第16話 鬼は飛べない


 縁側に寝転んだマサヒデの背中から、まだ2人の会話が聞こえる。


「ふふふ。奥方様がお戻りなされたら、早速、ギルドに探索依頼を出しましょう。

 内部の地図が出来次第」


 待った! とクレールが手を出す。


「いや! カオルさん、それは早計ですよ!

 多少時間がかかっても、まずは我々の手で調べるべきです」


「む、クレール様、何故です?」


「もし鉱脈が見つかれば、きっと隠そうとする輩が出ます。

 金の鉱脈なんか、地を這う蟻に見えるほどの額ですよ?

 カオルさんが依頼を請けた冒険者で、鉱脈を見つけたら、どうします?

 隠しておいて、こっそり後で堀りに行きますよね」


「なるほど・・・確かに、誰でもそうしますね。

 バレて冒険者資格を剥奪されても、十分な見返りがあります。

 一度に大量に売りに出さねば、バレもしますまい」


「余程大きな洞窟でなければ、探索依頼は出さずにおきましょう。

 依頼を出したとしても、地図が出来たら入念に探索をし直しませんと」


 カオルが頷き、


「む、仰る通りで御座いますね。探索、調査は私にお任せ下さい」


「ふっふっふー。私も分前が欲しいですから、うちの忍も出しますよ!

 鉱石も売る時は気を付けませんと・・・

 相場が崩れないよう、出す数は調節しないといけませんね」


「ふむ・・・クレール様、商人ギルドと長期の提携を結んでは?」


 むむ、とクレールが腕を組む。


「鉱脈がそれに相当する程、大きければ・・・ですね。

 安定した値の分、どうしても低くなります。

 そんなのはまず無いでしょうから、損になってしまいます。

 手間は掛かりますが、相場を見て少しずつ売った方が得ですね・・・」


 ふ、とカオルが元の顔に戻って笑い、クレールも明るく笑った。


「ふふふ。まあ、そもそも鉱脈があるかも分かっておりませんが」


「えっへへへー。夢が広がりすぎちゃいましたね!」


 2人がにこにこと笑った。

 ちりん、ちりん、と風鈴が鳴る。

 いつの間にか、マサヒデはすやすやと肘枕で寝こけていた。



----------



 シズクは夕方になってから帰ってきた。

 がらっと玄関が開き、


「たっだいまあー!」


 と、大きな声が響いた。

 既に、カオルが台所で夕餉の支度に入っている。

 ぱたぱたとクレールが出て行き、


「おかえりなさい!」


 と、2人で居間に入って来た。

 マサヒデも身体を起こし、


「お帰りなさい。どうでしたか」


 シズクはどすん、と胡座をかいて、眉を寄せた。


「うーん、崩れた橋は大変。作り直し。

 取り敢えず、土台の柱は大丈夫だから、上に乗っけてくだけだけど。多分」


「他にも橋はあるから、そちらを使って、ですか」


「そうなっちゃうねー」


「こちらは、マツさんから良い報せがありましたよ。

 ね、クレールさん」


「はい! すごーい報せですよ!」


「え? 何々?」


 シズクが顔を寄せる。


「昨日の地震の原因なんですけど、魔力異常の洞窟が出来ちゃったんです!

 地下に溜まった魔力が、どかん! と吹き出したんですよ!」


「えー!」


「マツさんが、もう確かめてきました。

 洞窟の事を知られる前に、地主に話をつけて、土地を買ってしまうそうです」


「本当かよ! すっげえー! あの揺れだから、きっと近くだよね?」


「多分、そうでしょうね。

 今頃、地主と交渉の最中か、もう終わって飛んで来てるか・・・」


「見に行きたいねえ! すっごい綺麗なんだよ!

 お宝もあるかなあ・・・」


 ぷ! とクレールが吹き出し、


「お宝なんてありませんよ!」


「あははは! クレール様、鉱脈だよ、鉱脈!」


「あ、鉱脈の事でしたか! ぷふー! シズクさん、聞いて下さい!

 マサヒデ様ったら、ああいう所には財宝があるなんて思ってたんですよ!」


 ぶは! とシズクが吹き出し、マサヒデを指差して、


「あーははは! ある訳ないじゃん!

 マサちゃん、まだそんな事、信じてたの!?

 私でもそのくらい分るって! あははは!」


 げらげらとシズクとクレールが笑う。

 マサヒデは顔を赤くして、そっぽを向いて、


「今まで一度も行った事はないんですよ。

 知らなくたって、仕方ないじゃないですか」


「あはは! まだあるんですよ! 迷宮には財宝があるとか!

 奥で魔獣とか、悪い魔術師が財宝を守ってるとか!」


「げゃーはははは! まだまだ子供だったんだねえ!

 マサちゃん、純粋じゃん! あははは!」


 マサヒデはぷんぷんしながら、


「お二人共、そんなに笑う事はないじゃないですか!

 知らなかったんですから!」


「あははは! 分かった分かった! 土地の買い取り出来たら、すぐに行こうよ!

 地図作りながらさ、すごく下の方から吹き出たんなら、少しは鉱脈あるって!」


「うふふ。期待しちゃいますね!」


「ねえねえ、ちっちゃい瓶持ってってさ、砂、集めて来ようよ!

 すっごく綺麗だもん! ぽわーって光ってさ!」


「あ! シズクさん、それは良いですね!」


「ふん・・・」


 マサヒデは拗ねて、縁側に寝転がってしまった。


「あはは! そんなに拗ねてないで!

 ハワードさん達も誘ってさ、皆で行こうよ!」


「なんでアルマダさんまで誘ってくんです。

 ただ綺麗なだけでしょう?」


「洞窟の中、魔術が使えないからさ、ハワードさん達にも手伝ってもらおうよ。

 きっと、皆も見に行きたいって言うと思うよ」


「えっ?」


 マサヒデが起き上がって、


「魔術が使えないって、どういう事です」


「洞窟の中では、魔力がぱらぱら散って、魔術が全然使えないんですよ。

 異常な魔力がこもった砂や土が、一杯あるからでしょうね」


「そうなんですか?」


「そうなんですよー。魔術が使えたら良いんですけどね。

 鉱脈掘りなんて、私やマツ様なら、土の魔術であっと言う間に終わります」


「ああ、確かに・・・

 魔術でさっさと掘れるなら、冒険者を雇わなくても良いですもんね」


 シズクが力こぶを作って、


「ねえねえ、私が掘ろうか。がつん! で、どかん! 一発だよ!」


「いや、それはちょっと。

 ちゃんと、梁とか建ててからじゃないと・・・」


「シズクさん。折角の洞窟が、崩れちゃいますよ」


「ううん、そっか、崩れちゃうか。じゃあ、見つけても我慢しようか・・・」


「見つかるだけで十分ですよ!」


 マサヒデは腕を組んで、


「ふうん・・・じゃあ、アルマダさん達も誘って、行ってみますか?

 クレールさんなら、風の魔術でひとっ飛びですよね。

 あれ、他の人も運べますよね?」


「行けますよ!」


「シズクさんも運べますか?」


「むっ・・・むーん、どうでしょう・・・」


「飛べないと、歩きになりますよ。

 シズクさんが運べるなら、金属鎧のアルマダさん達も運べるでしょう。

 試しに、ここの庭から、シズクさんと町の外まで飛んでみて下さい」


「はい!」


 シズクとクレールが庭に下りる。

 クレールが杖を構え、


「じゃあ、シズクさん、行きますよ!」


「よおーし、いつでもこい!」


 ぶわ! と大きな風が巻き、慌ててマサヒデが縁側と居間の間の障子を閉める。

 マツやクレールが飛ぶ時とは、全然違う。

 まるで台風の風のようだ。

 ちりちりちり! と、風鈴が暴れる。


「うん! うーん!」


「んっ!? え!? うわっ!? うわあ!」


 シズクの身体が浮いて、ばたばたと手足を振り回す。


「む、むーん・・・!」


 少し浮いただけで、そのまま上に上がっていかない。

 そのまましばらくして、


「へああ・・・」


 ぱたん、とクレールが座り込み、どすん、とシズクが落ちた。


「ううむ、駄目ですか」


「うーわ、びっくりしたあ・・・風の魔術で飛ぶって、あんな感じなんだ」


「はあ・・・私ではここが限界です・・・」


 マサヒデは、ぱん、ぱん、と服についた砂埃を払って、


「魔剣を使っても無理ですか?」


「いえ、魔力の問題ではありません。私が上手く魔術を使えていないだけで・・・

 集中力の鍛錬が、まだ足りてないのですね」


「ふむ。シズクさんだけ置いてけぼりには出来ませんし・・・

 仕方ない、歩きで行くしかないですかね」


 さらりと障子が開いて、カオルが顔を出し、


「皆様、夕餉の支度が整いましたよ」


「む、そうですか」


 と、マサヒデが振り向くと、


「あ! ああっ! 何をなされているのです!? 縁側が!」


 周りを見れば、砂だらけ。

 マサヒデも髪が砂まみれだ。


「だ、誰が掃除をすると・・・」


「いや、申し訳ありません。私達でやりますから。

 クレールさんの風の魔術で、シズクさんを運べるかと、試してたんですよ」


「ふうん・・・そうでしたか。で?」


「無理でした。洞窟までは、歩いて行くしかないですね」


 カオルは呆れ顔で、


「ご主人様・・・奥方様の魔術で、運んで貰えば良いではありませんか」


「ああー! カオルさん、頭良いですね!」


「全く・・・次からは、雨戸を閉めてから行って下さい」


 ふん、とカオルは障子を閉めてしまった。

 ぱん! と閉められた障子から、ぱらぱらと砂が落ちる。

 障子の向こうから、


「皆様、ちゃんと服を払ってから、お入り下さいませ」


 マサヒデはつっかけを履いて庭に下り、


「ふう・・・クレールさん、軽く風で私の埃を払ってもらえますか」


 ぼふ、と一瞬だけ風が巻き、マサヒデの服から砂が飛んでいく。


「じゃあ、縁側も・・・」


「はい・・・」


 さー、と静かな風が吹いて、縁側から砂がさらさらと落ちた。

 魔術は掃除にも便利だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る