第11話 剣聖、あばら家にて


 郊外のあばら家、夜。


 がささー!


「お待たせ致しました!」


 はあはあと息を切らせ、アルマダがあばら家に駆け込んできた。

 ば! とカゲミツの前に土下座する。


「ななななんじゃ!?」


 あまりの勢いに、帰って来ていたトモヤも騎士達も驚いた。


「よお! 師匠に道案内もせず、今まで寝てたのか?

 さすが大貴族様は違うな! ははは!」


 後ろからがさがさとシズクも歩いて来る。


「カゲミツ様ー! こんばんはー!」


「お、シズクさんじゃねえか!」


「お酒とお弁当持ってきたよ!」


「おお! さすがシズクさんだ! 気が利くねえ!」


「違うよ、アルマダさんが遅れちゃって悪かったからって」


「ほうほう? 大貴族様の詫びのおごりか! 期待して良いんだろうな?」


 カゲミツがにやにやと笑う。


「は! こちら、味は私が保証致しますので!」


「おお、三浦酒天のじゃな! カゲミツ様、ここのは本当に美味い!

 貴族の方々も、お忍びで来るほどの店でございますぞ。

 マツ様もクレール様も、口にされた時は、それはもう驚いておりましたぞ」


「ほう? マツさんもクレールさんも唸らせるほどの味か。

 それじゃ、期待しまおうかなあ」


「ほら、カゲミツ様」


 どさ、どさ、とシズクが酒と弁当の包みを置いた。


「私も一緒に呑みたい所だけど、明日も師範代で、朝早いから・・・

 ごめんね、カゲミツ様」


「あ、そうだったな・・・シズクさん、すまねえ!」


 カゲミツが済まん! といった顔で、片手を上げ、頭を下げた。


「いいよいいよ! トミヤス道場で師範役なんて、嬉しいもん!

 じゃあ、帰って寝るね。カゲミツ様、おやすみなさい!」


 にか、と笑ってシズクは振り向いて去って行った。


「じゃ、早速1杯いただくか! さ、皆も呑もうぜ!」


 とくとく、とお猪口に酒を注ぎ、隣の騎士にぐいっと徳利を回す。

 ぐい・・・


「お・・・おお! 本当に美味いな! おいアルマダ、いい加減に頭上げろよ。

 さあ、お前も座って呑め。さあて、弁当はどうかなーっと」


「は!」


 アルマダが頭をあげ、ささ、と座る。

 がさがさと包みから弁当を出し、蓋を開ける。

 くんくん。


「む、こりゃあ中々だな! 匂いだけでこう、腹にぐっと来るな! どれどれ」


 ぱくり。もしゃもしゃ。

 ぱあ・・・とカゲミツの顔が輝いた。


「おお! これはいける! 美味いじゃねえか! お、先に食っちまって済まねえ。

 ほら、お前らも食おうぜ! メシは大勢で食った方が美味いに決まってんだ」


 カゲミツが皆に弁当を一つ一つ渡していく。


「おお、カゲミツ様、ありがとうございます」


「カゲミツ様、頂きますぞ」


「ほれ、アルマダ。お前も食え」


「は! ありがとうございます!」


 皆が和気藹々と酒と食事を楽しむ中、アルマダだけがかちかちになっている。


「ほら、メシの時くらいは崩せよ。さあ、お前も呑め」


 ぐい、とカゲミツがお猪口を突き出し、アルマダに手渡した。


「は」


 とくとくとお猪口に酒を注ぐ。


「カゲミツ様自ら、ありがとうございます!」


 ぐぅいいいいー・・・

 はあ、と呆れ顔でカゲミツがアルマダの顔を眺める。


「・・・お前、マサヒデと違って、普通に呑めるだろ・・・

 なあ、散々実家で鍛えられてるんだろ?

 もうちょっと、美味そうに呑めねえもんか?」


 トモヤがカゲミツとアルマダとを交互に見て、吹き出した。


「ぷ! アルマダ殿は、よほどカゲミツ様が怖いらしいの!」


「まあ、仕方ねえな。あれだけ絞ったら、ビビっちまうか。

 ほら、久しぶりに会った愛弟子に、嬉しくなっちゃっただけだからさ!

 そんなに固くなるなって! な!」


 ばんばん、とカゲミツがアルマダの背中を叩く。


「は! ご指導、ありがとうございました!」


「ははは! 見て! アルマダがこんなにビビっちまうの、見たことねえだろ?

 こいつ、普段格好つけてやがるからよ!」


「ぷすー! ははは! 確かにそうじゃの! わははは!」


「ははは・・・」


 腹の底から笑うのはトモヤ1人。

 騎士達も、アルマダの様子を見て、またがちがちになってしまている。


「おお、そうそう。アルマダ。聞きたい事があるんだけど」


 馬か!? ファルコンはさすがに譲れない・・・

 どう逃げたものか・・・


「は。なんでもお聞き下さい」


 きらり。カゲミツの目が光る。


「む・・・お前、ファルコン取られるとでも思ってんじゃねえだろうな?」


「まさか! とんでもございません」


「はあー、取ったりしねえって言ったじゃねえか・・・

 違うよ。シュウサン道場の事だよ」


 ほ、とアルマダの力が抜けた。


「私に分かることでしたら、何でも」


「で、どうだった? ジロウだっけ?」


 腕を組んで、ジロウとの立ち会いを思い出す。

 運良く、剣を残してからの突きが、身体を回したジロウの腕に乗って勝てた。


「ううむ、シュウサン殿・・・あの御方は強いですね。

 先程の稽古の際の、あの突きが通ったので、何とか一本取れましたが・・・

 所詮は搦手です。まともに打ち合ったら、とても敵うとは思えません」


「ほう・・・お前が勝てないか」


 にや、とカゲミツの顔に笑みが浮かんだ。

 強い相手と戦えるのは、何よりの楽しみだ。


「立ち会いが終わった後、確信しました。

 私は脂汗で汗だく。シュウサン殿は、まだまだ余裕がありました。

 搦手で勝った私には、もう次の勝ちはない・・・と」


「マサヒデは何て言ってた」


「同じく、次は勝てない、と」


「次は・・・てことは、あいつ勝ったのか」


「はい」


「ほう? 立ち会いの様子、教えてくれるか」


「シュウサン殿は正眼に、マサヒデさんは無形に構えました。

 少しして、シュウサン殿は上段に構えを直し、恐ろしい速さで面を。

 そこを、マサヒデさんが足譚で得物を落として、一本です」


「ふーん・・・お得意の足譚でね・・・」


「ほんの少しの時間でしたが、マサヒデさんもぐったりとしてしまいまして、次はもう勝てない、と」


「そうか・・・そうなのか! ふふふ、楽しみじゃねえか!

 ところでよ、今日の稽古みたいな、あの跳び込んでくるようなやつ。

 ああいう打ち込みはしなかったか?」


「いえ、あれはつい先日に気付いた、と。

 あの忍の方との立ち会いを思い出し、基本とかちょっとした応用とか・・・」


「む・・・自分で気付いたってか」


 カゲミツが腕を腕を組み、険しい顔で地面を見つめる。


「あいつ、本当に自分で気付いちまったのか・・・そうか・・・

 足譚の話を聞いて、再現しちまうくれえだからな。

 ううむ、しまったな。良く気付いた、なんて、浮かれちまった。

 今日はまともに稽古しないで、ぶちのめすだけにしといた方が良かったかな」


「あれは、マサヒデさんの足譚と何か繋がりが?」


「いや・・・ううん・・・まあ、教えてもいいか。

 足譚てのは、昔失伝した流派の技だってのは知ってるな?」


「確か・・・サマノスケ=ショウリンという、戦乱時代末期の剣客の流派ですね。

 ううむ、何と言いましたか・・・無願、想流・・・でしたか。

 400年程前、御前試合で、相手の刀に乗り、屋根まで跳んだとか。

 記録で読んだことがありますが」


「そうだ。100年も昔に失伝しちまって、今はそういう派手な話しか残ってねえが、あの振り方な、そのショウリンが立てた流派の基本の振り方だ。身体の使い方が違うだけで、基本なんだよ。だが、使える奴はほとんどいねえはずだ」


「基本なんですか? あれが? 恐ろしい速さの振りでしたが・・・」


「すっ跳んでるから、そう見えるだけだ。

 あの程度、ビビらず落ち着けば、お前なら普通に打ち落とせる。

 振りが良く分からなくて、剣に振り回されちまうから、すっ跳ぶんだ。

 素人が、得物に振り回されるのと同じだな。なまじ振れるから跳んじまうんだよ。

 無願想流の本当に恐ろしい所は、跳んだり跳ねたりの所じゃねえ。別にある」


「別ですか?」


「剣術は、唐竹、袈裟、薙ぎ払い、斬り上げ・・・

 基本、8方向からしかねえな。米の字ってやつ」


「はい・・・と言うと、いや、まさか?」


「ああ。どんな筋でも、しっかり振れちまう。これが無願想流の一番恐ろしい所だ。

 筋が米の字に囚われないんだ。芯が崩れず『本物』の振りがどこからでもだ。

 同じ体勢で変な所から次々と剣が来る。しかも速いし重い。

 得物に振り回されて流れそうに見えて、しっかり芯が出来てて崩れねえ。

 全く同じ筋から来てるのに、芯の位置が変われば振りの中身も変わる。

 相手しづらくて仕方ねえんだ、これが」


「・・・」


「そんなのが、ちゃんと地に足を着けて振れるようになってみろ。

 しかも、あんな風に跳んだり跳ねたりも自由自在だぞ?

 上に振れば、同じように振りの勢いに乗って上にも跳んで行けるんだ」


 カゲミツが眉間にしわを寄せ、呟くように喋る。


「どんなに早くても、あと10年はかかると思ったがな・・・

 こういうのは、何でもねえ時に、ふと閃いちまう事があるからな」


 カゲミツが普段の姿からは想像もつかない、真面目な顔をアルマダに向けた。


「良いか、あいつが慢心しねえように、お前も精進しろ。

 あいつが調子に乗った時、ちゃんと釘をさせるくらいにな」


「はい」


「良し。じゃあはっきりと言うが、今のお前はマサヒデの下になっちまった。

 だから、マサヒデと並べるよう、ひとつお前に伝授してやる。

 言うのは簡単な事だが、身に付けるのは困難だぞ。良く聞け」


「はい」


「こいつは強いな、と思ったら、今は狭い所でまともに戦うな。今は、だぞ。

 広い場所を選べ。出来る限り場所を広く使って、走り回って打ち込め。

 お前はそういう戦い方じゃねえと、本性が出ねえ。そうやってお前の本性を探せ。

 本性が見つからねえと、このままじゃいつまで経ってもマサヒデに勝てねえぞ」


「はい」


「自分の本性を探し出せたら、全部引っ張り出せ。髪の毛1本まで全部だ。

 それを使いこなせ。乗りこなせ。じゃねえと、お前も死ぬぞ。

 まともに面と向かって戦えるようになるのは、これが出来てからだ」


「はい」


「お前は道場の誰よりも努力家だ。

 俺から見ても、心技体の一番大事な心の部分は、誰よりも練れている。

 ここはマサヒデより遥かに上だ。だから、すぐ見つけられるはずだ。

 後は毛先から足の先まで乗りこなすだけだ。難しいぞ」


「必ずや」


 ぐっとアルマダが頭を下げた時、カゲミツはいつもの笑顔になっていた。


「よし! じゃ、固い話はここまでな! アルマダ、お前も頭を上げろ!

 すまねえな、場を白けさしちまってよ! ささ、おーひとーつどおぞー!」


 にこやかに、皆に手ずから酒を注いで回るカゲミツの姿を見て、


(カゲミツ様は、親だから気付いていない。まだ子供だと見ている)


 にこ、と笑って、カゲミツからの酒を受ける。


(これが、親心か。

 剣聖ともあろうお方が、こうもマサヒデさんの慢心を心配して・・・

 カゲミツ様も、やはり子には弱いということかな)


 カゲミツは、まだ、道場にいた頃のマサヒデの姿が、抜けきれていないだけだ。

 近くで見ていたアルマダには、マサヒデの変化が良く分かっていた。


 妻を娶り、300人と試合をし、勝ち、負けを知った。

 多くと知り合い、深く交流を持った。

 おかげで、この短期間で、マサヒデは大きく変わった。

 一気に心の部分が練れたのだ。


(ご安心下さい。マサヒデさんは、この程度で慢心などしません。

 自分はまだまだと、しっかり自覚しています。

 カゲミツ様のように子供っぽい所は残しておりますが、しっかり練れています)


 アルマダには確信がある。マサヒデは、このまま剣聖になるはずだ。

 ぐい、と酒を呑み干す。


(しかし、今の教え、有り難く頂戴します。私もいつまでも下は嫌ですからね)


 アルマダは、にや、と笑って、もう一杯注ぎ、ぐいっと飲み干した。

 今は下になってしまった。

 だが、必ず並ぶ。そして、上に行く。

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