第三章 居着いた者達

第6話 相手は10人以上・1


 マサヒデが塩を買って戻ってくると、客が来ていた。

 同心のハチが玄関前で立っている。


 玄関には『只今外出中』と札が掛かっている。

 待っていた、と言うことは、何かしら用があって来たのだ。

 カオルを借りに来たのだろうか?


「おはようございます」


「お、ああ、おはようございます」


 ハチが振り向いてマサヒデに挨拶を返した。

 顔が少し険しい。

 何かあったのだろうか。


「今日はどうされました」


「ええ、ちと・・・トミヤス様にお願い、というか・・・」


「そうですか。では、中にお入り下さい」


 外出中の札を取って、玄関を開け、中に入る。


「居間の方へどうぞ。茶を用意しますので」


「失礼します」


 ハチが上がって行き、マサヒデは台所に塩の袋を置いた。

 茶を用意して、落雁を取って居間へ入る。


「どうぞ」


 茶と落雁を差し出すと、


「どうも」


 と、ハチが茶を啜る。


「で、お願いとは」


「む・・・」


 少し、ハチが言い淀んだ。

 湯呑を置いて、少し考えている。

 マサヒデも湯呑を取り、ハチの言葉を待つ。


「実は、ちょいと厄介な事がありまして」


「厄介ですか。何か事件でも」


「それが、事件とも何とも・・・今の所、何もないのですが・・・」


 ハチが腕を組み、眉を寄せる。


「お話し下さい」


「うむ・・・ここから、町の反対側、寺のある方の街道がありますな。

 ご友人の、ハワード様達がおられる所の街道です」


「ええ」


「あそこを、寺と反対側に行きますと、小さな集落がありまして。

 村とも言えねえような、百姓の家が10件もねえような。

 何とか村みてえな名前もねえ、本当にただの集落です」


「そこで、何か」


「今の所は、何も・・・」


「今の所、と言いますと?」


「あそこは100年くらい前まで、どこぞの貴族が住んでらしたそうで。

 小さなお屋敷がありましてね。今は誰も住んでねえ、幽霊屋敷みたいな所です。

 そこに不審な輩共が居着いてしまいまして・・・」


「それを、追い出して欲しいと?」


「簡単に言えば、そういう事です」


「何故、私に? あなた方は火付盗賊改です。

 必要があれば、寺だろうが他の領地だろうが、踏み込めるでしょう」


「いや、いくら火盗でも、何もしてねえ奴らに手を出す事は出来ません。

 それと、どうもそいつら、祭の参加者達のようでして」


「祭の参加者ですか。では、周りの住民には何もしないでしょう。

 故意に参加者以外に手を出しては、失格となります」


「しかし、祭など放り出して、何かあってからでは、というわけで・・・」


「なるほど。私達、勇者祭の参加者であれば、堂々と戦える。

 例えそれが斬り合いとなっても問題ない。

 で、彼らが何かする前に、私達に追い出してほしい。または・・・と」


「まあ、その・・・そういう事です。

 申し訳ありません、殺しを頼むような事になってしまうかも・・・」


 ハチが済まなそうに頭を下げた。

 マサヒデは腕を組んで考えた。

 別に悪さもしていないが、近隣の者達が不安がっているのだろう。


「その集落の人達が、そのうち何かしやしないか、と不安がっているのですね?

 もしかして、少人数ではないのですか?」


「10人以上はいるそうで。お屋敷ですから、結構な人数が居着いちまって」


「ほう。10人以上ですか。何組かまとまっているのですね。

 武器を持った者が、それだけの人数が集まれば、不安になって当然です。

 ふうむ・・・なるほど・・・」


「まだ何もしてねえから、とっ捕まえる必要もありません。

 とにかく、追い出してくれさえしてくれれば良いのです。

 祭の参加者ですから、いざとなりゃあ切った張ったもご自由ですが・・・」


「ううむ・・・」


 帰る旅費が無い等、理由があれば、打倒した所で、彼らは居着いたままだろう。

 かと言って、悪さをする訳でもない者を、無為に斬り殺したくもないし・・・

 腕を組んでマサヒデが考え込むと、


「トミヤス様、如何でしょうか」


 と、ハチが聞いてきた。

 マサヒデは顔を上げ、


「例え、私達が彼らを打ち負かしたとして、ですよ。

 彼らに帰る為の旅費が無いなどの問題があれば、居着いたままになりませんか?

 勇者祭の参加者というタガが外れて、本当に悪党になってしまうかも」


「む・・・そりゃそうだ・・・仰る通りです」


「斬り殺してしまえば、もちろんいなくはなりますが・・・

 私は、何も悪事を働かないような者を、出来れば斬りたくはありません。

 殺しが認められている、祭の参加者でもです。

 武術家なのに甘いと思われるでしょうが」


「いや、当然の事です」


「で、この事、お奉行様にはご相談されたのですか?」


「いえ、つい先程、そこの百姓から私に訴えが来たばかりで」


「では、まずは、お奉行様にご相談されては?

 お奉行様から、彼らにご注意をして頂く事も出来ましょう。

 その上で、どうしても動かないとなれば、私達が出ましょう」


「しかし、先程トミヤス様が仰った通りの懸念が残ります。

 ご注意が出た所で、打倒しても居着くような事になりませんかね?」


「居着いても、悪事を働かず真面目に働いてもらえば良いのです。

 住民が不安がっている。どうしてもそこに居たいなら、私達を向かわせる。

 負けたら、集落や冒険者ギルドで働くように、と、ご注意を出して下さい」


 はた、とハチが膝を叩いた。


「なるほど!」


「居着くようになっても、真面目に働いてくれるなら、問題ないでしょう。

 集落の方々の仕事を真面目に手伝えば、すぐに皆の心も休まります。

 ギルドで働けば彼らも金が稼げますし、一石二鳥です」


「ううむ、さすがトミヤス様、そりゃあ良いお考えです」


「注意の上で働かずにいるようならば、それが捕らえる理由となります。

 そこで引っ捕らえてしまえば良いのです。如何でしょうか」


「なるほど! 上手い手です」


「それと、私達が出張るような場合になった時は、ですけど・・・

 同心の方のご同行を願えますか。

 まあ、同心でなくても、奉行所の方であれば誰でも良いのですが」


「我々の立ち会いが必要でしょうか?」


「もし、真剣で斬り合いとなりますと、いくら祭の参加者だと言っても、さすがに集落の方々も心が休まらないでしょう。相手も多いですから、死人も多く出るかもしれません。始まる前に、同心の方から集落の方々へ、お伝えを願いたいのです。同じ祭の参加者の我々が伝えるより、安心してくれるでしょう」


 死人、と聞いて、ハチの顔が暗くなった。


「む・・・確かに、真剣となると・・・死人も出ましょうな・・・」


「それと、もうひとつ。

 私の組の者は既に決まってはいますが、まだ許可が下りていない者がおります。

 祭の参加者ではないので、真剣で斬り合いとなると面倒です。

 ですが、今回はその者達も同行させたい。

 10人以上では、私の手に余るかもしれないからです。

 真剣で斬り合いになった場合、身内以外のちゃんとした証人が欲しいのです」


 む、とハチが頷いた。


「なるほど。同心が同行しておれば、れっきとした証人となりますな」


「お手数をお掛けしますが、よろしいでしょうか」


「何をおっしゃいます。お手数お掛けしちまうのは、こっちの方で。

 では、お奉行様へご相談の上、すぐに勧告の使いを出します。

 使いが戻りましたら、改めてトミヤス様にご報告に参ります」


「お待ちしております」


 と、マサヒデは頷いた。



----------



 ハチが出て行ってから、マサヒデは着込みを脱いで、細かく点検した。

 棒手裏剣を抜いて、1本1本、並べて確認する。


 少ししてから、からからから・・・と玄関の開く音。


「只今戻りました」「帰りました!」


 マツとクレールが帰ってきた。


「おかえりなさい」


 マサヒデが振り向くと、2人がひやっとした顔をして、


「どうかされたのですか・・・」


 マツが恐る恐る、と言った感じで聞いてきた。

 ちょっと、怖い感じになっていただろうか?


「ええ。ちょっと斬り合いになるかもしれませんので」


 そう言って、マサヒデは改めた着込みを着る。

 驚いて、マツとクレールがマサヒデの横に「がば!」と座った。


「斬り合いですか!?」


「立ち会いの所望でも!?」


「いえ。相手は勇者祭の方々です。ただ、ちょっと問題がありましてね。

 祭の参加者ですので、真剣勝負になるかもしれません、て事です。

 まあ、まだ斬り合いになるとは決まってませんが、念の為です」


「祭の・・・」


「そうでしたか・・・」


 ふ、とマサヒデは小さく笑い、


「お二人共、こんな事で驚いてはいけませんよ。

 今回は、多いとはいえ、相手のいる所がちゃんと分かってるんです。

 夜道で後ろからバッサリだって、勇者祭ではありなんですから」


 くい、とマツがマサヒデの袖を持つ。


「こんな事って・・・それは、分かってはおりますけど・・・

 マサヒデ様、心配になることは変わりないですよ」


 マサヒデはにこ、と笑って、


「マツさん。あなた、自分が夫と決めた男が、負けるとでも思ってるんですか?

 ははは! 私は300人抜きのトミヤスですよ!」


「それは・・・でも、怪我でもされたら」


「大丈夫です。もし行くとしても、私1人ではありませんよ。

 行くとなったら、全員です。

 アルマダさん達にも、同行をお願いしようと思っています」


「ハワード様のパーティーもですか?」


「相手は10人以上いるそうですから」


「10人!?」「10人以上!?」


 驚いて、マツもクレールも仰け反ってしまった。

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