第15話 ラスとアレックス

「絶対的中立だかなんだか知らんが、世界中の前途ある若者が秒単位でゴロゴロ死んでるって時に、徴兵を免れ死体集めなんぞに精を出していた野郎が妹に近づくのは、我慢ならん」


 モルトス案内人への嫌悪と、妹と添い寝した不埒な男への怒り。この二つが混ざり合った事で主張が今一つ締まらない自覚はあった。しかしアレックスはそのまま黙って、ラスの応戦を待つ。

 出された反撃は、実に期待はずれだった。ラスは案内人特有の、宝石のような青い瞳をアレックスに向けはしたものの、すぐに俯き、言い訳にしか聞こえない文句を、もごもごと口にする。

 

「か、かばね案内人機構が中立を宣言しているのは、国籍に関係なく、死者を助ける為。兵役を免れたいとか、そんな考えはありません」


「目を見て話せ。サピリヌス(輝く青い瞳)は案内人の誇りだろう」


 アレックスは、皮肉でラスを焚きつけた。


『サピリヌス計画』

 戦後間もなく、上官から伝えられた軍事計画である。案内人とモルトスを軍事的に利用するための研究だ。主には、爆撃機の操縦や特攻部隊に使うというものである。その為に、案内人とモルトスを集めよと命じられたのだ。計画名は、古代ペラ人の死人使いの血を引く者が、案内人として覚醒した時に瞳の色が独特な青色に変わる現象を用いている。そしてこの計画は、極秘ではない。故に、案内人であれば一度は耳にしているはずであった。


「あのねアレックス。ラスはアイコンタクトをとるのが苦手で」


「お前は黙ってろ」


 口を挟もうとしてきた妹を、厳しい態度で突き放す。


「知らないんだね。空ばかり見てたから」


 静かな声が、アレックスの胸を貫いた。


 戦闘機乗りをバカにされたと感じた空軍省の佐官は、殺気を帯びた目で、無礼な案内人を見下ろす。ラスはやや俯き加減に、前髪の隙間からその青い両目でアレックスをとらえていた。


「前線には、何度も行った。戦死者の、凶屍きょうしを回収する為に。戦わなかったけど、沢山の案内人が、戦地で死んだ。もしあなたが陸軍兵なら、知ってたはずだ」


 陸軍兵の中には、『サピリヌス計画』に消極的な者もいるという。その理由が、案内人に対する同情だった。仲間意識と呼んでもいい。

 実に嘆かわしい、とアレックスは思う。軍人が、情にほだされるなど。

 アレックスは腰に下げてあった中折れ式リボルバーの拳銃を抜くと、銃口をラスに向けた。


「ちょっと!」


 立ち上がったイヴリンが身を乗り出してきたので、掌で制す。ラスが微かに目を眇めたように見えたが、前髪に隠れていてよく分らなかった。

 アレックスは銃口を向けている相手に、挑発的な問いかけをする。


「お前たちモルトス使いも恐怖を抱いて死ねば、凶暴化するんだろうな?」


「しない」


 間髪をいれず、ラスが答えた。


「ぼ、僕らは死ぬ前に自分で霊魂を浄化するから、呪いを受けない。万が一、浄化できず凶屍きょうしになりかけたら……」


 そこで一旦口を閉じたラスは、右の目元で揺れている赤い球飾りに触れた。そして、最後の一言を口にする。


「燃える」


「どういう意味?」


 イヴリンが眉をひそめて訊ねた。


「そのままの意味だよ。体が、燃えて無くなる。民間人に、害を与えないように」


 ラスのとつとつとした説明が終わると、イヴリンが悲しげな表情で、「酷い」と呟いた。ラスが首をひねる。


「酷い……どうして? プロなら当然だろ?」


 問われたイヴリンが傷ついたように眉尻を下げたが、アレックスはラスと同意見だった。

だからといって、案内人を見直す気にはなれないが、その特殊技能については、研究の価値がありそうだと考えながら、銃口を下げる。


「せいぜい消し炭にならんよう、気を付けたまえ。ではマスター、あいつらをトラックまで動かしてもらおうか」


 銃をホルスターに仕舞い、整列しているモルトス五体を顎でを示す。

 立ち上がったラスが、「無理です」と拒んだ。この期に及んで抗おうとする阿呆ぶりに呆れたアレックスは、冷たい目をラスに向ける。


「拒否は認めん」


「そうじゃないのよ、アレックス」


 イヴリンが勘違いだと指摘した。続いてラスが、拒んだ理由を話す。


リンをなくしたんだ。かばねを制御する、道具を。だから、彼らを連れて行っても、役には立たない」


「置いて行ってどうする気だ」


「もう、燃やすしかない」


 残念そうに肩を落とすラスの背中を、イヴリンが優しく叩く。


「大丈夫よ。約束どおり私がちゃんと、火葬にするから」


 こいつと約束したのか、と妹をじろりと見たアレックスが、無言の圧力をかける。兄からの物言いたげな視線に気付いたイヴリンは、眉を吊り上げた。


「いいでしょ、それくらいしてあげたって!」

 

 アレックスは、口をへの字に曲げると、ふんと鼻を鳴らした。次に、床の隅に白い線で描かれている魔法陣のような図形を指さす。直系一メートルほどの円の中に八角の星と、その中心に幾つもの棒線が暗号のように並んでいるそれは、フールーのモルトス案内人について書かれていた資料で見覚えがあった。


「ときに、あれは救難陣きゅうなんじんだな」


「そう。仲間に、助けを求めた」


「それこそ役立たずだ」


「かもね」


 ラスが俯き、手の甲で口元を軽くこすった。悔しがっているのだろうと判断したアレックスは、「よし、来い」と案内人の背中を押す。


「あ、ま、待って」

 

 ラスが足をつっぱる。


「イヴリンに、お別れを言いたいんだ」


 許可の印に、アレックスはラスの背から手を離す。

 ラスがイヴリンに歩み寄った。


「いろいろ、ありがとう。みんなをよろしく」


「元気でね」


 両腕を大きく広げたイヴリンが、ラスを招き入れて背中に手を回す。

 アレックスは、抱き合っている二人を睨んでいるつもりはなかったのだが、ラスの背中ごしにイヴリンと目が合った途端「別にいいでしょ、挨拶よ」と牽制されてしまった。


 苦々しい思いで二人に背を向けたアレックスは、「行くぞ」とラスを急かす。


「さよなら」


 切なげな響きを持った案内人の声が、後ろに聞こえた。










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