第12話 包帯の目的

「め、命令なんかしなくても、彼らはちゃんと、自分で考えて動いてくれる。霊魂の力だけが頼りだから、終始ぼんやりしてるし、不可解な行動を、とったりも、するけど」


 幾度も言葉に詰まりながらも、モルトスらに対する誤解を正そうと懸命である。


「わかった。ごめん」


 ラスに軽口は通じないという師父の助言を思い出したイヴリンは、素直に謝った。無理に明るく振る舞うのもやめる事にする。

 とは言え、イヴリンが話さずにいると、ラスも黙ったままなのだ。膝を抱え、電池が切れた玩具の人形のように、じっとしているだけである。


 イヴリンは居心地の悪さを紛らわせるために、モルトスらに視線をやった。そこでふと、看護師の右ふくらはぎに巻かれた包帯の緩みが目に入る。

 確かラスは、彼女をマリーと呼んでいたか。イヴリンは無言でマリーに近づくと、マネキンのように直立したままの彼女の前にしゃがんだ。巻き直すために一旦、包帯を解く。


「座ってくれたら、もっとやりやすいんだけどな……」


 ぽつりともらすと、突然、マリーの尻が体ごとどさりと垂直落下した。イヴリンの前で両脚を投げ出して座る格好になる。すると、元行商人の男を除いた他の三名も次々に、落ちるように座り始めた。


 呆気にとられているイヴリンの横に、ラスがやって来る。


「はいはい。走ったせいで、包帯が緩んだんだね。気付かなくてごめん」


 看護士が患者に接するような口ぶりで、若い兵士のジャケットの袖口をめくり上げたラスは、乱れかけの包帯を解いてゆく。


 イヴリンは首を捻った。考えてみればおかしな話だ。凶屍フェロックスモルトスも、痛覚が生きているとは考えにくいし、大きな傷口は、雑なりにもしっかりと縫合されている。縫合糸に木綿糸が使われていたのは驚きだったものの、こうしておけば傷口が広がる心配はないだろう。ならばなぜ、わざわざ貴重な包帯を使ってまで、彼らの体を保護するのか。

 実際、看護師の太腿部にある大きな裂傷には包帯が巻かれていなかった。ふくらはぎの傷よりも、大腿部の方が明らかに深手だというのに。どうせ包帯を使うなら大腿部にしたほうがいいだろうと、イヴリンは包帯の位置を変えようとした。それを、ラスが制する。


「あ、そこはいいんだ。スカートで隠れるから」


「隠す……ああ、そういうこと!」


 言われて初めて、モルトスに使われている全ての包帯が、保護ではなく傷隠しとして巻かれている事を理解する。それと同時に、ラスの荷物にあった救急セットに包帯の切れ端しか残っていなかった理由も判明した。傷隠しに殆どを使ったからなのだ。ゆえに、案内人自身の傷を保護する分が無くなったのである。


 案内人としての仕事に忠実すぎるのか、はたまたお人好しなのか。イヴリンは、やれやれと首を横にふると、黙々と包帯を巻き直している案内人に身を寄せた。


「それじゃ強すぎよ。かして」


 しっかり巻こうとするあまり、肉が盛り上がってしまっている。うっ血の心配などする必要はないのかもしれないが、看護師として見過ごせなかったイヴリンは、ラスと交替して包帯を巻き直す。


 看護師と若い兵士の包帯を直し終えたイヴリンは、エプロンをつけた老人、そしてラスがロイズ中尉と呼んでいた将校の包帯も、次々と巻き直してゆく。ラスはモルトスの服の着脱を手伝ったり、イヴリンが作業をしやすいようモルトスの体を支えたりとサポートに徹する。


「上手だね」


 ロイズ中尉の上半身を背中から支えたラスが、感心したように、イヴリンの手際の良さを褒めた。イヴリンは「看護師だからね」と返した後、ここを出られたら病院で新しい包帯を貰ってきてやる、と約束する。


「それから彼には、父の服でよければ、あげるわ」


 ロイズ中尉の首元まで包帯を巻き終えたイヴリンは、巻き終わりを結んで処理しながら、中尉の隣で立ちっぱなしのニューフェイスを仰ぎ見た。

 何着かの思い出深い服を捨てられずにとってあったが、そろそろ手放さなければと考えていたところだった。体格を見る限り、サイズも問題ないはずである。


 ラスが相好を崩した。


「オリバーさんだよ。オリバー・ミラー」


 弾んだ声で、ニューフェイスの名前を伝えてくる。


「オリバーさんね」


 立ち上がったイヴリンは、マネキンのように正面を向いたままのオリバーに微笑んだ。だらりと下垂した腕に軽く触れる。


「助け起こしてくれた時のお礼だと思ってね」


 教会の前で転倒したイヴリンを抱き起したのは、ラスではなくオリバーだったはずだ。聖堂に飛びこんだイヴリンがオリバーの手を握っていた事や、イヴリンの衣服に微かに残る腐臭が、それを証明している。


「あれ、あなたが命令したわけじゃないんでしょ?」


 オリバーの意志であった事を、案内人に確認する。


「そうだよ。一言も」


 答えたラスは手で口を覆い隠し、嬉しそうに目尻を下げた。そしてやや興奮気味に、残り四人の紹介もしはじめる。


「このお爺さんは、ダンさん。前線で、料理人をしていた。マリーさんは、従軍看護師だった。それからロイズ中尉に、カイン一等兵。四人とも、アボナ出身なんだ」


 イヴリンは紹介された同国人によろしく、と笑顔で頷いた。しかし、次に出された言葉には、困惑して笑顔を固まらせる。


「みんな、イヴリンに会えて、凄く喜んでるよ!」


 四人は初めて会った時から変わらず、マネキンよりも無表情である。どさりと床に座ってからは、ぴくりとも動かない。

 喜んでいる証を見つけようと頑張ってはみたものの、何の変化も発見できなかったイヴリンは、四人に掌を向けて全体を示すように円を描くと、モルトスと心を通じ合わせているらしい案内人にこう訊ねた。


「具体的に……喜んで見えるのって、どのあたり?」


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