第四章 地震

第14話 地震


 夜半の事であった。


 どん! と大きな音がして、地が揺れ、マサヒデもマツも跳び起きた。


(地震!)


 マサヒデが部屋を跳び出そうと襖に手を掛けた時、揺れは止んだ。

 大きな揺れではあったが、一揺れで止んでしまった。


 そのまま「すぱん!」と襖を開けると、カオルが廊下を走って行った。

 居間からはシズクが顔を出している。

 横を見ると、クレールも部屋から顔を出している。


「大きかったですねえ・・・」


 ふわあ、とあくびをして、クレールが部屋に引っ込もうとしたが、マサヒデは止めて、


「クレールさん。次が来るかもしれないので、念の為、庭に出ていて下さい」


「はあい・・・」


 振り返ると、マツは寝間着の乱れを直し、上に着物を羽織っている。


「こっちは大丈夫だよー」


 シズクの声が聞こえた。

 ささーとカオルが廊下を走り、マサヒデの前に立ち、


「ご主人様、中は異常ありません。瓦を見てきます」


「お願いします」


 縁側から出るのだろう、さ、とカオルが居間に入っていった。

 マツが部屋から出て、クレールの部屋に入って行き、すぐに2人も出て来た。


「・・・」


 マサヒデ達は廊下を歩いて、居間に入った。


「外に出ましょう。瓦が落ちるかもしれませんから、気を付けて」


 マサヒデとシズクが庭に出た。

 すぐに、マツとクレールも庭に下りる。

 月明かりで、シズクの驚いた顔が見える。


「大きかったねえ」


「ええ。驚きましたよ」


「家が崩れちゃったら、私が皆を助けてあげるからね!」


「マツさんとクレールさんが、魔術でぽん! と助けてくれそうですけどね」


「かもね! あはは!」


 さ、とカオルが屋根から飛び降りてきて、


「少し瓦がずれてしまいました。

 明日、明るくなったらすぐに直します」


 シズクが笑いながら、


「あははは! カオルに任せる! 私が屋根に乗ったら、穴が開いちゃうもんね」


「ふふふ。地下は見ましたか?」


「大丈夫です。本棚も倒れておりませんし、本も落ちていません。

 一瞬だったので、被害は屋根瓦だけです」


「屋根瓦だけって、大変じゃないですか。

 直すのには、時間がかかりますよ」


 と、笑いながら喋っていると、すたすたとマツとクレールが近付いて来て、


「申し訳ありません、皆様。私とクレールさんは、少し出てきます」


「出てくる?」


「はい。クレールさんには、火事などないか、空から町の様子を見てもらいます。

 私は、地震の元を見てきます。あの揺れの大きさ、おそらく、近くですので」


「え? 近く? まさか、大きな魔獣とかですか?」


「いえ、違います。おそらく・・・」


 ふ、とマツは明るい笑顔を見せて、


「うふふ。きっと、町が潤いますよ!

 お三方は、朝を楽しみにしてて下さいね!」


 と言って「ぼん!」と風の魔術で飛んで行ってしまった。

 クレールもにやにやしながら、


「では、私も行って来ますね!

 ハワード様達も、ラディさんも、馬さん達も、ちゃんと見てきますから!」


 と言い置いて「ぼん!」と風の魔術で飛んで行った。


「町が潤うって・・・何でしょう? 地震なのに・・・」


「さあ・・・何だろうね?」


「お二方の様子では、悪い事ではなさそうですが」


 外から、ばたばたと走り回る音と、騒がしい声が聞こえる。

 冒険者ギルドから、冒険者達が飛び出て来たのだろう。


 「行け!」「俺はあっち、お前は向こう! お前は向こう! 走れ!」

 と、大声が聞こえる。

 松明を持った冒険者が庭に駆け込んできて、


「トミヤス先生!」


 と大声を上げた。


「ご心配をおかけしました。ここは皆、大丈夫です」


「皆様ご無事でしたか! 良かった!」


「今、クレールさんが空を飛んで、上から町を見回っています。

 もし火事などがあったら、大変ですからね。

 私達もすぐにギルドへ行きます」


「おお! 助かります!」


 すー、とマサヒデは息を吸い、ゆっくり吐いた。

 慌てている冒険者に乗せられてはいけない。落ち着かねば。


「後から火が出る事もありましょうし、大きな揺れでしたから、建物や橋、道路に被害があるかもしれません。真っ暗ですから、クレールさんも火が上がっていないか見回る程度しか出来ません。私達も歩いて回りませんと」


「はい! ではすぐに!」


「待って下さい。まずは落ち着いて、誰がどこを回るか、決めてから動いて下さい。

 走って行ってしまった方は仕方ないですが、受け持つ場所を決めてからです」


「はい!」


「奉行所も動いているでしょうから、決まったら、急いで奉行所へ使いを。

 回っている途中、また揺れが来て建物や道が崩れたりしたら大変です。

 絶対に1人で動かないよう、治癒魔術を使える方を1人は入れましょう。

 全員で出ず、すぐに使いに出られる人を、ギルドに何人か残しておきましょう」


「はい!」


 ばたばたと冒険者が走って行った。


「ふう・・・明日は忙しくなるかもしれませんね。

 もし、建物や道路、橋が崩れていたりしたら、シズクさんの出番ですよ。

 いつ呼ばれても良いように、ここで休んでいて下さい。

 カオルさん、私達も行きましょう」


「はーい」「は!」


 マサヒデとカオルも外に出た。

 ギルドの前では冒険者達とメイド達が並び、大騒ぎだ。

 マサヒデ達が門を出た時、また「どん!」と揺れが来た。


「うわ!」「きゃあっ!」


 と、冒険者達とメイド達から声が上がったが、また、1度の揺れだけで収まった。

 しばらくして、ざわざわと声が上がる。


「カオルさん、変ですね?」


「ええ。普通の地震ではないのでしょうか?

 たった1回の揺れで止まるのは、少々」


「やはり、何か大型の魔獣でも飛んで来たんでしょうか?」


「ううん・・・先程の奥方様のお言葉も、気になりますが」


「地震の元は近い、町が潤う、ですか・・・一体、何でしょうか」


 2人は顔を見合わせ、冒険者達の後ろに並んだ。



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 マサヒデ達は昼近くになってから戻った。


 幸い、マサヒデ達が見回った所には特に被害もなく、驚いた町人達が通りでざわざわと話しているだけであった。屋台も出ており、通りに出ていた町人が屋台を囲んでいたくらいだ。


 ギルドに報告をしに戻ると、弁当を配ってくれていて、マサヒデとカオルは弁当をもらって、向かいの魔術師協会へ戻った。


 からから、と玄関を開けると、クレールが出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ」


 夜中から回っていてくれたせいか、目の下にはっきりとくまが見える。


「只今戻りました。クレールさんも、夜中からお疲れ様でした。

 皆の分の弁当をもらってきましたから、食べましょう」


「はい!」


 居間に上がると、シズクがいない。


「む。シズクさんが出ましたか」


「はい。職人街の方で、橋が壊れてしまって、お手伝いに行きました。

 船宿の虎徹の所の橋は、大丈夫ですよ」


「私達は住宅街の方を見てきたんですが、特に怪我も、大きな被害もありませんでした。建物の倒壊とかが無くて良かったですよ」


「火事もなかったですし、幸いでした」


 カオルが弁当を並べ、茶を置いていく。


「さ、まずは食べましょう。何があっても良いように、食べたらすぐ寝ましょう。

 呼ばれたらすぐ動けるよう、少しでも体力を戻しておかねば」


「はい!」


 と、3人は弁当を開け、手を合せて、無言でがつがつとかきこむ。

 夜中から、何も食べていなかったのだ。


「ふう!」


 と、息をついて、ぐぐーっと茶を飲み、湯呑を置く。


「はあー・・・ごちそうさまでしたー!」


「ごちそうさまでした」


 と、カオルとクレールも箸を置いた。

 カオルが空になった弁当の箱をまとめ、立ち上がった所で、


「只今戻りました!」


 と、庭から声が聞こえ、ぶわっと風を巻き、着物の裾をばたばたとさせながら、マツが空から下りてきた。


「うふふ。マサヒデ様! 凄い所を見つけましたよ!」


 にこにこしながら、マツが庭から上がってきた。


「おかえりなさい。また、随分と機嫌が良いじゃないですか」


「それはもう! 凄いものが出来たんですよ!

 昨日の地震の原因が分かりました!」


「え! 地震の原因ですか!?」


 マサヒデとカオルが驚いてマツを見る。

 クレールはマサヒデ達を見て、にこっと笑い、


「うふふ、マツ様、予想通りだったんですね!」


「ええ! それは見事な物が!」


 うきうきしながら、マツが座る。

 カオルが弁当を茶を差し出すと、マツも弁当を開けて、


「頂きます!」


 と、がつがつと食べだした。

 いつも上品なマツからは想像もつかない食べっぷりだ。

 余程、腹が空いていたのだろう。

 あっという間に食べ終わり、ぐっと茶を飲んで、


「マサヒデ様。カオルさん。聞いて下さい。昨晩の地震の原因ですが」


「はい」


 マツはにこにこしながら、


「なんと! 魔力異常の洞窟が出来ましたよ!」


「やっぱりそうだったんですね! やりましたね!」


 マツとクレールがぱちぱちと拍手をする。


「おお! 魔力異常の洞窟が出来たのですか! 素晴らしい!」


 カオルも笑顔で拍手をあげた。


「え? え?」


 マサヒデは何故そんなに皆が喜ぶのか分からず、きょろきょろしている。

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