第14話 アレックス・フォード中佐

 ケルトニア空軍省情報部アレックス・フォード中佐は、フロンドサス村に到着するなり、妹が異国の男と一緒に監禁されていると第一村人から知らされ、大いに憤った。村長と神父を聖堂前に呼びつけ、何よりもまず、妹であるイヴリンの釈放を要求する。


「俺が記憶する限り、お二人はもう少し賢明な方だったはずですが」


 身長一八八センチ。屈強な体躯と鋭い眼光を持った、フロンドサス村出身の若きエリート軍人は、先の大戦で七三もの敵機を撃墜したという元陸軍航空隊の英雄である。濃紺とグレーを基調とした軍服の胸元には、階級章や十字勲章が連なっている。


 幼い頃は村中を元気に走り回り、時には大人たちからゲンコツをくらっていたかつてのイタズラ少年、アレックス。二七歳に成長した彼から見下ろされた村のお偉方二人は、その圧倒的な迫力に言葉を失い、ただ立ちつくすしかなかった。

 更に悪い事に、シスターから情報を得て戻ってきたアレックスの部下が、イヴリンが異国男性だけではなくモルトス五体とも同室である事を静かに告げる。

 先ほどまでは多少なりとも、仔鹿のような魅力を持つ妹に似ていると思えたアレックスの面差しが、完全に憤怒の形相に変わる。そうなると、イヴリンとの血の繋がりはブラウンの瞳と栗色の髪でしか確認できないほどに恐ろしげだ。


「あいつの身に何かあった場合、俺に撃ち殺される覚悟はできていましたか」


 ものの例えでなく、今にも腰の拳銃に手をのばしそうな剣幕である。喚き立てるわけではなく、低く唸るような怒声が、余計に怖かった。


「い、今すぐ出して来てやる。こ、ここで待っておれ」


 声を震わせながら、村長が教会の倉庫へと向かう。しかし部下から監禁場所を知らされていたアレックスは、「結構です」と村長を大股で追いぬいた。


「扉を蹴破られたくなければ、さっさと鍵を持ってきてくれませんかね」


 早足で歩いてゆく背中越しに指示を受けた神父が、執務室へと急いだ。



「随分と早かったわね。今何時?」


「七時 一五分 三十七秒だ。一晩、無休で車を走らせた」


「素敵な腕時計ね。恋人からもらった?」


「お前が初任給でくれたものだ」


「あぁそうだっけ。人事部の仕事は?」


「副官に任せてある」


「そう」


 ぽつりと応じたイヴリンは、そこから口を閉じて、横流しに束ねてあった髪を、手ですきはじめた。目を合わせようとしない。実によそよそしい。アレックスは壊れた扉の上で腕を組むと、ふん、と鼻息を立て、寝ぼけ眼の二人を睥睨した。


 結局、扉はアレックスに蹴破られてしまったのだ。整列した五体のモルトスの真正面。妹が屍案内人と思われる若者とぴったり身を寄せ合い、寝息を立てている姿が扉の格子窓から見えた。兄としては、鍵の到着を待っていられるはずがなかったのだ。バズーカ砲があれば、迷わず撃ちこんでいたかもしれない。


 古びた木戸をメリメリと踏みつけ、倉庫に押し入ったアレックスは、扉が破壊された轟音ごうおんで飛び起きた二人の前で、いかめしい様相で佇みこう言った。「イヴリン、お前は騙されている」と。


「寒かったからくっついて寝ただけよ。アレックスが考えてるような事は、一切無いから」


 ねえ、ラス? とイヴリンが、猫のような顔で欠伸をしている隣の男に同意を求めた。ラスと呼ばれた若者は口を閉じて、「え?」とイヴリンを見る。欠伸をやめたその顔は、猫というよりは犬だった。


「あ、うん。イヴリンのぬくもり無しでは、眠れなかったと思う」


 屈託の無い顔で、ぬけぬけと言う。アレックスはますます気分を害した。


 イヴリンが天井を仰ぎ、「もうまたそんな物言いして」と嘆く。

 この二人は、お互いの悪癖を把握するくらい仲がいいのか。気分を害し過ぎた兄は、吐き気をおぼえはじめる。


 アレックスは、休めの姿勢で後方に控えている部下に、トラックに戻っているよう命じた。モルトスの輸送を始める前に、少しばかり、この二人に説教をしなければならないと考えたのだ。兄として。一五歳で両親を失ってからは、八つ下の妹の親代わりだった者として。一九歳で士官学校を卒業し、昇進を重ね、妹を看護学校にまで行かせた事は、誰にも言っていないが、アレックスの誇りである。故に、大人になった妹に過保護だと言われようが、物申す権利は当然あると信じて疑わなかった。

 特にこの間の抜けたフールー人は、一度とっちめてやりたい、とさえ思う。


 アレックスはラスを一目見て、フールーの案内人だと見抜いていた。モルトス案内人はその仕事着で、国籍がある程度判別できるのだ。ケルトニアのモルトス案内人が、神父の普段着であるキャソックと類似した服を着用しているのに対して、ラスが着ている襟の高い装束は、明らかにフールーの民族衣装を元に作られたものだ。


 先の大戦で、フールーとケルトニアは同盟国だった。共に戦い、傷つき、失い、勝利した。しかし、だからなんだというのだ。

 部下が敬礼をして、倉庫前から離れていく。遠ざかるその足音を聞きながら、アレックスはフールーの案内人を睨みつけた。この男に感謝する理由は一つもない。女子供おんなこどもが好みそうな可愛らしいつら構えの、実に軟弱そうな野郎だ、と唾を吐きかけてやりたい衝動に駆られる。


「俺はモルトス使いが嫌いでね」


 アレックスは、唾の代わりに刺々しい言葉を吐いた。


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