第五章 伝授

第19話 伝授・1


 翌早朝。


 がら、と魔術師協会の玄関が開かれた。

 カゲミツだ。

 ばたばたとマサヒデとカオルが駆け出て、頭を下げる。


「おはようございます!」「おはようございます!」


「お、おお・・・おはようさん・・・」


 2人とも稽古着で、気合が入りまくっている。

 あれだけ叩きのめしたから、気合が入ったのか?


「朝から元気が良いじゃねえか・・・」


「は! ありがとうございます!」


「まあ、悪い事じゃねえけど・・・上がって良いか?」


「は! どうぞこちらへ!」


 ぴし! と背を正して、マサヒデとカオルが居間へカゲミツを案内した。


「粗茶でございますが!」


 さ! とカオルがカゲミツの前に茶が差し出す。


「お、おう、すまねえな」


 ずずー・・・

 2人の目が燃えるようにカゲミツを見つめる。

 落ち着かない事この上ない。


「あのさ、もう少し肩の力、抜いて良いよ・・・

 ちょこっとやり過ぎたかなー、なんて・・・俺も反省してるからさ。な?」


「は! 気合を入れて頂き、ありがとうございました!」


「ああ、うーん、そう? でも、入れすぎは逆に良くないから。

 お前達なら、その辺は分かるよな?」


「は!」


 全然2人の力が抜けてない。


「ふう・・・」


 こと、と湯呑を置いて、カゲミツは話を変えよう、と思い、


「カオルさんだっけ。格好変えたんだな」


「は! この姿の時は、マサヒデ様の内弟子という形にしまして!

 私も、訓練場で堂々と稽古を行えるようにしました!」


 お? とカゲミツの顔が少し驚き、感心した。


「おお、なるほど! それで内弟子か! 中々良い考えだ!

 内弟子なら、稽古してても不自然じゃねえし、使い走りも不自然じゃねえ!」


「マサヒデ様のお考えでございます!」


「何? この馬鹿息子がか! お前、中々考えるようになったな!」


「恐縮です」


 カゲミツは湯呑を取り、残った茶をぐっと流し込んだ。


「うん・・・」


 湯呑を置くと、カオルが静かに茶を注ぐ。


「カゲミツ様、朝餉がまだでありましたら、ご用意があります」


「・・・いや、もう食べてきたから、いらねえ」


 カゲミツが腕を組み、少し下を向いて、険しい顔で考え込んだ。

 部屋が沈黙と緊張感で包まれる。

 少ししてから、真面目な顔でカゲミツが顔を上げた。


「マサヒデ、まずお前に稽古をつける。真剣を持って庭に下りろ」


 真剣。

 2人の空気も、ぴりっと変わった。


「うーん、そうだな、カオルさんも縁側でしっかり見ててくれ。

 早く終わったら、カオルさんも少しやるか」


「は!」「は!」



----------



 カゲミツとカオルは縁側に座り、庭のマサヒデをじっと見つめる。


「抜け」


「は」


 す、と静かに刀が抜かれた。


「マサヒデ、お前、稽古の時の俺の言葉を覚えているか」


「指先から、足先まで、しっかりと着いて行け、です」


「どうやら、お前は勘違いをしているようだ。

 指先から振るんだ。その後、足の先までぴったりと、だ。

 分かるか。まず、指先から振っていくんだ」


「指先から、ですか?」


「そうだ。筋はどうでも良いから、まず振ってみろ。

 全力で振って、訓練場の時みたいに跳ぶなよ。半分くらいの振りでいい」


 す、と刀が斬り上げられる。

 カオルの振り方。手が先の、あの振り方。自然に身体が着いてくる斬り上げ。

 手ではなく、指先からか・・・


「良し。ある程度は、もう分かってきてるな。

 だが、まだ手からになってるな。手じゃあない。指先からだ。

 構えた時、一番相手に近い身体の部分って所が大事だ。だから指先からなんだ。

 もっと指先からって意識して振れ」


 す、と横薙ぎに払う。


「駄目だ。身体が持っていかれている。

 持っていかれるのと、着いて行くってのは違う。振り回されるな。

 もう一度、同じように払ってみろ」


 もう一度、払う。


「駄目だ。まだ持っていかれてる。

 良いか、それじゃあ素人が得物に振り回されるのと同じだ。分かるな。

 振り回されるな。引っ張られるな。振りに自然に着いて行くんだ。

 筋はどうでもいい。振れ」


「はい」


 先日の稽古のように、カゲミツは大声を出さない。静かな声だ。

 だが、凛として、庭にしっかり響く。

 真剣な顔で、緩く振るマサヒデを見ている。

 庭が、恐ろしく緊張した雰囲気に包まれている。


「駄目だ。もう一度だ」


 何度も「駄目だ、もう一度」と繰り返され、何度もマサヒデが振った。


「収めろ」


 マサヒデが刀を収め、カゲミツの方を向いた。


「マサヒデ、これじゃ足りねえ、出来ねえと感じてるな」


「はい」


「何が足りねえか、分かるか」


「身体の、芯です。振りに芯がないから、振り回されて崩れてしまいます」


 前から、この振りを完成させるには、ここが課題だと思っていた。

 カゲミツも、こくりと頷く。


「どうやら、もう分かってたみてえだな。

 芯は、頭からまっすぐ垂らした正中線だけじゃねえんだ。

 どこにだって、自由に作れるんだ。肩にも、足にも、腕にも。

 それがこの振りのキモだ。言われても、掴まねえと出来るもんじゃねえが・・・

 よし。もう一度だ。抜け」


「はい」


 すら、とマサヒデが刀を抜く。


「指先から振れ。身体を着いて行かせろ。自然に芯が動いていくはずだ。

 正中線に芯を残したままじゃあ駄目なんだ。いいな。じゃ、振れ」


 無形に垂らした剣を斬り上げる。


「駄目だ。もう一度」


 袈裟がけに振り下ろす。


「今までの振りの常識に囚われるな。全部忘れちまえ。

 正中線なんざどうでも良いんだ。振れば勝手に芯が作られるはずだ。

 芯が作れさえすれば、どんな筋からでも自在に振れる。

 唐竹でも袈裟でも横薙ぎでもでもねえ、変な筋からもだ。

 さあ、振れ」


 左横薙ぎ。


「駄目だ。もう一度・・・」



----------



 しーん、と静まり返った庭に「駄目だ。もう一度」と静かなカゲミツの声が響く。

 クレールもいつの間にか後ろに座り、緊張した顔でじっとマサヒデを見ている。


「駄目だ。もう一度」


 汗だくになったマサヒデが、すっと剣を振る。


「駄目だ。もう一度」


 す、とマツが後ろに座り、頭を下げた。


「お父上、昼餉の準備が整いました」


「お、もうそんな時間か」


 ふわ、とカゲミツの緊張感が抜け、皆の緊張も抜ける。


「よし。マサヒデ、汗を流して上がれ」


「はい」


 す、と剣を収めて、水を浴びたマサヒデが上がってきた。

 皆の前に、膳が並べられる。

 にかっとカゲミツが笑い、


「おう、マツさん、すまねえな!」


「お口に合えば良いのですが」


「いやあ、お姫様手ずからのメシ、美味いに決まってるだろ!

 さあ、食おうぜ! 頂きまーす!」


「頂きます」


 皆、早朝から、すごい緊張で包まれた稽古の様子を見ていて、気疲れしてしまっていた。がつがつと飯をかきこむ。


「おう、マサヒデよ」


 口をもぐもぐさせながら、カゲミツが喋り出した。


「お前、あの振り方、どこで気付いた」


「こちらの、カオルさんの振り方を思い出して・・・

 こう、ああすればこうすればと、どんどん広がっていって・・・」


「ううむ、なるほどなあ。忍の振り方からか。普通の剣術とは違うからな。

 うん、そうだな。確かに、カオルさんの振りには近い所があるな」


「そうでしょうか・・・私には良く分かりませんが」


「似てるよ。練習するなら、カオルさんの方が早く身に付けられるかもな」


 カゲミツは「ぱちん」と箸を置き、


「ん、おかわりくれ!」


 ぐいっと椀をマツに差し出した。

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