第27話 狩りに行こう・完


 泣き崩れていたマツがいきなり立ち上がり、


「皆様、ここで釣りをお楽しみ下さいませ。

 私、少し反省せねば・・・」


 そう言って、すたすたと歩き出した。

 シズクがマツの背中を見送りながら、


「なあ、マツさん、どうしたんだ?

 そんなに石を強く飛ばしたかったのかな?」


「さあ・・・自分の高慢さがどうとか・・・」


 と、皆で不思議がっていると、離れた所でマツが足を止めた。

 地面に正座して座ったかと思うと、マツの前に大きな火が上がった。


「うわあ!?」


「マツさん!? ・・・皆、危ないから、ここにいて!」


 シズクとマサヒデが駆け寄ると、


「のうまくさんまんだーばさらだん、せんだんまかろしゃだやそはたや、うんたらたかんまん、のうまくさんまんだー・・・」


「・・・」「・・・」


 これは火の神様の真言だ・・・

 マツは手で印を組んで、真言を唱えている。


「のうまくさんまんだーばさらだん・・・」


(ちょっと、マサちゃん)


 ちょい、とシズクがマサヒデの背中をつついた。

 そー・・・と下がって、シズクの横に立つ。

 シズクは口に手を当てて、


(邪魔しないでおこう。ね)


 こくん、とマサヒデは頷き、2人は静かにマツから離れて行った。

 皆が、マサヒデとシズクと、後ろで燃え上がる炎に向かうマツを見つめている。

 マサヒデが戻って来て、


「何か・・・必死に真言を唱えていました・・・」


 はあ? と、疑問符いっぱいの顔で、クレールが、


「しんごん? お経みたいな、あれですか?」


「はい・・・一体、マツさんの中で何があったんでしょう・・・」


「・・・」


「まあ・・・あれで落ち着くなら・・・

 皆さん、しばらく放っておいてあげて下さい。

 自分の高慢さが、とか言ってましたから、何か反省する所があったのかも」


「はあ・・・」


「心配ありませんから、あと半刻ほど釣りをしたら帰りましょうか。

 マツさんは、風の魔術でいつでも飛んで来れるから・・・あのままで」


「マサヒデ様、放って帰っちゃうんですか?」


 マサヒデはクレールに少し憂いを含んだ目を向け、ゆっくり首を振った。


「クレールさん。ああいう時に声を掛けてはいけません。

 落ち着くまで、そっとしておいてあげて下さい。

 お腹が空いたら、帰ってきますから」


 お腹が空いたら・・・?


「もし、明日の朝になっても帰って来なかったら、呼びに来ましょう。

 魔術師協会の仕事もあるんです。

 自分の満足の為に、他に迷惑を掛けてはいけません」


「あの、そういう・・・ものですか?

 神様にお祈りしてるんじゃ・・・」


「マツさんが仕事を放って祈ってても、神様が喜ぶわけありません。

 マツさんは、オリネオでただ1人の魔術師協会員なんですよ。

 町の人が皆、困ってしまうじゃないですか。

 それを見たら、神様は怒ってしまうに決まってるでしょう」


「それは、そうかも・・・」


「ね。だから、落ち着くまで放って置いて下さい。

 でも、朝になっても戻らなかったら、引っ張ってきます」


「ううん・・・わかりました」


「じゃ、そういう事ですから、皆さん、ご心配なく。

 釣り、しましょうか。カオルさん、そろそろ捌いていって下さい」


「は」



----------



 半刻後。


「ははは! いっぱい釣れましたね! 駕籠に入り切りませんよ!」


「猪も狩れたし、今日は豪勢だね!」


 手際良くカオルが魚を捌いていく。

 マサヒデとシズクは、入り切らない魚を手拭いにまとめている。


「マサヒデさん」


「ん?」


 ラディが指差した方には、マツがまだ炎の前に座っている。


「大丈夫ですよ。マツさんなら、熊も狼も虎も怖くありませんから。

 なんなら、竜でも倒しちゃうでしょう」


「いや、そういう事ではなく」


「心配ありませんよ。マツさんの事です。

 何で先に帰っちゃったんですか、とか言いながら、夕餉の時間に帰ってきます」


「そうですか?」


「ええ、そうですよ。カオルさんもシズクさんも、そう思いますよね?」


「はい」


「だね。先に食べてたら怒っちゃうかもね。あはは!」


「そういう事です。心配ありませんよ」


「師匠・・・」


 ラディが心配そうな顔で、マツの背中を見る。


「ま、もし帰って来なくても、朝には連れて来ますから。

 ラディさんはご心配なさらず」


「はい」


「さて・・・と。じゃあ、シズクさんは猪を持ってきて下さいね。

 私とカオルさんで、魚を持って行きますから」


「はいよー」


 どすどすとシズクが走って行って、うんしょ、と川から猪を引き上げる。

 マサヒデとカオルも、魚を持ち上げた。


「じゃあ、帰りましょうか」


 ちら、とマツの方を見ると、まだ火が燃えていた。



----------



 魔術師協会に戻った頃には、もう日が暮れかけていた。


「じゃ、ラディさん、このまま縁側に座って、少し待ってて下さい。

 猪の肉を切り分けますから。

 お父上もお母上も喜びましょう」


「ありがとうございます」


 台所では、カオルが猪の足の切り落としていた。

 ぴ! と小太刀が綺麗に振られ、足が落ちる。

 落ちた足に、しゅ! と小太刀を振るう。

 シズクが拾い上げ「べり!」と皮を剥ぐ。


「ご主人様、どのくらいお渡ししましょう?

 あまり多くても重いでしょうし、魚もありますし」


「いやあ、あのお父上は沢山食べるでしょう。

 私が持って行きましょうか。

 と言っても、さすがに半分は食べ切れませんよね」


「では、この足2本と、尻の辺りくらいで」


 すすーとカオルが猪の上で指を滑らせる。


「そうですね」


 カオルがシズクの方を向き、


「ここら辺まで、べりっとお願いします」


「はいよっ!」


 べり! と皮が剥かれる。

 革を剥ぐのは大変な作業だが、シズクには簡単なものだ。


「シズクさん、もう少し丁寧に出来ませんか?

 ほら、革にこんなに肉が」


「まだ難しいよー。血も抜けきれてないしさー。

 水に浸けといて、後は明日にしない? 今日は魚にしてさ」


 カオルがすいすいと包丁で大きく肉の塊を切り取って、桶に入れる。

 ぱちゃぱちゃと軽く洗って、手拭いに包む。


「では、こちらを」


「ありがとうございます」


 マサヒデは足2本と尻の肉の塊を受け取り、魚を持って、縁側に回った。

 ラディがぼーっと座っている。

 居間では、疲れてしまったのか、クレールがこてんと寝転がっていた。


「ラディさん」


 は、とラディがマサヒデの方を向き、立ち上がった。


「お待たせしました。多いので、肉は私が持って行きます。

 こちら、魚です。持ってもらえますか」


「はい」


 マサヒデに差し出された、魚が包まれた手拭いを受け取る。

 ずっしり・・・結構な量だ。


「では、行きましょうか」


「はい」


 通りに出て、しばらく無言で歩く。


「む、そうだ。ラディさん、この肉ですが」


「なんでしょう」


「焚き火の時は気にならなかったと思いますが、まだ血が抜けきれてません。

 料理にすると、結構、癖というか臭みがあります。

 水に浸けておけば血が抜けますから、明日食べた方が良いでしょう。

 今晩はその魚で」


「はい」


「で、狩りはどうでした」


「色々・・・」


 ラディが言葉を切って、足を止めた。

 ここからでは見えない、森の方を振り返った。

 マサヒデも足を止め、西日に照らされたラディの顔を見上げる。


「色々、教えられました」


「そうですか。良い狩りが出来たようですね」


「はい」


「では、帰りましょうか」


「はい」


 2人は西日を背負って歩き出した。

 ずっと影が伸びている。

 ちら、とラディがマサヒデの手の猪を見た。


 カオルの言葉を思い出す。

 『我々は、あらゆる命と、天と地に生かされている』


 良く聞く説教だが、今日の狩りで、それを心から実感出来たと思う。

 手に持った魚の重さが、重くなったように感じた。

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勇者祭 13 開眼 牧野三河 @mitukawa

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