第5話 鉄扇・後


 翌朝。


 台所で袖を捲し上げて、カオルが朝餉を作っている。

 その横でマサヒデとクレールが座り込んで、干し肉の壺を見ている。


「ほら、クレールさん、これ見て下さい。

 水気が出て、塩が湿気っちゃってますね」


「本当ですね。こんな薄い肉なのに、水が出るものなんですね」


「すぐに塩を入れ替えたい所ですが・・・

 朝餉を食べたら、すぐににんにくを買ってきて、それから替えましょうか」


「塗るんですね!」


「ええ。美味しくなりますよ」


 鍋蓋をずらして置いて、カオルも覗き込み、


「干し肉に、にんにくを塗るのですか?」


「ええ、そうですよ。軽く炙ると、それはもう美味しくなるんです」


「お父様は、そうやって作って、お酒のおつまみにしていたそうですよ」


「ふむ・・・滋養も付きます。良いですね。

 腐敗や寄生虫の防止にもなるでしょうし、一石二鳥です。

 これは良い事を聞きました」


 マサヒデは肉を戻して、蓋を閉め、


「じゃあ、これはまた後で」


「はい!」


「ご主人様、ついでに塩を買ってきてもらえますか?

 干し肉で使った分、少なくなってしまいました。

 お戻りになるまで、訓練場の稽古の方は、私が代稽古をしますので」


「分かりました。代稽古、よろしくお願いします」


 カオルは鍋の方に戻り、


「次はこぼさないようにして下さいませ」


 と、小さく言った。

 ぎくっ、とマサヒデとクレールが固まって、そっとカオルの背中を見る。

 バレていたのか。


「す、すみません・・・」


「ごめんなさい・・・」


「こぼしてしまったのでしたら、一言お願いしますね。

 さて食事の支度、と言うときに、足りないと困りますので・・・」


「はい・・・」



----------



 皆の前に朝餉の膳が並ぶ。


「では、頂きます」


「頂きます」「頂きます」「いただきます!」「いただきまーす!」


 手を合わせ、朝餉の時間。

 猪の肉の味噌汁、茄子の浅漬。

 マサヒデは肉を摘んで、はたと思い出した。


「む!」


「どうされました?」


 マツとカオルがこちらを向く。

 クレールとシズクは、がつがつと飯をかき込んでいる。


「そういえば、アルマダさん達、皆で馬を捕まえに行くと言っていましたが」


「ええ。それが何か」


「トモヤも一緒ですかね?」


「トモヤ様は、あのあばら家を借りる為に、お坊様と将棋でしょう?」


「となるとですよ。昼間、皆の荷物番をしている人がいますよね」


「ええ」


「今日帰ってきますよね。昨日は来なかったから」


「それが如何なさいました?」


「いや、魚や猪を分けてあげれば良かったなって・・・」


「それだけですか?」


「はい」


 なんだ、それだけか・・・マツもカオルも、黙々と食べ始めた。


「おかわりちょうだい!」


「私も下さい!」


 シズクとクレールが、ぐいっとカオルに椀を突き出す。

 カオルが受け取って、ぽん、ぽん、と飯を盛って渡す。


「ところで、カオルさん」


「はい」


「塩って、いつもどこの店の物を買ってるんです?」


「特に決めておりません。近い所の物を」


「分かりました。じゃあ、適当に買ってくれば良いですね。

 いくらくらいするものでしょう?」


「大体、1斤で銀貨3枚するかしないかです。1斤くらいでお願いします」


「む、意外とするものなんですね」


「普通は、一度にそんなに使いませんから」


 ちら、とカオルの目がクレールに向けられた。

 干し肉で使いすぎたか・・・

 気をつけよう。


「マサヒデ様? お塩を買ってくるのですか?」


 マツが不思議そうな顔でマサヒデを見ていた。


「ええ。昨日、干し肉を作る時、うっかり溢してしまいまして・・・」


 ぴた、とクレールの箸が止まった。


「あ、そういう事でしたか。マサヒデ様が塩なんて、珍しいと思いました」


 つつ、と味噌汁を啜り、マツはクレールの方を向く。


「クレールさん。今日は私達も一緒にお買い物に行きましょう。

 マサヒデ様の扇を選びに行きませんか?」


「いいですね! 格好良い物を選んできましょう!」


「扇ですか?」


 カオルが顔を上げる。


「ええ。お奉行様から良い鉄扇を頂いたのですが、美しすぎて。

 ちょっと得物としては使うのが勿体ないかと」


「鉄扇ですか。ならば良い物がございます」


「良い物をご存知なんですか?」


 あっ、とマツの心に不安がよぎる。

 カオルの良い物と言えば・・・


「こちらなどどうですか。売っている店をお教えしましょう」


 ばらり、とカオルが帯に挟んでいた鉄扇を開いた。


「・・・」


 予想通り。羽の1枚1枚が、尖って鋭い剃刀のようだ。

 あれは暗器という物では・・・?

 いくら何でも、物騒すぎる。


 それは・・・とマツとクレールが引いていると、マサヒデとシズクは「おお!」と声を上げ、カオルの鉄扇に顔を近付けた。


「このまま振っても良いのですが、羽を1枚ずつ抜いて使えるのですよ」


 す、と扇の留め具を外すと、ばらりと扇がばらけ、カオルの手に綺麗に重なる。


「このように、留め具が簡単に付け外しが出来るよう、細工が」


「おお、これはすごい。

 でも、根本を止めているだけでは、ばらっと開いちゃいませんか?」


「この外側の骨の付け根、ここです。ここに細工がありまして。

 そしてこの羽の根本の所。この小さな突起で、開いても、間が開かないように」


「すげえな! こんなの売ってる店があるのか!」


「良く見つけましたね!」


「刃先に毒を仕込んでおけば・・・」


 カオルは得意そうな顔で箸の先に肉を摘み、羽の先で切ったり刺したりしている。

 3人が嬉々として鉄扇を見ている中、クレールがマツに顔を近付け、


(あれはやめましょう)


 と小さな声でマツに囁き、マツもこくん、と頷いた。

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