第3話 魔剣、再調査・3


 ぴいん・・・空気が変わって、別の空間に入った。

 音が消える。


「ん?」


 きょろきょろとラディが周りを見渡す。

 居間でカオルとクレールが何か話しているが、声が聞こえない。


「ん? ん?」


「ラディさん、ここが誰にも見えない、聞こえない場所です」


 マサヒデが声を掛ける。


「ここ・・・? あっ・・・」


 縁側に、いつの間にか、あのナイフの形の魔剣が置いてある。


「これはマツさんの独自の魔術です。

 我々は、外からは完全に見えない、聞こえない。そういう魔術です。

 この魔剣は、何かあっても良いように、今までここに封印していました」


「え? え?」


 マサヒデはすたすたと歩いて、魔剣を拾い上げる。

 そのまま縁側を上がって、座っているクレールに手を伸ばすと、手がすっと通る。


「あ!」


 マサヒデがそのまま手を振る。

 手はクレールの身体をすいすいと通り抜けている。


「このように、私達から外に何か干渉することは出来ません。

 声も聞こえないし、魔術も通りません。ここが、絶対に安全な場所です。

 魔術関連の品だと思っていたので、この魔術の場で調査をしなかったんです」


「・・・」


 言葉もなく、ラディの身が固まって、顔が蒼白になった。

 ここに閉じ込められたら・・・

 これが、師と崇めるマツの魔術なのか。なんと恐ろしい・・・


「これで、この勇者祭の目付け帯から覗かれる事もありません。

 ここは絶対に安全です。どんな忍も入り込めません。

 魔王様や父上でも、外に出ることは出来ますが、入ることは出来ないでしょう。

 さて、ラディさん」


「は、はい」


「まず、座りましょうか。確認は簡単ですから」


 皆が縁側に座る。皆、厳しい顔だ。


「今回、確認する事はご存知ですね。

 この魔剣が、何らかの力を持った剣になったら、その力まで再現出来るか」


「はい」


「ラディさん。魔神剣か、月斗魔神、しっかりと像を思い浮かべられますか」


 ラディの喉が鳴る。

 皆の目が、ラディに注がれている。

 きり! と顔が変わり、ラディの身体が緊張した。


「はい」


「うん・・・確認するなら、月斗魔神の方が分かりやすいですかね。

 振るだけで、力が出ますから・・・

 魔神剣で雷を呼んだ瞬間、集中が切れてずどん! は危ないですし」


 アルマダも腕を組んだまま、深く頷く。


「そうですね。私もそう思います。どの力も、振るだけで分かります。

 振らずとも、月斗魔神の体力が回復する力があれば、すぐ分かります」


「では、ラディさん」


 マサヒデはラディの手を取って、そっと魔剣を乗せた。


「皆に注目されて難しいかもしれませんが・・・

 思い切りこの魔剣に集中して、月斗魔神の像を浮かべて下さい」


「はい」


 す、とラディが立ち上がり、少し離れた庭の真ん中に立ち、魔剣を構えた。

 目を瞑り、集中する。


(む)


 一瞬、刀の姿が出た瞬間、


「ああーっ!?」


 ラディが大声を上げて、魔剣を取り落とす。

 顔が蒼白になり、身体が震え出した。


「・・・」


 皆の目が、厳しくなった。

 月斗魔神の力のひとつ。持ち手に、無限の体力を与える力。

 間違いない。ラディは、あれを感じたのだ。


「ラディさん。魔剣を拾って、一度こちらへ」


「は、はい」


 震える手で魔剣を拾い、何とか、という感じで鞘に収め、ゆっくり縁側に座った。


「分かりましたか」


「はい、はい! 今、確かに、手に温かみが!

 あれは、カゲミツ様に持たせて頂いた時と同じ・・・」


「・・・」


 震えるラディを、皆が険しい顔で見つめる。


「少し、落ち着くまで休んで下さい。さ、横になって」


 マサヒデは蒼白になって震えるラディの背に手を回し、そっと寝かせた。

 置かれた魔剣を手に取る。


「何て危険な代物なんだ・・・まさか、月斗魔神の力を再現出来るとは・・・

 これは、数ある魔剣の中でも一際恐ろしい魔剣だ」


 小さく声が出た。


「お父様は、この可能性に気付いていなかったのですね」


 マツも、ぽつんと呟く。


「魔王様も、色々な形になるとまでは、気付いていたかもしれませんが・・・

 しかし、特殊な力まで再現出来るとは、考えが及ばなかったのでしょう」


 アルマダも険しい顔で小さく呟く。

 マサヒデ、アルマダ、マツの3人の目が、じっと魔剣に注がれた。


「ラディさん。落ち着いてから・・・もう一度、確認をしてもらえますか。

 しばらく、そのまま休んでていいですから」


「はい」


「見たことのある力だけ、という可能性もありますから。

 恐ろしいかもしれませんが、そこも確認しておきたい。

 月斗魔神なら、振るだけで力が分かりますから」


 真っ青な顔のまま、ラディは身体を上げた。


「確認すべきです」


 マサヒデはラディを抑えるよう、軽く両手を上げ、


「まだ、寝てた方がいいですよ。集中力も」


「いえ。やります。大丈夫です」


 マサヒデの言葉を遮り、ラディは手を差し出した。

 まだ顔色は悪いが、真剣な顔になっている。

 頷いて、マサヒデはそっと魔剣を渡した。


「では、お願いします」


 そっと魔剣を受け取り、ラディは庭に立った。


「・・・」


 目を瞑り、魔剣に集中。真・月斗魔神の姿・・・

 す、と刀の形に変わる。


「ん・・・」


 静かに、ゆっくりとラディが魔剣を横に払った。

 すわわわ・・・と、刀の軌道に残像が残る。

 真・月斗魔神の力。

 羽のように軽くなるのに、岩をも砕き、その剣の軌道に残像を残す・・・


 刀が消え、魔剣が小さなナイフに戻った。

 か! とラディの目が見開かれ、消えていく残像を見つめている。


 皆の息が止まり、しーん・・・と無音になった。

 この魔剣は、姿さえ再現出来れば、見たことのない力も全て再現出来るのだ。


「ありがとうございました」


 マサヒデの小さな声が、無音の空間に大きく聞こえた。


「・・・」


 無言のまま、ラディは魔剣を収め、縁側に歩いて来た。

 マサヒデの前に立ち、すっと魔剣を差し出す。

 こく、と小さく頷いて、マサヒデは魔剣を懐に入れた。


「旅の目的が、ひとつ増えましたね。

 何があっても、この魔剣を無事に魔王様の元に届け、今の結果を伝えること。

 そして、厳重に封印してもらうように頼むこと」


「・・・」


 皆が厳しい顔で黙り込んだまま、緊張に包まれている


「魔剣ラディスラヴァとしての申請は、その場で魔王様に承認してもらえば良い。

 ラディさん。確認しますが・・・封印されても、構いませんね」


「はい」


「今は、あなたのお父上にも絶対に秘密にして下さい。

 封印された後なら、お伝えされても結構ですから」


「はい」


「念の為、もう一度。この力は、何があっても、絶対に使わないで下さい。

 旅の間は、魔力が補充出来る、ただの便利道具として使います。

 もし放映されでもしたら事ですし・・・そもそも我々には扱えませんからね」


「はい」


「良いですか。たとえ、命の危機に晒されても使ってはいけません。

 例え我々のうち誰かが命を失ったとしても、絶対に知られてはいけません」


「はい」


 ふ、と小さく息を吐いて、マサヒデは肩の力を抜いた。


「よし・・・では、皆さん。力を抜いて、険しい顔を落ち着かせましょう。

 ふふふ、顔でバレても困りますからね。緊張もここまでです。

 やはり、この魔剣は、ただの便利道具でした」


「ええ。ずっと魔力が補充出来るなんて、便利な物です。

 マサヒデさん、それ譲って下さいよ。ははは」


「あ! カオルさんとクレールさん、まんじゅう食べてるじゃないですか・・・」


「ふふふ。マサヒデさん、女性は皆、甘い物が大好きなものですよ」


「蟻みた・・・ん、んんっ!」


 さすがにアルマダは落ち着いたものだ。もう顔の緊張は解けている。

 マツはまだ険しい顔で、ラディも真っ青な顔のままだ。

 この2人が落ち着いたら、戻ろう。

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