第15話 屋敷捜索・3


 階段まで戻ると、猫族3人はまだ寝ていた。

 とん、とん、と階段を下りながら、


「まだ寝てるんですか?」


「そうなんだよ! あははは! 面白いよ!」


 つんつんとシズクが猫族の足をつつくと「あーん」と変な声が上がる。

 くすくすと、クレールが笑う。


「ははは! 呑気なものですね」


「ありゃあ・・・こいつぁ、またたびが効きすぎちまったかな?」


 いつの間にか、男の遺体が運ばれていた。


「ご遺体は」


「私が外に運んでおいたよ」


「そうですか」


 マサヒデはラディの方を向き、


「ラディさん、古い刀剣年鑑がありましたよ。ご興味ありますか」


「えっ?」


「100年以上前の物ですよ。

 もしかしたら、今の年鑑に載ってない物があるかもしれませんよ」


「あっ・・・見てみたいです」


「どうぞ」


 マサヒデが刀剣年鑑を差し出すと、ラディはぱらりと本を開き、すぐに夢中になって読み出した。


「アルマダさん達は?」


「あっちの方に行きましたよ」


 クレールが台所のあった方を指差した。


「ふむ。ちょっとアルマダさんに、さっきの書類を見てもらいましょうか。

 カオルさんには引き続き調べてもらって」


「書類? 何かあったんですか?」


「ええ。ですけど、ほとんど字が消えてしまっていましてね。

 ちょっと私達では良く分からなくて」


「へえ・・・」


「それと、本が部屋中にぎっしり詰まってた部屋がありました。書庫ですね。

 おとぎ話や歴史とか宗教とかの類ですが、クレールさんは分かりますかね?

 もしかしたら、現在では貴重な物があるかもしれません」


「あ、興味あります!」


 マサヒデはにこっと笑って、


「じゃあ、その前に、この猫族3人をどうにかしましょうかね。

 ちょっと外に出して、あのご遺体が見える所に並べましょう。

 クレールさんは、水をぶっかけてもらえますか」


「驚かすんですね?」


「まあ、そうです。じゃ、シズクさん、運びますか」


「うふふ。はいよ!」


 よいしょ、とシズクが両肩に1人ずつ乗せ、1人をマサヒデが運ぶ。

 先生と言われていた男の遺体から少し離して、並べて置く。


「おいおい、何言ってるにゃー。今日は魔王様の生誕祭にゃー。

 働いてるのは魔王様だけにゃー。魔王様ばんざーい」


「あはあん・・・縛るなんて・・・好きだにゃあん・・・」


「こんなこと・・・羽が・・・魚が・・・飛ばないとにゃあ・・・」


 マサヒデもハチも呆れてしまった。


「ぷ!」「うぷぷ・・・」


 シズクとクレールが口を押さえて笑う。

 この3人はどんな夢を見ているのか・・・


「クレールさん」


「くすくす。はい!」


 ばしゃしゃ! と3人の頭から水球が落ちる。


「冷たくしないで欲しいにゃあ・・・」


「もう一度」


 ばしゃしゃん!


「ああん・・・」


「もう一度」


 ばしゃしゃん!


「きらめいてるにゃあ・・・」


「ふう・・・起きるまで、お願いします」


 ばしゃしゃん!

 ばしゃしゃん!

 ばしゃしゃん!


「はっ!」「あっ!」「むん!?」


 やっと3人が起きた。

 あ、と縛られているのに気付き、


「て、てめえ! 縛ったのか! 毒か!? 盛りやがったな!」

「ちきしょう! 離しやがれ!」

「卑怯者があー!」


 わんわん喚く猫族に、ハチが近付いて、こん、こん、と十手で頭を軽く叩いた。


「早く目ぇ覚ませ。昨日、奉行所から使いが来たのは知ってるな」


「同心!? 私達が何した!?」


「確定は不法侵入と公務執行妨害。傷害、暴行、集団暴行の疑い・・・

 まあ、お前らに疑いなんてきりがねえな。

 奉行所でちょいと絞って、と行きてえ所だがよ。

 なあ、こちらにおわすお方が、どなたか分かるかい? 見た事ねえか?」


 ハチがマサヒデを見て、猫族3人もマサヒデを見る。


「ん?」「んん?」「あれ?」


「こちらのお方に勝てるなら・・・

 ま、俺の手には負えねえから、見逃してやろう。どうだい」


「セ、センセイはどこだ!」


「おいおい。すぐそこにいるよ。見えねえのか」


 くい、とハチが十手で後ろを指す。

 後ろに、あの男の遺体。


「あっ!?」「センセイ!?」「・・・」


 さー・・・と3人の顔から血の気が引いた。

 にや、とハチが笑い、


「どうする? あいつは真剣の勝負を望んだんで、仏になっちまったが・・・

 こちらのトミヤス様は、お前らは木刀勝負でも良いと仰って下さった」


「げ! トミヤス!? 本当に来たの!?」


「ほれ、あっち見てみろ」


 ハチの指差した方には、4人の騎士に囲まれた、縛り上げられた虫人達。

 マサヒデは3人の顔をゆっくりと見て、右の猫族に、


「さ、あなた。手を出して」


「て、手? 手ですか?」


「さあ、手を出して。こう、上に」


「てめえ! 縛られた者を、ききき斬るのか!? 斬るのですかあ!?」


 すー・・・とマサヒデがゆっくりと抜く。


「別にそれも、勇者祭では反則じゃないですよ。

 でも、私はちゃんと立ち会いたいので。さあ、手を」


 ぶるぶる震えながら、猫族が手を上げる。

 ぴ! とマサヒデの刀が振られ、ぱらりと縛られた縄が落ちた。

 猫族の震えが止まり、差し出した手を見ながら、だらだらと汗が流れ出す。

 横の猫族2人が、真っ青な顔で震えながら、差し出された手を見ている。


「さ、足もこちらに。少し上に上げて。その縄、斬りますから」


「い、いやあ! あの、私、奉行所に行ってみたいなあ! 今すぐ!

 お白洲とか見たことないし! 見てみたいなあー・・・なんて・・・」


「わわわ私も!」


「はい! 私もです!」


 にやにやとハチが笑う。

 マサヒデは残念そうな顔で、


「ええ? 私に勝ったら、すごい得点もらえるんじゃないですか?

 故郷に錦を飾れますよ? しかも無罪放免なんです。

 さ、私は木刀で良いですから。ね。皆さんは真剣で構いません」


「いえいえ! そんな、トミヤス様のお手を煩わす事など!

 降参! もう降参! そりゃもう大降参ですから!」


「私も降参!」


「降参です!」


「ええ? 立ち会いたいんですけど・・・駄目ですか?」


「いえいえ! 私共がトミヤス様に勝てる訳が! なあ皆!」


「そうですとも!」


「はいー!」


 ぽん、とハチが猫族の首に十手を置く。

 ぴたりと喚いていた猫族の声が止まった。

 ハチはマサヒデの方を向いて、


「トミヤス様、こいつら、どうしても奉行所に行きてえって言ってますし・・・

 すみません、ここはひとつ、私の顔を立ててくれませんか」


「ううん・・・」


「どうせ、トミヤス様じゃあ、ご満足出来ねえ奴らですから。

 そう無為に殺しちまうこともありますまい。お願い出来ませんか」


 マサヒデは顔をしかめて頷いて、


「分かりました。でも、無為に殺しちまう、なんて、やめて下さいよ。

 それじゃあ、まるで私が辻斬りみたいじゃないですか・・・

 立ち会いたいだけで、別に殺すつもりはありませんよ」


「ははは! こいつぁ失礼しました!

 じゃ、こいつら預からせて頂きます」


 腕の縄を斬られた猫族の手に、ハチが新しく縄を縛りつける。

 3人の足の縄を解いて、足と足の間を開けて、縛り直す。


「立て!」


 のっそりと3人が立ち上がる。


「良し、あの騎士さん達の所まで歩いてくぞ。

 全員並んで着いてこい」


「あ、ハチさん、騎士さん達の所で待っててもらえますか。

 さすがに、あれじゃ連れて行くには人数が多すぎますよ。

 騎士さん達に一緒に行ってもらえるように、アルマダさんに頼んできます」


「おお、こりゃまたすいやせん。お手数をお掛けしまして。

 ハワード様には、後ほどお礼を申し上げますので・・・

 おら! 行くぞ!」


「はい・・・」


 ハチの後に続いて、3人の猫族は肩を落とし、とぼとぼと歩いて行った。

 ふう、とマサヒデは息をついて、振り向いた。


「じゃ、クレールさん。シズクさん。中に行きましょうか」


「はい!」


「あははは! 面白かったね!」


 3人が玄関に入ると、ラディが座り込んで刀剣年鑑をじっと見ている。


「羽が、魚がって、一体どんな夢だったんでしょう?」


「ふふふ。好きな魚が、そこら中をふわふわ飛んでたんじゃないですか?」


「あははは! 空飛ぶ魚か! 面白いですね!」


 マサヒデは2階の西側を指差し、


「クレールさん、あっちの一番奥の、左の部屋が書庫です。

 好きなだけ読んでて下さい。私は、アルマダさんの所へ行って来ます」


「はい!」


 クレールは満面の笑みで、てんてんてん・・・と階段を上がって行った。

 マサヒデはシズクに向いて、


「シズクさん、向こうの奥の両側に、虫人達の荷物があります。

 ここらにまとめておいてもらえますか。組ごとに分けてまとめて下さい。

 後で奉行所が取りに来ます」


「はーい」


 返事をして、どすどすとシズクが廊下を歩いて行った。


「ラディさん、どうです?」


「今の年鑑には載っていない作が、いくつか・・・見た事がない・・・」


「やはり、ありましたか」


「はい・・・」


 ラディが、はらり、とページをめくる。


「じゃ、私はアルマダさんの所へ行きます」


「はい・・・」


 廊下を歩きながら、部屋を覗く。

 アルマダ達がいない。台所の地下だろうか。

 台所に入ると、地下室の入り口でアルマダがしゃがんで下を覗いている。

 鎧であの階段は下りられないのだ。


「アルマダさん」


 は、とアルマダが顔を上げた。


「どうですか?」


「今の所、何も・・・ここが怪しいと思いますね。

 ワインが1本もないのに、地下室がある・・・」


「2階の西の奥の部屋に、恐らくここの主であったであろう人の部屋がありました。

 いくつか書類もあったのですが、字がほとんど消えてしまっていて」


「ほう・・・」


「あと、すごい数の蔵書がありました。部屋中、上から下までびっしりと。

 今、クレールさんが読みに行っています」


「本? 本、ですか・・・ううむ、どんな?」


「おとぎ話や英雄譚、色んな歴史書、様々な宗教の本。

 歴史家だったのかもしれませんね」


「ふむ・・・」


「で、話は変わるんですが、ひっ捕らえた者達を奉行所まで連れて行くのに、騎士さん達の手をお借りしたいのです。縛り上げてあるとはいえ、人数も多いですし、猫族もいますから、ハチさん1人では」


「ああ、構いませんよ。

 奉行所まで護送したらそのまま解散して良い、と皆さんに伝えて下さいますか」


「ありがとうございます」


 マサヒデは踵を返して、外に出て行った。

 アルマダはじっと地下室の入り口で、中を覗いている。

 中ではカオルが隅々まで細かく調べている最中だ。

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