第15話 ダンジョンの現実


 皆が笑顔で拍手をあげる中、マサヒデは、


「ちょっと待って下さい。皆さん、何故そんなに喜ぶんです。

 魔力異常の洞窟って、迷宮ですよね? 危険な場所では?」


「迷宮ではありません。

 地図が出来上がってしまえば、特に危険な場所ではありませんよ」


「え? そうなんですか?」


「そうですよ。誰にも見つからず、長年放置されたような場所は危険ですが・・・

 そんなのは、普通の洞窟だって同じです。

 マサヒデ様、知らなかったのですか?」


「いや、魔獣とか、訳の分からない生き物がわんさか居て、罠が沢山あってとか」


「自然に出来た場所で、そんなのはありませんよ」


「ええ?」


「迷宮っていうのは、人が作る物じゃないですか。

 それなら罠があるのは分かります。

 ですが、自然に出来た魔力異常の洞窟に、何故罠があるのです?

 あ、地滑りなどは危険ですね。まだ出来たばかりですし」


「え? え?」


 クレールがにやにや笑いながら、


「ははーん。さてはマサヒデ様、おとぎ話でしか知らないのですね?

 英雄達が並み居る魔法生物をなぎ倒し、財宝に辿り着く! あはは!」


 くすくすとカオルも笑う。


「どういう事です?」


「んふふー。自然に出来た魔力異常の洞窟は、おとぎ話の物とは違いますよ!

 貴重な観光資源! 皆のエンターテイメントスポットなんです!」


「ええ!? 観光資源!?」


「そうですよ! 万が一、魔力の籠もった鉱脈があれば、さらに儲かるんです!」


「奥方様! すぐに役所に行き、地主を確認しましょう!

 地主に洞窟が出来たと知られる前に、土地を買い叩きましょう!」


「そうですね! すぐ役所へ行きましょう! 誰かに先を越されたら大変です!

 私が行きます! 確認が取れ次第、そのまま地主の元へ行って話をつけます。

 カオルさん、着付けを手伝って下さい!」


「は!」


 ぱたぱたとマツとカオルは奥に入り、すぐに着替えたマツが出て来て、


「今日は遅くなるかもしれませんので、皆様、夕餉は私を待たずに済ませて下さい。

 では、行って参ります!」


 と、走り出して行った。


「・・・」


 にこにこ笑いながら、カオルも戻ってきて座る。


「クレールさん、カオルさん」


「はい」「なんですか?」


「あの、魔力異常の洞窟って、どういう・・・

 私は、凄く危険な場所だと思っていましたが」


 クレールはにこにこ笑いながら、


「先程マツ様がおっしゃいました通りです!

 ずっと放置されているような場所でなければ、全然危険ではありません!

 むしろ、大儲け出来る場所です!」


「大儲け? やっぱり、奥に何か危険な魔獣とかがいて、財宝を守ってるとか?」


 ぷ! とカオルが吹き出し、


「ご主人様! 財宝なんてありませんよ!」


「ええ!? 無いんですか!?」


「ご主人様、普通に考えてみて下さい。自然に出来た物なのですよ?

 誰かが運び込まねば、宝などある訳がないでしょう?」


「それは・・・はい、そうですね・・・」


「うふふ。マサヒデ様ったら、子供みたいですね!」


「そうだ! よく古代の迷宮で、奥に魔獣がいて、宝を守っているとか!」


 ぶはっ! とクレールが茶を吹き出し、カオルもげらげら笑い出した。


「あははは! ご主人様、宝を隠すのに、わざわざ迷宮なぞ作りますか!?

 宝より、工事費用の方が高くついてしまいますよ!

 ちょっと凝った隠し部屋や隠し金庫を作るだけで、十分ではありませんか!」


「あははは! マサヒデ様、現実を知らないんですね!」


 カオルは笑いながら、


「宜しいですか、ご主人様。罠だらけ、魔獣だらけの迷宮があるとします。

 そんな所に宝を仕舞い込むなど、置きに行くのも、取りに行くのも大変です。

 魔獣がいたら、行ったら死んでしまいますよ。そう思いませんか?」


「・・・その通りです・・・」


「そんな魔獣だらけの場所があるとして、誰が倉庫に使おうと言うのです?

 魔獣を飼い慣らす魔獣使いという職業も、つい最近までなかったのですよ。

 たとえ魔獣を飼い慣らして中に放したとしても、中は迷宮、餌などありません。

 魔獣達の世話は、それはもう大変ですよね」


「あの、悪い魔術師とかが奥に住んでいて、死霊術とかで・・・」


「その方、食事などはどうなさるのです?

 いちいち、迷宮から出たり入ったり?」


「ええと・・・出入り口に隠し通路なんか作るとか?」


「それが見つかったらどうするのです。

 折角作った迷宮の意味がないではありませんか。

 こっそり隠し金庫や倉庫を作った方が、まだましと言う訳です」


「む・・・確かに・・・」


「それに、隠しておきたい宝ですよ?

 そんな大工事、目立って仕方がありません。

 逆効果ではありませんか。迷宮を作る得は、一切ありません」


「い、いや! 工事なんか、土の魔術で出来るじゃないですか!

 隠れて作ることは出来ますよ!」


 ぷ! とクレールが笑って、


「それじゃあ、折角作った迷宮も、土の魔術で簡単に掘られてしまいますね!

 あはは! 真っ直ぐ奥まで行けるなら、迷宮にする意味がありません!」


 くすくすとカオルも笑いながら、


「ということで、迷宮にはお宝なんてありません。

 例え奥方様でも、死霊術で迷宮を魔獣を一杯に、なんて無理でしょう。

 魔術師がいて、死霊術で魔獣が一杯なんて迷宮は、ありません。

 現実の迷宮というのは、我々忍や、盗賊職の冒険者の訓練場に作られる物です」


「訓練場ですか・・・夢が壊れますね・・・」


「迷宮という場所は、そういう物です。

 さて、では魔力異常の洞窟はどうでしょうか。

 数十年、時には数百年も放っておいて、やっと動物や魔獣が少し居着くかどうか。

 ふふふ。危険ですねえ、怖いですねえ。ね、クレール様?」


「あはは! 怖いですねえ!」


「え? そうなんですか?」


「そうですとも。どかん! と、あんな大きな音で穴が開いた所です。

 動物達は、そういう危険に敏感です。近くに住みたいと思わないでしょう。

 穴が開いたら、洞窟の周りに魔力の異常が溢れ出ます。動物達は近寄りません。

 さて。近くに獲物がいないなら、まず肉食の魔獣は住み着きませんね」


「む、そうですね。餌が居ないのなら、肉食はいませんね」


「出来たばかりの穴では、中には植物も生えておりません。

 では、草食の魔獣も入ったりはしませんよね」


「ううむ・・・しかし、何かこう、異常な魔力に引かれてみたいな?」


「例えそんなものがいたとしても、希少な資源が取れる場所かもしれないのです。

 となれば、魔獣を放っておくと思いますか?

 当然ですが、危険は即根絶やし、資源があるか確かめに行きますよね。

 見つからなくても、希少な鉱脈を探して、毎日穴を掘り広げるでしょう。

 ずっと人が居着く所ですし、危険は崩落や地滑りくらいですね」


「・・・」


「マサヒデ様も、現実が分かってきたみたいですね!」


「あ、いや! もし鉱脈などが掘り尽くされたとか・・・」


「そういう所は観光地になったり、実地の訓練場として使われたりします。

 魔力異常が強すぎて、そもそも入れないような場所は、国に管理されます。

 当然、国が買い上げる事になりますので・・・」


 にやにやとクレールとカオルが笑い、


「ふふーん。どう転んでも、大儲けですね!」


「む、ちょっと待って下さい。

 そういう洞窟が各地にあるなら、もっと魔力のこもった武器や鎧があっても」


「ご主人様、そうそう都合よく鉱脈のある洞窟は出来ません。

 魔力異常の洞窟は、地下に溜まってしまった魔力が、外に吹き出て出来ます。

 当然、力は硬い所を避けて進んで行きますよね。

 ですので、鉱脈のあるような硬い部分は避けて、穴が出来るのです。

 鉱脈があっても、大抵は小さな物が奥深い所にひっそりあるだけです」


「ううむ・・・」


「ということで、殆どは鉱脈もなく、観光地になるという訳です。

 そして、奥の方では、見えない鉱脈を探し、毎日穴が広げられています。

 洞窟の中は砂のような魔力の結晶が煌めいて、実に美しいのですよ」


「凄いんですよ。触ると、きらきらした砂のような物が舞って・・・

 洞窟なのに暗闇でなく、うっすらと、きらきら光って・・・

 歩くたびに、ふわふわと光が舞うんです」


 クレールがうっとりとして、目を輝かせる。


「ほう。そんなに綺麗なんですか?

 しかし、そんな魔力のついた砂なんて吸い込んだら、身体に悪そうですが」


「特に何ともないですよ。くしゃみも出ません。

 そもそも、吸い込んだら危険なような所は、立入禁止です。

 立入禁止区画となれば、国の管轄になります!

 国がお買い上げですよ! 大金が舞い込んできます!」


「ふふふ。観光地として名所となれば、それも大儲け。

 小さくても鉱脈があれば、さらに大儲け。

 クレール様、この魔術師協会も、大きくなりそうですね」


 クレールとカオルが、にやにやと黒い笑いを浮かべる。


「そうですね、この魔術師協会と、冒険者ギルドで共同経営という形にしましょう。

 洞窟管理を冒険者ギルドに任せ、売上は6:4くらいにすれば・・・」


「クレール様、ここは冒険者ギルドでなく、商人ギルドとの提携も宜しいかと。

 管理を商人ギルドに任せれば、冒険者を雇うことになります。

 となれば、商人ギルドから冒険者ギルドへ金が流れますね」


「なるほど! 金の流れを考えれば、それは良い案ですよ!

 冒険者ギルド、商人ギルド、どちらにも得があります」


「広告や宣伝こそ、商人ギルドの得意分野です。

 新たな魔力異常の洞窟となれば、きっと国中に話を広げてくれるでしょう。

 軌道に乗った際の売上高を考えれば、7:3で譲っても」


「ふむふむ・・・いや、カオルさん。まずは場所の確認です。

 もし! 万が一ですが、何かの鉱脈があれば!」


「この魔術師協会で独占ですね! 冒険者は向かいにいくらでもおります!

 鉱脈が枯れきってしまうまで、掘って掘って掘り尽くして頂きましょう!

 共同経営など、鉱脈が枯れて観光地になってからで十分で御座います!」


「うぇへへー。カオルさんも悪ですねえ」


「ふふふ。道などは、シズクさんに作って貰えば・・・

 これも只で作れてしまいますね」


「うわあ! カオルさん、それは素晴らしい案ですよ!

 シズクさんには悪いですねえ! へっへへへー」


「ふふふ・・・適材適所、と言う物で御座います。

 場所は、この町からそう離れてもいないのでしょう。

 奥方様、クレール様に少しお手伝い頂ければ、1週間も掛かりますまい?」


「夢が広がりますねえ! えゃーははは!

 私が手伝いますから、レイシクランにも当然入りますよねー!」


 クレールとカオルが、まるで絵に描いた悪徳商人と悪代官のようだ。

 2人の目には『金』の字が浮かんで見える。

 マサヒデは呆れてしまって、縁側に寝転んだ。

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