だけ買う、とかは出来ないんですか?」


「分筆(土地の一部売却)ですか。出来なくもありませんが、欲しい部分はここだと言えば、すぐに洞窟があるとバレますね。資源地への道路候補地、となれば一気に高額になり、吹っ掛けられましょう」


 マサヒデは首を傾げ、


「じゃあ、ギルドに買ってもらえばいいじゃないですか。

 提携すれば、どっちにも得になるんですから。

 それを条件に、提携先を決めては如何です。マツさんの税金も増えませんし」


 き、とクレールが顔を向け、


「む! マサヒデ様、やりますね・・・

 なるほど、そこを条件に出しますか」


 カオルも頷いて、


「どこが買うにしろ、管理はそこがする事になりますから、奥方様の手間はない。

 ふむ、流石はご主人様です」


「長期的に見れば、得は確実! 必ず、どこかは飲むはずです!」


 ぐ、とクレールが拳を握る。

 マサヒデは頷いて、


「ついでに、山の管理もしてもらえばどうです。

 道路を作るのに、森だけじゃなく、山の伐採もするんでしょう?

 放ったらかしにしてあった所なら、大量に木材が採れるって言ってましたよね。

 採れた木材は好きに売って良いよ、となれば、管理くらいしてくれるのでは?」


「むむむ・・・」


「洞窟の収入で、金貨10枚くらい、すぐ元は取れてしまうんでしょう?

 じゃあ、木材なんか、好きに持って行ってもらえば良いじゃないですか。

 それで管理してくれるなら、安いものです」


「マサヒデ様、商いの才もあるのですね・・・」


「ご主人様、流石です」


「流石はマサヒデ様ですね!」


 ふ、とマサヒデは笑い、


「皆、欲が先に走るから、見えなくなるんです。

 譲って構わないなら、譲ってしまえば。

 カオルさん、剣も同じですよ。勝ちに逸ると見えなくなります」


「は!」


 カオルが頭を下げた。


「ううん・・・良し! この案、早速明日にギルドに持って行きましょう!」


「でも、先に提携しちゃうと、鉱脈があった時に独占出来ませんよ?」


「迷いましたが、構いません。独占なんかしたら、やっぱり税金が面倒ですし」


 ぴ、とカオルが小さく手を挙げた。


「奥方様、此度は冒険者ギルドではなく、まず商人ギルドに話を持って行っては」


「商人ギルドですか? 何故です?」


「山林の管理をするとなれば、冒険者は必須。となれば、冒険者を雇います。

 冒険者を雇うとなれば、商人ギルドから冒険者ギルドへ金が流れます。

 ですので、冒険者ギルドも、悪い顔はしますまい」


 ふむ、とマツが腕を組み、


「む・・・カオルさん、中々良い考えです。金の流れを考えて、ですか」


「広告、宣伝は商人ギルドの得意分野。

 後々の売上も期待出来ます。この案、如何でしょう。

 断られたら、冒険者ギルド、魔術師協会、町なりに持って行けば良いかと」


「二の手、三の手、四の手と、保険がある訳ですか。

 カオルさん、素晴らしいですね」


「まず、我らのみで洞窟の探索を行いましょう。

 小さな鉱脈でも、あればどこであろうと必ず乗ってきます。

 万が一、大きな鉱脈があれば、国へも・・・」


 マサヒデとシズク以外の目に『金』の字が浮かんできた。


「何か、また話が大きくなってきましたね」


 ふう、とマサヒデが呆れ顔になっていると、


「マサちゃん、私達は綺麗な洞窟の観光だけにしようよ」


「そうですね」


 シズクはひらひらと手を振って、


「もう難しい話は任せておこうよー。

 今日は疲れたし、私らはギルドで湯、借りよう。

 お風呂でゆっくりして、さっさと寝ちゃお」


「そうしましょうか」


 マツ達3人が夢中で頭を突き合わせているのを無視して、マサヒデとシズクは桶に着替えと手拭いを入れて出て行った。

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