第17話 カオルは内弟子になりたい・2


 カオルとの立ち会い、どんな風にしようかな?

 派手にしないと・・・などとうきうき考えていると、


「頼もう! トミヤス殿はご在宅か!」


「うふふ。来ましたね!」


「マサヒデ様! 格好良いのを見せて下さい!」


 マツもクレールも、わきわきしてマサヒデを見ている。


「ふふふ。楽しみにしていて下さい」


 そう言って、マサヒデは玄関に出て行った。

 がらりと玄関を開けると、もう往来で人が足を止めてこちらを見ている。

 向かいのギルドの窓からも、冒険者がこちらを覗いている。

 カオルの変装も見事だ。しっかり、旅で薄汚れた感じに変わっている。


「お待たせしました。私がマサヒデ=トミヤスです」


「トミヤス殿に立ち会いを所望しに参った! いざ勝負!」


 ちら、とカオルが口の端を上げた。

 マサヒデもにや、と小さく笑う。

 おお、と声が聞こえ、往来の人々の足が止まった。

 向かいのギルドの中からも、冒険者が出て来る。


「まあ、構いませんが」


「ここは狭い! 外で良いか!」


「構いませんよ。では、得物を持ってきますので」


「良し! 逃げるなよ!」


 びし! とカオルがマサヒデを指差し、通りに出る。


「ええい、開けろ!」


 大声を上げて、カオルが人々を追い払い、皆が遠巻きにカオルを見ている。

 マサヒデが木刀を持って、すたすたと通りに出ると、


「なんだそれは! 私は真剣勝負を願いたい!」


 おおー! と声が上がった。


「そうですか。じゃあ私の負けで良いですよ。怪我したら嫌ですから」


「き、貴様! 馬鹿にしているのか!」


「いや、そうではありませんが・・・」


 ここだ。ぎらりとマサヒデが殺気を乗せて、カオルを睨む。


「あなたが怪我をしたら・・・嫌ですから」


 マサヒデの静かな声が、往来に響く。

 ざわざわしていた町人も冒険者も、しーん・・・と静まり返った。

 ギルドの中から「治癒師を呼べ!」という声が聞こえる。


「うっ・・・」


 カオルの顔が青ざめた。

 迫真の演技だ。


「木刀で、構いませんね?」


「・・・良いだろう」


 マサヒデは顔を覗かせていた冒険者に、


「すみません、訓練用の小太刀を」


「はい!」


 冒険者が中に駆け入って行く。


「マサヒデ様!」


 絶妙のタイミングで、マツとクレールが駆け出てくる。

 マサヒデの裾を引き、


「マサヒデ様、こんな所で立ち会いだなんて!」


「そうですよ! 女性を傷つけるなんて!」


 全く心配していない!

 かくん、と肩を落としそうになり、ぐっと持ち堪える。


「大丈夫ですから」


 と、にこっと2人に笑顔を向け、小さな声で、


(少しは心配して下さいよ)


(あ、ごめんなさい)


(うっかり・・・)


 ばたばたと冒険者が駆け出て来て、カオルに訓練用の木の小太刀を渡した。

 小太刀を握り、カオルがぎりっと歯を噛みしめる。


「ええい! くそ・・・これなら立ち会いを受けるか!?」


「まあ、良いでしょう」


「行くぞ! たあーっ!」


 お、とカオルの小太刀を躱す。

 やはり鋭い。速い。


「おのれ!」


 すい、すい、とカオルの小太刀を流し、躱す。

 おお! と見物人達から声が上がる。


「馬鹿にしているのか! 掛かってこい!」


 ひょい、と避け、すいっと流す。

 お? カオルの打ち込みが少し速くなってきた。


「おお、あなた、中々やりますね!」


「ええい! 女だと思って・・・甘く見るな!」


 さっと躱した所で、マサヒデの足に蹴りを出してきた。

 ぱっと下がって、カオルの蹴りを躱す。


「ううん、申し訳ない。謝ります。あなたを甘く見ていましたよ」


「く! おのれ!」


 しゅ、しゅ、と振られる小太刀を次々と躱す。

 傍目には、手を抜いているようには見えないだろう。


「良い所はあります。ですが、まだまだですね」


 マサヒデは一歩下がって、ひょいっと木刀を投げ捨てた。

 からん、と音がして、木刀が跳ねて転がる。


「なんだ! 降参か!?」


 はあはあと肩で息を切らせるカオル。

 あれだけ振り回していれば、さすがにカオルでも疲れるか。演技半分だろう。


「ま、あなた程度に得物は要りませんよ」


 にやり、と笑って、マサヒデが目で合図を送る。

 ぴく、とカオルの眉が動いた。


「貴様・・・舐めるな!」


 上段に振り上げられた所に合せ、踏み込んで柄頭を掌底で思い切りまっすぐ叩く。

 すとーん、と小太刀がカオルの手から飛んでいった。


「あっ!?」


 カオルの動きが止まり、からん、と後ろで小太刀が落ちた。

 上手く驚いた顔をしているな。

 マサヒデは、にや、と笑って、


「ここまでです」


「う・・・」


 がくり、とカオルが膝を付き、わあー! と見物人達から拍手と歓声が上がった。

 ふふ、とマサヒデは笑って、


「中々良いですが、まだまだ不足ですね。もう少し鍛錬を積んだら、また来て下さい。楽しみにしていますよ」


 くるりと背を向けた。


「お、お待ち下さい!」


「なんです」


「参りました! どうか! どうか弟子にして下さい!」


「すみません、私、まだまだ未熟者なので、弟子などとても」


 あれ? 打ち合わせと違う・・・

 え? と驚いた顔で、マツとクレールがこちらを見ている。


「お、おおおお願いします! どうか!」


 本当に焦った顔で、がば! とカオルがマサヒデの足にしがみつく。


「申し訳ありませんが、私が弟子をとるなどと、慢心にも程があります。

 隣村に、私の父上、剣聖の道場がありますので、是非そちらへ」


「そんな! トミヤス様! どうか、どうか!」


 しがみつくカオルを引き剥がし、


「お断りします! 私も自分がまだまだだと、自覚しております!」


 と、周りに聞こえるように大きめの声で言い、


(そのままくっついて)


 と小さく囁く。

 は! とカオルは目で頷き、


「トミヤス様! どうか! お願いします!」


 門に入った所で、がば! とカオルが後ろから飛びついてくる。


「しつこいですね! 駄目と言ったら駄目です!」


 ばっ! とカオルを振り払い、ちら、とマツを見て、口の端を上げる。

 は。小さくマツが頷き、駆け寄ってそっとマサヒデの腕に手を当てた。


「マサヒデ様、なにもそこまで素気無く追い返さずとも」


「・・・」


「中々良い、と仰っていたではありませんか」


「いいえ、いけません。私はまだまだ未熟です。

 弟子など取れるような者ではありません。彼女にも良くないのです」


「訓練場で、いつも皆様に稽古をつけているではありませんか。

 それと変わりはしませんよ。ね、こんなに真剣にお頼みされているのですから」


 はらはらした顔で、クレールがマサヒデとカオルを見つめている。

 マサヒデは額に手を付いて、頭を振った。


「はあー・・・では、少しお話を聞きましょうか・・・入って下さい」


「はい!」


「まだ、弟子にするとは言っていません。お話次第ですよ」


「はい!」


 がらりと玄関を開け、マサヒデ達は中に入って行った。

 しばらくして、見物人達がざわざわと騒ぎ出した。


「見たか! すげえな!」


「おお! 最後、素手だったじゃねえか!」


「得物は要りません、だなんてよ・・・とんでもねえな・・・」


「あの女もすごかったぞ! 振りが全然見えなかったぜ!」


「おおよ、あれを軽くいなしちまうなんてよ。さすがトミヤス様だ」


「あれ、弟子になれるかな」


「弟子になったら、またすげえ奴が増えるぜ」


「それにしても、トミヤス様ん所は、何かあるたびに女が増えるな・・・」


「ははは! 確かにな! おれもあやかりてえもんだ!」

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