閑話 カオル対アルマダ

第4話 カオル対アルマダ


 魔術師協会の居間。


 にこにことクレールと談笑するカオル。

 思いのほか時間がかかっているな? と、感じ、カオルは不安を覚えた。

 これは、あの調査では分からなかった、何らかの力が確認出来たに違いない。

 ご主人様の予想通り、即警戒しなければいけない程の、恐ろしい力があったのだ。

 ラディを連れて行ったのは、恐らく色々な形の武器を試すためだ。


 誰かが怪我でもしていなければ良いが・・・

 山盛りのまんじゅうに手を伸ばし、3個目を取った所で、きいん! と高い音が響いた。


「や、すみません。遅く・・・あっ! そんなに山盛りにまんじゅうを!?」


「クレールさん、いくつ食べたんですか!?

 ドレスが入らなくなったらどうするのです!

 甘い物は程々にしませんと、すぐ太りますよ!?」


「いいじゃないですか。お待たせしたんですから」


「私も・・・」


 クレールはもちゃもちゃとまんじゅうを食べている。

 マサヒデ、マツ、アルマダ、ラディと、ぞろぞろと縁側を上がってくる。


「どうぞ」


 カオルが皆の前に茶を差し出す。

 何でもない顔をしているが、やはり4人から小さく緊張を感じる。

 これは、間違いなく何かあった。

 アルマダが湯呑を手に取り、


「ところでカオルさん、急いで来たから聞けませんでしたが」


「は」


「新しい変装ですね。随分と凛々しいじゃないですか。

 凛々しいだけでなく、美しい。素敵ですよ」


「は。この姿の時は、ご主人様の内弟子という形で。

 小太刀を持っていても不自然ではないように、和装にしました」


「ほう? 内弟子?」


「はい。内弟子とあらば、訓練場でも堂々と稽古出来ます。

 使いに出されても、不自然ではありません」


「なるほど。考えましたね。

 ふむ。羽織を長着にしたのは、得物を隠しやすくする為ですね?」


「お察しの通りです」


「素晴らしい発想です」


 アルマダがまんじゅうを手に取り、口に運ぶ。


「似てますね」


 ぽつん、とラディが口にした。

 ぐ! とカオルの動きが止まる。


「そう、ですか?」


「はい。カオルさんなら、着物姿も良く似合うと思いますが」


「いえ、着物姿ではいけないのです。

 着物姿では、得物も隠しづらいですし、立ち回りになった時、不自然ですし」


「なるほど。考えられています」


 ずずー・・・

 気にしていたんだな、と、アルマダは小さく笑った。


「髪を上げていない所に、凛々しさの中に女性らしさが感じられます。

 小さな所ですが、素晴らしい発想です。美しい姿だと思いますよ」


「ハワード様、お褒め下さり、ありがとうございます」


 ん、とラディが自分のポニーテールを触る。


「女性らしさ・・・私も下げた方が良いでしょうか」


 ぴく。


「いや。ホルニコヴァさんは、その方が美しく見えますよ」


 アルマダのフォローが入った。


「美しい、ですか」


 ぽ、とラディの頬が染まり、目が少し下を向いた。


「ええ。ホルニコヴァさんは、その髪型の方が美しいと思います」


 堂々と恥ずかしい言葉を口にして微笑むアルマダの顔を見て、部屋中の皆が、


(さすがアルマダさんだ!)


 と、感じ入った。

 ついー、と音を立てずにアルマダは茶を飲んで、


「さて、と。せっかくここまで来たんです。

 カオルさん、帰る前に、訓練場で一本どうです?

 私、あなたとの立ち会いはまだありませんし」


 ぴく、とカオルの眉が動いた。

 マサヒデの方を向くと、笑顔で頷く。


「是非とも」


 マサヒデがにやりと笑って、


「じゃ、私達も見学しましょうか? 皆さん、どうです」


「見たいです」


「行きます!」


「では、私も」


 マツもクレールも、にこにこしながら賛同した。

 カオルの立ち会いは、いつも派手になるので、見ていて楽しいのだろう。

 ラディも試合の時は治療で忙しく、見られなかったはず。きっと驚くだろう。


「ふふふ。見物してくれる方が多いと燃えますね。

 では、参りましょうか」



----------



 冒険者ギルド、訓練場。


 午前中、マサヒデ達が稽古をしている場所は、冒険者達の立ち会いの場になっていた。皆に声を掛けて、場所を開けてもらう。ついでに、皆にもアルマダとカオルの立ち会いを見てもらうことにした。


「ちょっと、マサヒデさん。増えちゃったじゃないですか」


「見学です。見て学ぶんですよ。お二人の立ち会いは、良い勉強になるでしょう」


 後ろから、冒険者達のこそこそ話す声が聞こえる。

 「あれ、トミヤス様と立ち会った」「弟子になったのか」「試験か?」

 ちらちらと、冒険者達がカオルの方を見ている。


「ご主人様。私も落ち着きません」


 カオルが不安げな顔を向ける。

 マサヒデは、ふう、と息をつき、少し呆れた顔を向けた。


「カオルさん・・・今更、何言ってるんです。

 人前で暴れても平気なように、その姿にしたんじゃなかったんですか?

 あなた、これからは、皆の前で稽古するんですよ?」


「む・・・それは、そうですけど・・・」


「じゃ、私が審判役ですね。始めますよ」


 やれやれ、とアルマダがカオルに声を掛ける。


「カオルさん、仕方ないですね。諦めましょう。本気でいきますよ」


「では、私も本気で」


 は。『本気で』・・・まさかな。

 マサヒデがカオルを止めた。


「ちょっと、カオルさん、本気だからって、火とか毒とかは駄目ですからね」


「む・・・そうでした。気を付けます」


 使う気だったのか・・・注意しておいて良かった。

 マサヒデは、ふう、と息を吐いて、


「手裏剣はありで良いですが、他はいけませんよ。

 あ、撒菱もありで良いか。

 他に何か、粉っぽい物じゃない得物はないですよね?」


「今はありません」


「良し。じゃあ、始めますよ。構えて」


 マサヒデが手を上げた。


「ふふふ」


「は」


 にこにこしているアルマダと違い、カオルは固くなっている。

 飲まれている。緊張のしすぎだ。力が抜けないと、簡単に負ける。


「始め!」


「え」


 くるっと背を向けて、アルマダがさーっと走って行ってしまった。

 カオルが驚いて、目を見開く。


(これは危ない。避けないと死ぬ)


 試合前に、アルマダと立ち会った時、マサヒデははっきりと死を感じた。

 訓練用の得物でも、あの一撃は当たり所が悪ければ、死ぬ。


 ちら、と後ろを見た。

 ラディがいて良かった。即死でなければ良いが・・・


 カオルなら、簡単にこのアルマダの手を封じることが出来る。

 立ち会いの最中に、そこに気付けるか。


 がん、と壁を蹴って、アルマダが恐ろしい速さで駆けて来る。

 ゆらり、とカオルもゆっくり動き出す。


(アルマダさんに、通じるかな?)


 危険を感じたか、ナイフも出して二刀の構えだ。

 カオルとアルマダがすれ違った。


(避けられたか)


 恐ろしい速さと、重さを乗せたアルマダの振り。

 避けられたようだが、カオルの顔が固まっている。


 アルマダはそのまま駆け抜けていく。

 次の一振りに、今の緩急の動きが通じるか。

 ぐっとカオルの腰が沈む。


(ううん・・・それはまずい)


 外すつもりだろうが、受けに回るのはまずい。あれは流せまい。

 間違いなく、得物を弾き飛ばされてしまう。そのまま身体に当たったらまずい。

 まだ緩急をつけた動きで、避けに回った方が良い。


 アルマダの振りは正確だ。その上、絶妙な搦手も入れてくる。

 後ろにそのまま走って付いて行けば、あの勢いは簡単に殺せる。

 そこに気付きさえすれば良いのだが。


 アルマダが走って来る。

 カオルは受けに回っている。飲まれてしまったか?

 すっとナイフをしまい、棒手裏剣を抜いた。


(良し)


 さ! と棒手裏剣を投げつける。

 アルマダが剣で弾く。

 これで、振られても筋はブレる。

 多少ブレても恐ろしい威力だろうが、避けられる。


 しゅ! と振られた剣を躱し、アルマダの背に向かって棒手裏剣を投げながら、カオルはアルマダを追って走った。


(それで良い)


 走りながら、ナイフを抜く。

 アルマダが横に跳び、棒手裏剣を避け、くるりと回る。


(これで五分かな)


 あとは、離れず戦えば良い。

 勝てるかどうかは別だが、完全に不利な状態からは抜けた。

 カオルは音もなくすごい速さで横を駆け抜けながら、ナイフを振る。


(ナイフ?)


 小太刀ではなく、ナイフを振った。

 かん! と軽く下から剣が上げられ、弾かれて飛ぶ。

 カオルはそのまま少し後ろまで駆け抜け、アルマダの背中からほぼ水平に跳んだ。


 アルマダの下からナイフを跳ね上げた剣が、頭から背中まで垂れ下がる。

 が、カオルはゆるっと跳んで、薙ぎ払いかかった小太刀を止めた。


(うまい!)


 良い緩急だ。ここで速く跳んでいれば、小太刀は止めきれずに弾かれた。

 ナイフも囮、二重の搦手。

 カオルはアルマダの目の前でぴたりと着地、回りながら両手持ちで小太刀を薙ぐ。

 アルマダの剣も振り下ろされた。


「そこまで!」


 カオルの小太刀はアルマダの胴に。

 アルマダの剣は、カオルの首の根本に。

 真剣なら、どちらも真っ二つだ。


 見物人達から、ぱちぱちと拍手が上がった。

 固まったままの2人に、マサヒデがすたすたと近付いて、


「お見事です。相打ちですね」


 だらだらと汗を流し、固まったままのカオル。

 剣を引いたアルマダは大して汗もかかず、顎に手を当てて首を傾げている。

 どう見ても、相打ちの様子ではない。


「アルマダさん。カオルさんをどう見ます」


 は! とアルマダは顔を上げ、


「あ・・・素晴らしいです。ですが、まだ緩急の動きが甘い。

 最後、ゆるく跳ばず、速く跳んで振らずにおけば、私は負けたはずです。

 最初も、私に簡単に飲まれてしまった。全体的に落ち着きがない」


「最後、ゆるく跳ばずに良かったと」


「ええ。あそこで緩急をつける必要はなかった。

 私の目には見えてないんですから、わざわざゆるくする必要はなかったですね」


「なるほど」


「あ、いや。違いますね。そもそも、跳ばずに良かったんです。

 後ろから、ちょっと踏み込んで外から。それで一本取れたはず。

 焦りがあって跳んでしまったんですね。落ち着きがないんです」


「私も良い緩急だと思いましたが、なるほど、言われれば無駄な動きでした。

 確かに仰る通りです。カオルさんは、稽古をしていても焦りが多い。

 せっかちな所が、カオルさんの悪い癖です」


「ええ」


 アルマダはまた首を傾げて、考え込んでしまった。


(これは気付いたかな? それとも、父上が教えたかな?)


 アルマダの本性が出るのは、こういう広い場所での戦いだ。

 マサヒデが死ぬと感じてしまった、アルマダの本性。

 間違いない。掴みかけている。

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