第15話 屋敷捜索・4


 しばらくしてから、カオルが地下室から上がってきた。

 階段を登りながら、


「ハワード様、私が見た所、何もありません」


「そうですか。怪しいと思いましたが」


「ええ、私もです・・・しかし、どこを見ても何も」


「2階に、この屋敷の主の部屋があるそうです。

 行ってみましょうか」


「は」


 台所から出て、階段を登っていく。

 廊下や部屋の外側にも何かないか、2人は気を配りながら慎重に歩いて行く。


「ここですか・・・あの、名無しの男がいた部屋ですね」


「・・・」


 むわ、と安酒の匂いがして、アルマダが顔をしかめた。

 机の周りに、古く変色してしまった紙が落ちている。

 マサヒデが言っていた書類は、これだろうか。


「ふむ」


 1枚を手に取って見てみるが、マサヒデの言う通り、字が消えて良く分からない。

 机の上に乗っている2枚は、マサヒデとハチが見た物だろう。

 1枚には、かろうじて数字が書いてあるのが見えるが、帳簿の類だろうか。


「カオルさんは部屋を見てもらえますか。

 私はこの書類を見てみます」


「は」


 散らばった書類を集め、1枚1枚見ていく。

 カーテンが開いている。

 日が当たって、インクが消えてしまったのだろう。


 紙は昔の高級紙らしく、分厚い。

 文字は筆ではなく、ペンで書かれている。

 慎重に見れば、消えた文字の跡が分かるだろう。


「ううむ・・・ホキの国の・・・町・・・どこの町だ? 読めないな・・・」


 かたん、と音がして、


「ハワード様」


 とカオルが声を掛けた。


「む?」


 後ろを向くと、ベッドの足の部分が開いている。

 中に金貨が重ねてある。


「金ですか。まあ、あって当然ですね」


「大した額ではないですね。書類等もありません。

 只の生活費、節約すれば数年と言った所でしょうか。

 当時の物価もありますので、おおよそですが・・・

 しかし、それだけですね。恐らく、どこかにまだ」


「ええ」


 開いたドアの向かいの部屋で、クレールが本を読んでいる。


「あの本の中に、すごく貴重な本がある、という可能性も十分ありますが・・・

 家財を全部売り払ってまで買った何かが、どこかにある」


「私もそう思います」


「ここに居たのは、追放された貴族でまず間違いない。

 少しでも頭のある者なら、先々金に困ると分かっていたはず。

 その為に家具を売り払ったのなら、結構な額がまだ残っているはずです」


「ふふふ。それがまた魔剣では、困りますね」


「ははは!」


 笑ってから、アルマダは書類に目を戻した。

 カオルも部屋を探し出す。

 きい、と小さな音を立てて、衣装棚を開く。

 一着一着、そっと服を出して、ベッドの上に並べていく。


(これは)


 服はどれもかなりの物だ。

 100年以上経っているというのに、あまり傷んでいない。

 ここに住んでいたのは、相当の貴族だったに違いない。


「ハワード様。紋章です」


「おお、紋章ですか」


 カオルが持った服を見ると、確かに紋章。

 これでどこの貴族の者だったかが分かる。


「む・・・? これは・・・」


 見た事のない紋章だ。

 丸い枠、上が小さく開いている。

 中に跳ねた形の兎。


「兎? 兎の紋章・・・これは見た事がありませんね・・・」


「しかし、この服の出来、どれも相当です。

 安い貴族の者でなかったのは確かです」


「ふむ・・・この紋章、おそらく、自分で勝手に作ったのでしょう。

 予想通りに追放された者であれば、元の紋章は使えない。

 しかし、この服・・・仰る通り、小さな貴族の物ではない。

 安い物が一着もない。どれも良い生地に、素晴らしい意匠だ」


 良く紋章を見てみる。

 それなりの貴族の物であるなら、一目で分かる。

 しかし、全く見覚えがない。

 勝手に作った物か、あるいは没落して消えた貴族か。

 少なくとも、アルマダの知る限り、兎の紋章は見たことがない。

 家紋の動物紋なら、兎はいくつもあるが・・・


「この紋章の下に、別の紋章がありますかね?

 カオルさん、分かりますか?」


 カオルが指で紋章の部分を抑える。

 小刀で、すーと紋章の裏を薄く切り、裏地を出す。


「いえ、ありません。別の紋章が縫い付けてあった跡もありません」


「という事は、勝手に作った紋章を縫い付けた物ですか」


「申し訳ありません、ご期待を裏切り・・・」


「いや、構いませんよ。お気になさらず。

 かなりの貴族であったであろう、という事は分かったのです。

 ありがとうございます。続けて下さい」


「は」


 カオルが一着一着、服を並べていく。

 ポケットや、服の中に何か縫い込められていないか、慎重に見ながら出していく。

 ぱらり、とアルマダが紙をめくる。


「・・・」


 改めてもう一度確認するが、服には何もなかった。

 衣装棚を慎重に探すが、何もない。


 衣装棚の下の引き出しを開ける。

 指輪が数個。

 ひとつひとつ手に取って見てみる。

 大きな石。丁寧な彫り。どれも、かなりの物だろう。


 だが、少なすぎる。

 おそらく、宝飾品も売ってしまったのだろう。

 必要な数だけ残したか、数個あるのは、困った時に売るように残していたか。


 ことり、と宝飾品のケースを外し、下を確認。

 何もない。

 ケースの裏側。

 何もない。


 がたん、と引き出しを外す。

 引き出しの裏側、奥、を確認。

 何もない。


「どうですか」


「指輪がこれだけ。ご覧下さい。かなりの物です。

 やはり、小さな貴族ではありますまい。

 宝飾品のケースはがら空きでした。

 これらを売り払い、恐ろしく高額の買い物をした」


 カオルの手に乗った指輪を見る。

 一目でかなりの額がするだろう事は分かる。


「でしょうね。この指輪を買うために、他を売り払った訳では無いでしょう。

 服はどれも上等。十分に釣り合う物です。

 同じような物を全て売り払ったのなら、かなりの額になったはず」


「はい。楽に一生暮らせる額、いや、それ以上です」


「ううむ・・・ここの主は、何を求めたのか・・・」


「ハワード様、机を調べます」


「分かりました」


 アルマダが机から離れ、カオルが机の下を覗き込む。

 こんこん。こんこん。

 小さく叩いて調べていく。


「・・・」


 引き出しの中には、数本の羽ペンと乾いたインクの壺。

 ペーパーナイフ、ぼろぼろになった糸。

 少しましな、白紙の紙の束。

 書類の類はない。

 紙の束をばらばらとめくる。

 中がくり抜かれているなどはない。ただの紙の束。


 引き出しを外す。

 二重底のような細工はない。

 奥に物を隠すような隙間はない。


 ふう、と息をついて、引き出しを戻し、椅子を戻す。


「む・・・」


 小さな引っ掛かり。

 椅子だ。

 カオルの小さな声を聞いて、アルマダが書類から顔を上げ、カオルを見た。


 シートの部分を手でぐいぐいと押し込む。

 背もたれの部分を、こんこん、こんこん、と指で叩く。

 椅子の足。

 ぐっと力を入れて、足を一本一本調べる。


 くる、と一本の足が回った。

 引っ掛かりはこれだ。

 椅子を倒し、くるくる回して足を外す。

 足の中が小さくくり抜かれていて、小さな鍵。


「見つけました」


「鍵ですね。さて、どこを開ける鍵でしょう」


「おそらく、この部屋か、向かいの書庫」


「でしょうね。壁を調べてみますか」


「まず、衣装棚を動かします。お手をお貸し願えますか」


「はい」


 ぐ、ぐ、と2人で衣装棚を動かす。

 この衣装棚自体も、かなりの額がするのだろう。

 非常に重く、中々動かない。


「む、む」


 1人が入れる隙間が出来たが、


「うむ・・・カオルさん、この裏は多分ないですね・・・」


「ええ・・・」


 こんなに重い家具を動かせば、床に擦れた跡が必ず付く。

 床は綺麗なものだった。

 衣装棚の奥が外れるような細工はない。


 念の為、衣装棚の裏側から確認してみたが、やはりない。

 壁にも何もない。

 机をどかし、アルマダと2人、反対側からとんとん壁を叩きながら部屋を回る。

 耳を当て、上から下まで調べてみるが、何もない。


「さて・・・となると、あちらですね」


 アルマダとカオルの目が、ドアが開いたままの書庫に向いた。

 書庫では、テーブルに何冊か本が積まれている。

 小さなソファーに座り、クレールが1冊の本を手に取って、開いた。

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