第26話 狩りに行こう・10


 皆が幸せな顔で肉を頬張り、握り飯を頬張る。


 マサヒデがにこにこしながら、


「クレールさん、釣りはどうでした」


 ぴたりとクレールの動きが止まった。

 マツもラディも虫を思い出したのか、口の中をごく、と飲み込み、手が止まった。


「あの、1匹だけ・・・」


「おお、ちゃんと釣れたんですね! すごいじゃないですか」


 ちら、と革袋に目をやると、動いているような気がする。

 動いてはいないが・・・


「・・・」


 素直に謝ってしまおう。

 もう釣りは嫌だ!

 あんな虫は嫌だ!

 ば! とクレールは頭を下げ、


「マサヒデ様、申し訳ございません!

 あの、虫が・・・あの虫は、とても無理です!

 私にはあの虫を触ることが出来ません!

 慣れるなんて、無理です!」


「ああ・・・そうでしたか。

 ま、仕方ないですね。じゃあ、肉も取れましたし・・・」


 マサヒデは切られた肉をひとつ取って、細切れに切っていく。


「これでも釣れるでしょう。

 どうです。まだ日も高いし、食べたら、一緒に釣りませんか?」


 生肉。

 あまり触りたくはないが、蛆虫より全然ましだ。

 マツ、クレール、ラディの3人が、じっと肉を見る。


「・・・」


「そ、それなら・・・」


 マツが恐る恐る、


「あの、マサヒデ様・・・あまり、聞きたくはないのですが・・・」


「なんでしょう?」


「あの、魚の腹の中に、あの虫が・・・」


 は! とクレールとラディが顔を背けた。

 それは聞きたくない!


「ははは! そんな心配してたんですか!

 捌いて腹の中は出しちゃうから、心配ないですよ」


「そうでしたか! 良かった・・・今迄、あれを食べてたかと思うと・・・」


「ふふふ。大丈夫ですって」


 マツ達に笑いかけるマサヒデに、カオルが声を掛ける。


「ご主人様、猪はこのまま持って帰りますか?」


「ええ。このまましばらく水に浸けて、血抜きをしたら、牡丹鍋にしましょうよ。

 革はどうしましょうかね。硬いですし・・・」


「革は是非とっておきましょう。

 猪の革は優秀です。10年、20年と使えます」


「そうなんですか?」


 クレールも顔を向けた。


「マサヒデ様、知らなかったんですか?

 猪の革はとても良いのですよ。丈夫で長持ちです。

 私の鞄も、猪型の魔獣の革を使いました」


「猪の魔獣、ですか・・・」


「今の所は使い道が無くとも、馬車の敷物にでもしておけば」


「ああ、そう言えば、椅子はあっても敷物がなかったですね。

 何か敷いておかないと、尻を痛めてしまいますね・・・」


「革だけでは足りますまい。

 幌の替えを買っておき、畳んで下に敷けば柔らかくなりましょう。

 毛布代わりにもなりますし」


「む、それは良い考えです。鹿の革もそうしましょうか」


「お任せ下さい」



----------



 食事を終え、マサヒデは長めの枝を拾って来た。

 ぴ、ぴ、と枝を払って、釣り竿を作る。


「じゃあ、これカオルさんの」


「は」


「これ、シズクさんのです。握り潰さないように注意して下さい」


「はーい」


「これ、ラディさんのです」


「はい」


「じゃ、私達は虫で釣りますから・・・

 虫が駄目な人は、さっきの肉を使って下さい」


「は、はい」


「・・・はい」


「はい」


 マツ、クレール、ラディがちょっと顔を背けた。


「そんな顔しないで下さいよ・・・

 マツさんだって、釣れた時は楽しかったでしょう?」


「ええ、まあ・・・ぐっと来ましたけど・・・」


「今度は虫じゃないんですから。

 さっき、猪の肉、食べたでしょう。

 あんな贅沢な物を餌にするんですよ?」


「はい・・・」


 カオルとシズクが、くす、と笑った。


「さ、やりましょうか」


 皆が餌を付けて、川に投げ入れる。

 少しして、


「お、そうだ。ラディさん」


「はい」


「お父上の脇差、試してみましたよ。猪の首を落とす時」


「はい」


「すごかったですよ。あんな太い首が、すとんと・・・

 ちゃんと骨まで斬った手応えもあったのに、全く刃が傷んでなくて」


「ありがとうございます」


「いや、礼を言うのは私の方ですよ。

 凄い物を頂いてしまいましたね」


「いえ・・・」


「そうそう。これ拾ってきたんですけど、細工とかに使いますか?」


 懐から、拾って来た猪の牙を出して、差し出す。


「牙・・・ですか」


「ええ。鋭いでしょう。あまり見ないと思いますが。

 そちらで使い道が無ければ、細工屋にでも売って下さい」


 ラディは右手で竿を持ちながら受け取り、しげしげと眺める。


「ふむ・・・」


 固くて、鋭い。

 鞘でも付ければ、このままナイフに出来そうだ。

 流石に、研いで斬ることは出来ないだろうか・・・

 飾りにするのが良さそうだが、何か実用的な・・・


「引いてますよ」


「え? あっ!」


 ぐいぐいと竿が引っ張られている。

 慌てて引き上げると、魚が釣れた。


「あ! 釣れた!」


 びちびちと身体を振り、魚が暴れる。

 マサヒデが歩いてきて、上がった魚を握った。


「こうやって握ってしまいまして」


「はあ」


 生きた魚を握るのも、ちょっと怖い。


「この針を抜いてしまいます。こう・・・」


 針が抜けた。


「ふむ」


「で、魚はこの駕籠に入れて下さい。

 後でまとめて捌いてしまいますから」


 ぽとん、と釣れた魚を駕籠に落とす。

 駕籠の中で、びたんびたんと魚が暴れている。


「はい」


「で、あの肉を付けて、また、と」


「はい」


「初めて釣った魚はどうでしたか?」


「え・・・牙を見ていたもので、さっぱり・・・」


「ははは! じゃあ、次に釣れた魚を初めてにしましょうか」


 マサヒデは自分の竿を拾い上げ、釣りを始めた。

 ラディは細切れになった肉を摘む。


(う・・・)


 針に刺そうと、少し指先に力を入れると、むにゃ、とした感覚。

 我慢だ。虫よりは全然良い。


「やったあ!」


 後ろでクレールの声が上がる。

 カオルもぴ、ぴ、と釣り上げては小刀で頭を刺し、足元に落としている。

 餌も使っていない・・・

 あれは、針で引っ掛けているだけなのか?


 てすてす、とクレールが歩いて来て、魚を駕籠に入れた。


「んふふ、私も釣れましたよ!

 ね、ラディさん、シズクさんに、あれ見せてもらいましょうよ」


「あれ?」


「石投げです」


「ああ・・・」


 そう言えば、カオルが恐ろしい威力だと言っていたが・・・

 2人であぐらをかいて竿を持つシズクの後ろに立つ。


「シズクさん」


「ん?」


 シズクが暇そうな顔を向けた。

 目を輝かせながら、クレールがシズクに顔を近付ける。


「カオルさんから聞きました!」


「え、え、何を?」


「石投げるのがすごいって! 見せて下さい!」


「え、そう? そんなにすごいかな・・・」


 シズクが照れて頬をかく。


「いや、私達はまだ見てないので分からないです」


 冷静なラディの声。

 お、とマサヒデとカオルが笑いながら、シズク達3人を見ている。

 マサヒデは笑いながらマツの隣に立って、


「マツさん、すごい物が見られますよ」


「すごい物? 大物が釣れるんですか?」


「いえ。シズクさんの石投げです」


「あ、何やらすごい威力だとか・・・」


「ええ。先程も、猪の頭を半分吹き飛ばしてしまいましたからね」


「へえ・・・」


 マツがシズクの方を向くと、よし、とシズクが竿を置いて立ち上がった。

 ぐるんぐるんと腕を回し、


「よーし、見てなよ。あの、川の向こうの木ね。あれに当てるぞ!

 ここなら近いから、全力でも当たるよ!」


 あれ、と指差された、少し太めの木。

 ラディとクレールとマツは、木に顔を向けた。

 シズクがごそごそと石を取り出す。


「いっくぞー! うーん・・・しゃあ!」


 ぶん! ぱがーん!


「・・・」「・・・」


 クレールもラディも、呆然として木を見つめた。

 ものすごい音の後、ふわ、と砂埃のような物が上がり、木の幹に穴が見えた。

 飛んでいく石が見えなかった・・・


「いっけない、ちょっと全力はまずかったかな・・・

 ちょっと強い風が吹いたら、倒れちゃうかも」


 少し離れた所で、マツがふるふると震える指で木を指差した。


「マサヒデ様・・・あれ、ただ石を投げただけですか?」


「そうですよ。流石は鬼族ですよね」


「・・・」


 私の土の魔術で、一握りくらいの石で、あれだけの穴が開けられるだろうか?

 ふわ、と小さな石が、マツの目の前に浮いた。

 尖った石ではなく、投げやすい、同じような丸い石。


「お? マツさんもやりますか」


 すー・・・と集中するマツの背中から、黒いオーラが立ち上る。

 恐ろしい気配を感じ、は! と皆がマツの方を振り向いた。


「むん!」


 石が飛んだ瞬間、マツは「負けた!」と確信した。

 これは、シズク程ではない。

 ぱん! と音がして、石は木の中程までめり込んだ。


「くっ・・・私も、まだまだですね・・・」


 ぎ、とマツが奥歯を噛む。


「ははは! マツさんはものすごい大きな石が出せるから、勝ちですよ!」


「そういう問題ではないのです。そういう・・・」


 がっくりしたマツの背中から、すーっと恐ろしい気配が消えていった。


「あれだけ威力があれば、シズクさんだって倒せるでしょう?

 十分じゃないですか」


「マサヒデ様・・・威力云々ではないのです。

 これは、私の矜持・・・いえ、高慢さの・・・」


 ぱたん、とマツは釣り竿を落とし、座り込んでしまった。


「マツさん!?」


「私・・・まだまだですね・・・」


 マツの目から、一筋の涙が落ちた。


「ええ? 一体どうしたというのです?」


 この世界で勝てないのは父(魔王)だけ。

 以前はそう思っていた。

 しかし、カゲミツに負けた事で、己の高慢を戒めたつもりであった。


 今また、シズクに負けてしまった。

 先日の稽古では、手も足も出させずに終わった。

 ごろごろして、気品も、女らしさの欠片もない。


 見下していた・・・

 マツは己の高慢さを恥じて、泣き始めた。


「ちょ、ちょっと!? マツさん!?

 そこまでシズクさんに負けたのが悔しいのですか?」


 驚いて、皆も駆け寄って来た。

 いきなり泣き崩れたマツを囲んで、皆が心配そうな顔を向ける。


「違うのです。悔しいのではないのです・・・

 マサヒデ様、私、高慢でした・・・

 皆様、申し訳ありません」


「は? なんで謝るんですか?」


 マツは一体どうしたのだ?

 石投げでシズクに負けたのが、そこまで悔しかったのか?

 良く分からない顔をして、皆が顔を見合わせた。

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