第12話 剣聖、あばら家を出て


 翌早朝。


「んんーん・・・っと!」


 ぐいっと伸びをして、カゲミツが起き上がった。


「おはようございます!」


 皆の大きな声があばら家に響いた。


「おう、おはようさん! 良い酒もらっちゃったなあー」


 美味い酒、美味い飯。

 汚いあばら家だが、屋根もあった。


「水は向こうだっけ・・・?」


「はい」


「じゃ、ちょっと身体洗ってくるわ」


 裏手に回り、清水で身体を洗う。こういうのも久しぶりだ。

 若い頃は、旅先で野宿も当たり前だった。

 ちゃんと屋根もあったし、食べ物も用意してもらったが、少し懐かしい感じだ。


「よし!」


 綺麗に身体を清め、服を整える。

 今日はシュウサン道場だ。

 すたすたと庭まで出て来て、焚き火に座り、用意された魚をかじる。


「うん、美味いな。やっぱ、出先で食うメシは良いな。久しぶりだよ」


「カゲミツ様、こちら、昼食にどうぞ」


 握り飯。

 遠出といえば、やっぱりこれだ。


「おう! ありがとうよ!」


 がつがつと魚と米をかきこんで、カゲミツは立ち上がった。


「じゃ、行ってくるわ。あ、そうそう。また夜泊めてもらって良いかな?

 さすがに、そのまま歩いて戻るのは厳しいからよ」


「は!」


「じゃあな!」


 手を振って、カゲミツはあばら家を出て行った。

 ふう、と皆が息をつく。


「アルマダ様、カゲミツ様とは、普段からあのような感じで」


「ええ。道場では鬼か悪魔か、という感じですけどね。

 あなた方も、カゲミツ様がお帰りになったら、少し稽古を願ってみては?」


「いや、ちょっと・・・アルマダ様が、夜まで寝込まれるほど厳しいのは・・・」


「ふふふ。あそこまで厳しく叩きのめされたのは、初めてでしょうか。

 立ち会っている時は、もう恐ろしくて仕方ありませんよ。

 しかし、後で思い出すと、それはもう丁寧な教えを下されてるんです」


「そうなのですか・・・」


 騎士達は皆、及び腰だ。


「一本で良いので、手ほどきをしてもらいなさい。

 私の稽古が如何に未熟なものか、良く分かります。

 直に手ほどきを受ければ、1回で私の稽古の1ヶ月分・・・いやもっと伸びます。

 カゲミツ様の稽古は、それほど素晴らしいものですよ」


「は・・・」


「では、皆さん。朝の稽古を始めましょうか」


「はい!」



----------



「ふん、ふふん、ふふふーん♪」


 カゲミツは鼻歌を歌いながら、すたすたと朝の街道を歩く。

 この街道は、道に寺も神社もある。周りは畑と田んぼだらけ。野営の場所もない。

 おかげで、勇者祭の参加者も少ないのだろう。

 たまに荷車や鍬を担いだ百姓、旅人が通って行くくらいだ。


(ここを馬で通ったのか! 楽しそうだな)


 真っ直ぐに伸びていく街道。

 人も少ないから、好きなだけとばせそうだ。

 絶対にすげえ馬を見つけてやる。


「ふーう・・・シュウサン道場か・・・」


 懐かしいものだ。もう随分経つ。

 あの頃のシュウサン道場といえば、首都でも有名だった。

 コヒョウエ先生に何度も叩きのめされて・・・


(あ!)


 ぎく! として、カゲミツの足が止まった。

 道場にコヒョウエ先生はいるのか!?

 道場主は息子だと、手紙には書いてあったが・・・


 そういえば、コヒョウエ先生は道場を畳んだ後、消息不明だと聞く。

 知られていない、田舎の小さな道場。

 まさか、まさかな・・・


 いや、もしいたら!?

 あのマサヒデの事だ。

 もしかしたら、コヒョウエ先生の事は隠して、手紙を寄越したのかも・・・


「やべえ、やべえよ・・・」


 すんすん。服の匂いを嗅ぐ。

 うっすらと、昨晩の酒の匂いと、焚き火の煙の匂い。


「井戸、井戸は・・・」


 くるくると見回すが、何もない。

 水といえば、田んぼの脇の小さな水路に流れる水しかない。


「・・・」


 コヒョウエは、首都で道場を開いていた頃は、恐ろしい人物であったのだ。

 あまりの稽古の厳しさ故に、高名であるのに門弟も少なかった。

 カゲミツが世話になっていたのは、その頃だ。

 今は好々爺といった感じになっているが、カゲミツは知らない。


「ど、どこかで・・・」


 たらたらと汗を流しながら、周りを見渡す。

 やはり、何もない・・・


(仕方ねえ、途中で探すしかねえ。まだ道場は遠いんだ)


 びくびくしながら、カゲミツは歩き出した。


(大丈夫、大丈夫だって。シズクさんもアルマダも言ってなかったし・・・)



----------



 冒険者ギルド、訓練場。


「それでは、稽古を始めますが・・・

 その、何と言いましょうか・・・減りましたね?」


 少しずつ増えてきた稽古の参加者が、半分程度になってしまった。

 あの父上の稽古を見れば、当然か。

 あれほど厳しい稽古は、滅多にない。

 半分は八つ当たりだろうが・・・


「ええと・・・私は、父上のような稽古は出来ませんので・・・

 ご安心下さい、というのも、変ですが、いつも通りですから」


 正座している冒険者達の顔も、いつもと違う。

 明らかに、怯えが見える。

 今日は、打ち込みの練習は、帰ってからやろうか。

 うん、そうしよう。今まで通り、受けてやろう。

 彼らは、シズクにだってばしばしと鍛えられているのだ。

 すぐに戻る・・・と思いたい。


「では、最初の方」


「はい!」


 す、と構えて違和感に気付く。

 素振りの時には感じなかったが・・・


「いつでも」


「たあーっ!」


 打ち込んで来た木刀をくるっと回して受け流し、飛ばす。

 いつも通りに流せる。


「腰が浮いてますよ。もっとぐっと沈めて。前への勢いだけではいけません」


「参りました・・・」


 すごすごと冒険者が下がって行く。


(んん?)


 この違和感は何だろう?


「次の方、どうぞ」


「はい!」


「では、いつでも」


「はっー!」


 突かれた槍をくいっと逸し、踏み込んで首に竹刀を当てる。


「鋭さが足りません。速さよりも、鋭さを磨いた方が当たります。

 あなたは、ゆっくりの素振りをもっと続けて、鋭さを磨くとぐっと良くなる」


「はい・・・」


 何かが違う。何だろう・・・

 いつもと同じように流している。

 全く動きに変わりはない。


「次の方、どうぞ」


「はい!」


「いつでも」


 鋭い面打ち。

 半身になって避ける。顔の横を掠めていく。

 とん、と胴に竹刀を当てる。


「速さも鋭さも良い。ですが足が付いて来ていません。

 まず足を固め、腰を回し、肩、腕、剣。下から順にしっかり。基本ですよ」


「は・・・」


「次の方、どうぞ」


 どこかが変わっている。

 何かが変わっている。

 父上の稽古のおかげだろうか?


 しかし、どこが変わったのか。それが分からなければ、意味はない。

 一体、何が変わったのだ?

 心構えが変わったとか、そういうものではない。

 はっきりと、身体が変化を感じている。

 しかし、自分の動きに変化は感じられない。


 冒険者達の打ち込みをするすると流しながら、マサヒデは困惑していた。

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