第18話 カオルは内弟子になりたい・3


 がらっ。からからから・・・とん。


「ふう・・・上手く行きましたね・・・」


 息をつくマサヒデに、


「ご主人様、段取りが違うではありませんか」


「そうですよ。私共もはらはらしましてしまいましたよ」


「そうですよ!」


 皆のじっとりした目がマサヒデを責める。


「ふふふ。良いじゃないですか。盛り上がったんですから。

 これだけ派手にやっておけば、カオルさんの存在は皆に知れます」


「弟子入りを断られた時は、どきっとしましたよ」


「マサヒデ様、芝居も過ぎますよ」


「全くです」


「まあまあ・・・まずは居間に戻りましょう」


 すたすたと廊下を歩き、皆で居間に戻る。


「む」


 し、とカオルが口に指を当てた。

 次いで、くい、くい、と庭を指差す。

 見物人が数人、話を聞きに入り込んで来たようだ。

 こく、と皆が小さく頷いた。


 マサヒデは、どすん、と座り込んで、


「まあ、そこにお座り下さい」


「はい!」


 ちら、と縁側の方に目をやると、雨戸の陰から人の影が伸びている。

 雑な隠れ方を・・・

 ぱち、とカオルに片目を瞑って合図を送る。


「まず、お名前を聞きましょうか。

 全く、立ち会いに際して、相手に名乗りもしないとは・・・」


 がば! とカオルが頭を下げた。


「申し訳ございません! カオルと申します!」


「カオルさん。あなた、ご家族はおられるのですか」


「おりません。天涯孤独で御座います」


「そうですか・・・悪い事を聞きましたね」


「構いません!」


「ふう・・・」


 ちらちら。

 まだいる・・・


「まあ、確かにあなたの剣は、私から見ても良い物がありましたよ。

 しかし、私程度の者に弟子入りなど、あなたにとっても良くはありません。

 すぐ近くに父上の道場がありますから。父上は剣聖です。教え上手ですよ」


「マサヒデ様が良いのです! 何卒!」


「はあ、これは参りましたねえ」


 マサヒデもカオルも少し困惑した顔で、縁側に目を向ける。

 まだいる。これは話が決まるまで聞いているつもりだ。

 どうしようか・・・


「では、こうしましょう。1ヶ月あげます。私の元で内弟子として稽古して下さい。

 正直に言いますが、私は、自分が教え方が上手いとは思っていません。

 足りないと思ったら、いつでも出て行って構いません」


「ありがとうございます!」


「ただし、1ヶ月経って残っていたら、もう一度立ち会いを行います。

 その時、私が貴方に進歩が見られないと思ったら、出て行って下さい」


「は!」


 さささ、と気配が去って行く。


「・・・」


 全員去っただろうか。

 カオルに目を向けると、こくん、と頷いた。


「全く・・・野次馬が入り込んで来るなんて」


「ご主人様。盛り上げすぎですよ」


「そうですよ、マサヒデ様。あんなに人が集まってしまって」


「すごい人の数でしたね!」


「何を言ってるんですか。そもそも人を集める為に、ここでやったんですよ。

 目の前は冒険者ギルド、往来には町人の皆さんがいるんですから。

 立ち会いだ、なんて声が上がれば、ぞろぞろと人が集まって当然です」


「む・・・」


「ですが、おかげで、カオルさんも堂々とその姿で歩き回れるようになりました。

 もうメイド姿でこっそり武器を隠して、なんてこともしなくて良い。

 終わり良ければ全て良し、ですよ」


「ふん! 最初に断られた時は、どうしようかと思いましたよ!」


 ぷく、とカオルが頬を膨らませ、横を向いた。

 ふふふ、とマサヒデが笑う。


「おや、カオルさんがそんなに拗ねるなんて」


「見ていた私達も、このまま断ってしまうのではないかと・・・

 ねえ、はらはらしてしまいましたよね? クレールさん?」


「そうですよ! でも、立ち会いは格好良かったですよ!

 最後、素手でぱしーんと叩いて、カオルさんの刀が飛んで、からーんてなって」


「あ! そうでした! ご主人様、あれは一体どこで!?」


 ば! とカオルが背を伸ばし、ぐぐっとマサヒデに詰め寄って来る。


「どこでって・・・当然、トミヤス道場でです」


「トミヤス道場は、あのような技も教えておられるのですか!?」


「ええ。無駄な技術だが、何かの参考になるかも。知っておけ、と。

 私、無刀取りは無理ですけど、何とか、ぎりぎり飛ばせましたね。

 カオルさんが手を抜いてくれたから、格好良く決められましたよ。ははは」


 手を抜いたつもりはなかったのだが・・・


「・・・」


「父上は、あれ足でも出来ますよ。刀の先でこつーん、とか。

 でも、あんな事するより、普通に柔で転がしてしまった方が良いです。

 あんなの、ただの見世物ですよ。クレールさん、格好良かったでしょう?」


 にこ、とマサヒデはクレールに笑顔を向ける。


「はい! 驚きました!」


「うふふ。確かに良い立ち回りでしたね。お芝居みたいでした」


「カオルさんも、あんなの身に付けようなんて、時間の無駄です。

 普通に柔の練習した方が、全然良いですよ」


「は・・・」


「いや・・・待てよ、時間の無駄とは言えませんか。

 片手しか使えないような状況なら、使える事もあるかも・・・

 しかし、そんな状況に陥っちゃったら、いけませんからね。

 そもそも、カオルさんなら、逃げてしまった方が良い」


「そう・・・でしょうか?」


「ああ、そうか! カオルさんは片手で小太刀使うから、ありなのか!

 でも、シズクさんみたいな棒とか槍相手じゃ使えませんし・・・

 限定されてしまいますが、使えない事もないですね。

 でも、相手がそこでさっと2本目を出してきたら・・・ううむ?」


 マサヒデが腕を組んで唸りだしてしまった。


「ご主人様、あれを使うくらいなら、無刀取りを練習した方が良いでしょうか」


「ええ。私もそう思いますね。でも、無刀取りってそもそもどうやるんでしょう?

 父上は知ってますかね・・・知ってても、教えてくれるかどうか」


「技ではなく、心の方が何より大事とは聞き及んでおりますが」


「ううむ・・・」


 カオルまで、マサヒデと一緒に眉をしかめて、うんうん唸り出してしまった。

 こうなると、この2人はいつまで経っても話し続けてしまう。

 マツは微笑んで、


「クレールさん、サン落雁がありますよ。一緒に食べましょうか」


「はい!」


 マツは唸る2人を置いて、台所に茶を取りに行った。



----------



 がらっ。


「たっだいまー」


 日が沈んでから、シズクが帰って来た。

 マツが出迎える。


「シズクさん、お帰りなさい」


「いやー、稽古終わりに走って帰るのも大変だよねえ」


 どすどす。

 ぴく、とにやついていたシズクの顔が引き締まった。

 見たことのない女と、マサヒデがうんうん唸っている。


「お客さん? いや・・・」


 くるりと2人の顔がシズクに向いた。


「あ、シズクさん。お帰りなさい」


「お帰りなさいませ」


「なあんだ、やっぱりカオルか。入った時におかしな感じしなかったもん。

 何その格好。ラディの真似? かっこいいじゃん」


 ラディの真似、という所にぴくりとカオルが反応した。

 ふん、と顔を逸らせ、にや、と笑う。


「ふっ・・・シズクさんには分かりませんか。

 まあ、服などに興味もありますまいし・・・」


 カオルの煽りを無視して、首を傾げるシズク。


「いや・・・その、さ。被っちゃわない?

 こう言っちゃ何だけど、髪の色は違うけどさ、上げたら、そっくりだよ?」


 ぴく。


「ですから上げていないのです。その程度も分からないとは・・・」


「そう? まあ、満足してるなら良いけどさ」


 ふふん、とカオルがにやにやした顔を向ける。


「この格好なら、堂々と小太刀を持とうが目立ちません。

 ふふふ、この姿の時は、ご主人様の内弟子ですよ」


 しっくり来ないな、とシズクが首を傾げる。


「ああ、そう? うーん・・・そう?

 でも、今までだって、こっそり隠して持ってただろ?」


「ふっ・・・これなら、人前でも万一の時も堂々と戦えます。

 メイド姿では戦えませんからね。冒険者姿では、不得意な剣ですし。

 内弟子なら、使い走りに使われても、不自然もありません」


「まあ、そうだね。でもさあ・・・」


「何か」


「どっちかって言うと、小太刀が堂々と持てるっていうより、内弟子っていう方が嬉しそうだね?」


「ふふふ。そこです。これで堂々と訓練場で稽古も出来ますよ。

 訓練場で本気で立ち会っても、不自然がないのです」


 ぱっとシズクの顔が輝いた。


「おお! そうか、それは確かに良いな!

 あ! じゃあ、道場にも来れるじゃないか!

 カゲミツ様に稽古つけてもらえよ!」


 にこにこしていたマサヒデが、はっ! として顔を固めた。

 さーっと血の気が引いていく。


「カオルさん・・・父上は、今日の夜か、明日辺り、また町を通りますよね」


 ば! とカオルがマサヒデの方を振り向いた。

 目が見開かれ、カオルの顔も蒼白になってしまった。


「・・・」


「・・・また、来ますかね・・・」


「へへへ。来るんじゃないの? よっぽど絞られたんだね? 真っ青じゃないか。

 私なんか、道場に行くたびに叩きのめされてるよ」


 にやにやとシズクが笑う。

 マサヒデもカオルも蒼白で固まってしまった。


「2人共、ここの生活で、ちょっと緩くなってるんじゃない?

 もう1回、カゲミツ様に絞られた方が良いって。気合入れ直してもらいなよ」


 あの恐ろしい稽古をもう一度・・・

 気の緩み。気合の入れ直し。

 マサヒデは腕を組んで、まっすぐカオルを見つめた。


「カオルさん、父上の稽古で、あれほど厳しい事は滅多にありません。

 きっと、私達自身も気付かぬうちに、気が緩んでいたのでしょう。

 カオルさんが呼ばれたのも、カオルさんの気の緩みを感じたのだと思います。

 八つ当たりでは、なかったのですね」


「私達が、自身が気付かぬうちに、気が緩んでいた・・・

 自分では気付いていなくとも、カゲミツ様には、それが分かったのですね」


 こく、とマサヒデが頷く。


「父上はそういう所に敏感です。

 我々自身が気付いていなくとも、父上には、はっきりと感じられたのでしょう。

 父上がまた訪ねて来られたら、しかと稽古を付けてもらいましょう。

 私達には、それが必要です」


「は」


 マサヒデもカオルも、良い方に誤解してしまった。

 真剣な顔の2人を見て、シズクは吹き出しそうになってしまった。

 壁の方を向き、ごろっと肘枕で寝転んで、肩を震わせて必死に笑いを堪えた。

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