第23話 別れの稽古


 自慢気に杖を構えるクレールに、マサヒデはさらに突っ込んでみた。


「他の宝石だと、どんな効果があるんです?」


「大雑把に言いますと、色で変わります。

 今の魔術は、宝石に対応するように改良されたんですって」


「ほう。色で変わるように、改良されたんですか」


「そうなんですよ! 私もお父様から聞くまで、知らなかったんです。

 例えば、ルビーは赤いから、火がすごく強くなるんですよ。

 死霊術には、ブラックダイヤモンドとかもすごく良いそうです」


「なるほど。黒いからですか」


「はい。でも、ブラックダイヤモンドは数が少なくて、中々合う物がなくて・・・

 アメジストの方が、大きさもカットも揃えやすいんです」


「へえ・・・」


「普通の白いダイヤモンドだと、どんな魔術も強くなるんですよ!

 さすがは宝石の王様ですよね!

 でも、何倍にも強くなるような、特化した感じにはならないそうです」


「ううむ、そうだったんですか」


 と、感心したように頷いて、ラディに小声で囁く。


(ラディさん。改良って本当ですか?)


(聞いたこともありません)


(クレールさんのお父上、上手いですね)


(そう思います)


 クレールが積まれた杖のひとつを手に取り、


「この杖、ほら、先っぽがルビーですよね」


「ええ」


「よおし、皆様、見てて下さいね!

 まずは、私のこの杖で火球を出しますよ!」


 ぼん、と火球が出て、宙をゆっくりと回る。

 あまり速度は出ていないが、クレールは魔術をちゃんと飛ばせるようになった。

 ぽ、と火球が消えて、


「じゃあ、今度はこっち! ルビーが着いた杖ですよ!

 同じ魔力で出しますよー!」


 ぼん! と一回り大きなサイズの火球が出た。

 おお! と皆が声を上げる。


「すごい! こんなに変わるんだね!」


「なんと・・・!」


「ふふーん! どうですか! 宝石の力って凄いですよね!」


 得意気にくるくると火球を回すクレール。

 マサヒデもラディも驚いて、大きな火球を見つめる。


「ううむ、これほどとは・・・」


 これほどの思い込みとは。

 ただの思い込みでも、これほどの効果を及ぼすのだ。

 つん、とマサヒデの肘が、ラディをつつく。


(魔術って、思い込みが大事なんですね)


(ち、違います。イメージです。即ち精神力です)


(ふうん・・・物は言いようですか。真実は教えないでおきましょう)


(そうですね)


 クレールはにこにこしながら、


「よし、この杖、中々ですね! 火の魔術が大きく増しましたね!

 これは、石が私と相性が良さそうです。これは使える方・・・」


 ぼす、と土の魔術で箱を2個作り、1つの箱に杖を入れる。

 もうひとつ小さな杖を取って、


「よーし、この杖は・・・お! 持ちやすい!

 ふんふん、この重さのバランス、中々ですね・・・」


 ぽん、ぽん、ぽん、と水球が浮かぶ。


「ううん、石はそれほどですね・・・大して変わりませんね。

 でも、柄は中々です。石を付け替えれば使えそうですね」


「クレールさん、適当な所で、屋根とお風呂をお願いしますね」


「分かりました! よーし、次はこれを・・・」


 クレールは次々と杖を変えては魔術を出す。

 その度に、皆の声が上がった。



----------



 翌朝。


 マサヒデが起き上がって素振りをしていると、クロカワが起きてきた。


「マサヒデ君。真剣、持ってきて」


 ぴた、とマサヒデは素振りを止めた。

 クロカワの雰囲気が違う。


「はい」


 土の壁に立て掛けてあった真剣を取り、木刀を置く。

 腰に差して、クロカワの前に立つ。


「じゃあ、そこで抜いて、構えて」


「はい」


 マサヒデは言われるまま、刀を抜き、無形に構える。

 クロカワはマサヒデのぴったりの間合いに入って、


「どう振ってもいいから、最初の一振りで僕を仕留めてね。

 所謂、一つの太刀とか言う奴だっけ? 分かるよね」


「・・・」


 マサヒデが無言で頷いた。

 いつの間にか、カオルとシズクも起き上がり、正座して2人を見ている。

 そのまま、マサヒデもクロカワも動かない。


「もっと、力を抜いて」


「・・・」


「まだ抜ける。もっと、もっと力を抜く。脱力が大事。分かるね」


「・・・」


 踏み込みも要らず、ただ振るだけでクロカワを斬れる。

 完全にマサヒデの間合いの内。

 クロカワからは手が届かない、間合いの外。


「そこから更に抜くんだ。刀を落としてしまうくらいまで、全身の力を抜く」


「・・・」


 く、とマサヒデの腰が回った瞬間、クロカワの手がほんの少し動いた。

 斬り上げられてくるマサヒデの手首に、クロカワの手が当たり、剣が止まる。

 は! とした時、クロカワが剣の下をくぐり、ばたん、とマサヒデが転がった。

 マサヒデの背中を膝で抑え、片手でひょいと刀を取る。


 クロカワが立ち上がり、マサヒデも立ち上がった。

 取られた刀が差し出される。

 マサヒデは受け取って、鞘に納め、頭を下げた。


「ありがとうございました」


「ううん・・・驚いたよ。今まで見た事がない振りだった」


「無願想流を、練習中です」


「無願想流? ・・・今のが、無願想流か。

 たった3年で、よくここまで腕を上げたね」


「皆のお陰です」


 クロカワが頷いて、


「それが分かってれば良いんだ。

 じゃあ、技術面の注意だよ」


「はい」


「まだまだ、起こりがはっきり見える。見えすぎる。

 あ、来るって、はっきり分かる。目が良い人なら、簡単に止められる。

 今みたいに、振られる手の所に何か出されて止められたら、勝負にならない。

 この振り方なら、もっと小さくても、速くて骨ごと斬れる振りが出来る。

 身体を回す時は、腰全体で回すのではなく、仙骨を意識して回していきなさい」


「はい」


「それと、今、正中線じゃない所が軸になってたね」


「はい」


「軸になる骨に依存するんだ。もっと骨に依存するんだ。

 筋肉はいらない。全てを骨に任せて、もっと脱力するんだ。

 そうして、もっと小さく速く。そうすれば、相手からは起こりが見えない。

 それが出来れば、カゲミツ様くらいの人でなければ避けられないはずだ。

 起こりを見せるのは、囮に使うくらいにしなさい」


「はい」


 真剣な顔のクロカワが、にこっと笑った。

 空気が柔らかくなる。


「うん。良い勉強になったよ。僕もまだまだだね。

 骨格は、人によって違う。この振り方なら、人によって振り方が変わるはずだ。

 いやあ、恐ろしいね。また3年したら、どうなってることやら」


「3年したら、先生もまた磨かれているでしょう?

 いつまで経っても、追いつけませんよ」


「ふふふ。君は僕より早く磨かれる。

 ほら、君の周りには、良い研師さんが一杯いるじゃないか。

 それも、可愛い子ばっかり。羨ましいね」


 クロカワが、正座したシズクとカオルを見る。

 後ろから、クレールとラディがこわごわとこちらを見ている。

 ふ、と小さく笑って、クロカワはマサヒデに目を戻し、


「うん、素振りを邪魔して悪かったね」


「ありがとうございました」


 マサヒデはもう一度頭を下げ、クロカワの後に続き、真剣を置いて木刀を取った。

 クロカワは正座したカオルとシズクに、


「さあ、君たちも朝稽古しようか。今度は2人一緒に掛かってきてね。

 カオルさんも、今回は真剣を持ってきて」


「はい!」「はい!」


 2人の大きな返事が響く。



----------



 町の門の前で、馬車が止まった。


 クロカワと弟子が降り、マサヒデも御者台から降りた。

 マサヒデは深々と頭を下げた。

 シズクとカオルも横に並び、深く頭を下げた。


「ありがとう。世話になったね」


「こちらこそ、良い稽古をありがとうございました」


「いやあ、僕も勉強になったよ。色々、閃いた事もあるしね。

 じゃあ、このままトミヤス道場に行くよ」


「では、また」


「うん。またね」


 別れの挨拶はさっぱりとしたもので、クロカワは振り返りもせず去って行った。

 マサヒデ達は遠くなっていくクロカワの背を見ながら、


「いーやあ・・・マサちゃん、クロカワ先生、すごいね・・・」


「本当に・・・」


 カオルも頷く。


「良い稽古になったでしょう?」


「すごかったよ!」


「はい」


「じゃ、得物を運び込んでしまいましょうか。

 ラディさんにどんどん鑑定してもらって、いらない物はどんどん売りましょう」


「ご主人様、数打ちの物などは、ギルドに寄付しては?

 稽古用にしてもらったり、備品に使ってもらいましょう。

 どうせ売りに行っても二束三文です。

 売りに行くのは、それなりの物だけで良いでしょう」


「ああ、そうしましょう・・・か・・・うん、ギルドで思い付きました。

 銃は、マツモトさんに見てもらいましょうか?」


 ひょい、とマサヒデが御者台に乗る。

 カオルも白百合に跨る。

 魔術師協会は、すぐそこだ。

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勇者祭 15 泥棒と達人 牧野三河 @mitukawa

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