第10話 稽古の後


 カゲミツがあばら家に着く少し前。

 冒険者ギルド、治療室。


「あ・・・」


 マサヒデがやっと目を覚まし、


「あ! マサヒデ様!」


 クレールがマサヒデの手を握る。


「ああ、良かった・・・私、もう、心配で・・・」


 ぽつぽつとクレールの涙が手に落ちる。

 強く握られたクレールの手が震えている。

 そっと手をほどいて、クレールの頭に手を乗せた。


「大丈夫ですよ。父上は手加減してくれたんですから」


「手加減!? ずっと気を失っていたのですよ!?」


「気を失う程度に、ちゃんと手加減してくれたんです。

 普通なら、ここまで痛めつけられていたら、死んでいます」


「でも、でも!」


「クレールさん、見てたでしょう?

 父上、私達が打ち込むたびに、ああしろ、こうしろ、と言ってましたよね」


「・・・はい、言ってました」


「今日の父上の稽古だけで、自分で1年稽古したくらい、強くなれたはずです」


「・・・」


「たった1日ですよ。1年分。アルマダさんも、カオルさんも」


「でもでも、あれはやりすぎでは!」


「父上は、恐ろしかったですか?」


「はい・・・あれが、人かと思って・・・

 人ではなく、別の恐ろしい生き物のように思えました」


 顔を白くしたクレールに、マサヒデは微笑みかける。


「ふふふ。普段はあんなに厳しくないんですよ。

 ちょっと、いたずらが過ぎてしまったんですね。

 今日は、いたずらっ子にお仕置きしに来たんですよ」


「いたずら? お仕置きですか? 怒ってたんですか?」


「ええ。それで恐ろしかっただけです。ふふふ」


 ふう、と息をついて、マサヒデは伸ばした手を戻し、天井を仰ぐ。


「・・・あのように強い父上だって、生身の人間。

 もし少しでも見誤って当たっていたら、大怪我するんです。

 父上は、身を張って、ずっと精神を集中させて、私達の剣を見ていたんです。

 そして、私達に指導をしてくれたのです」


「それは、そうかもしれませんけど」


「やりすぎだと思いますか?」


「はい」


「それは、父上の強さや態度に驚いて、そう見えているだけです。

 ただ殴りに来ただけだったら、そもそもクレールさんを呼んだりしません」


「そう、かも、しれませんけど・・・」


「ちょっとマサヒデさん」


 隣のベッドから、アルマダの声。


「聞いてましたよ。いたずらって何なんです?

 私やカオルさんは、巻き込まれたんですか?」


「まさか! お二人を巻き込むような事はしてませんよ。

 ただ、黒嵐を自慢しに行っただけです」


「ふうん・・・それだけですか?」


 マサヒデは天井を仰いだまま、にやにやと笑う。


「ふふふ。あの黒嵐を見れば、父上は絶対に欲しがる、そう思いますよね」


「まあ、そうでしょうね」


「で、黒嵐は譲れませんが、条件付きで馬の住処を教えると」


「条件? マサヒデさん、あなた、一体どんな条件を出したんです」


「三大胆か、魔神剣です」


「ほう! 大きく出ましたね。ま、それなら譲れとも言わないでしょう」


「ところが、なんと父上が魔神剣を出してきまして」


「ええ!? 出してきたんですか!?」


「じゃ、そこまで言うなら魔神剣なんていらない、ただで教えます、と」


「他には」


「それだけです」


「それだけ? 試すような真似をされたと思って、癇に障っただけですかね?」


「ね。アルマダさんが巻き込まれる理由は、どこにもないですよ。

 久しぶりだから、会いたかっただけだと思います」


「では、ご主人様。私はなぜここで寝ているのでしょう」


 カオルの声。


「ふふふ。忍がいるから、脅かしてやれって思っただけでしょう。

 でも、カオルさん、すごく細かく教えてもらってたじゃないですか」


「そう言えば、色々と・・・立ち会っている時は、恐怖しか感じませんでしたが」


「父上、気絶したカオルさんを抱きかかえて、そっと寝かせてたんですよ。

 手を上げて、ごめん! なんて言って。

 気絶してたから知らないと思いますけど」


「そうだったのですか?」


 あ、とクレールが顔を上げる。


「そういえば、優しくするって言ったのに、やりすぎちゃったって」


「カオルさんが思ったより良かったので、力が入っちゃったんですね。

 父上の言葉、良く思い出してみて下さい。きっと、伸びますよ」


「・・・」


「クレールさん、傍目には、ただ恐ろしく見えたかもしれませんけど・・・

 一振り、一振り、すごく細かく見てて、それは丁寧に指導してくれるんです。

 剣の先から足の先まで、全身細かく見てるんですよ? 大変な事です」


「怖いだけじゃなかったんですね」


「そうですよ。父上は、教え上手なんです。

 立ち会った我々なんか、そりゃあ恐ろしいものです。

 でも、後から言われた事を思い出すと、ここか! ってなるんですよ」


「でも、私は、あの指導はちょっと」


「ははは! 魔術の指導なんかしてませんから、大丈夫ですよ!

 マツさんの稽古で、十分でしょう?」


「マツ様でも怖いです」


「ははは! じゃ、戻りますか。

 さすがにこの時間じゃ、マツさんも心配してるでしょう」



----------



 からからから。


「只今戻りました」


 ぱたた!


「マサヒデ様、遅いので心配してたのですよ! 今、ギルドへ行こうと・・・」


「ははは! 心配しすぎですよ! ちょっと父上に絞られただけです」


 マサヒデ、アルマダ、カオル、クレールの4人が上がる。


「マサちゃんおかえり! 遅かったじゃん!

 ほらね、マツさん、大丈夫って言ったでしょ?」


 これは相当絞られたかな。

 にやにやとシズクは笑いを抑えられない。


「お、嬉しそうですね」


「うん。今日は楽しい事あったからさ!」


「何があったんです?」


「今日さ、朝道場行く途中に、カゲミツ様に会ったんだ!

 そしたらさ、私、代稽古頼まれちゃったんだ!

 なんと! あのトミヤス道場の師範代! 3日もだよ! すごいだろ!」


「ほう。それはすごいじゃないですか」


 マサヒデはにこにこしている。

 皆が座って、マツが茶を出してくれた。


「うん・・・今日は、久しぶりに父上の稽古を受けられて良かったですね」


「ええ。私も絞られましたが、かなり良くなれるはずです」


「最初は何と恐ろしい方かと思いましたが・・・お優しい方だったのですね」


「私はまだちょっと怖いです・・・

 あのカゲミツ様と、お酒飲んで笑い転げてたなんて・・・」


「ははは! クレールさん、まだそんな事を言ってるんですか?

 稽古の時の、あの恐ろしい姿が、本物だった! なんて感じてるんでしょう。

 逆です、逆。あの稽古の姿が偽物なんです。

 呑んで笑い転げてた方が、本物の父上なんですよ」


「そうですかね?」


「そうですよ。だから、また父上が来たら、ギルドの食堂でも行ってタダ酒を飲ませてやって下さい」


 マツがアルマダに顔を向けて、


「あ、そうでした。お酒と言えば・・・

 ハワード様、そろそろお帰りになりませんと、まずいのでは?」


「いや、特に用事はありませんが?」


「あら、聞いておりませんか?

 カゲミツ様、今夜はハワード様の所でお泊りになると」


「あ!? しまった!」


 ばた、とアルマダが立ち上がった。

 確かに、シュウサン道場に行くから、泊めてもらう、と・・・

 慌てて立ち上がったアルマダを見て、マツは笑い、


「くす。三浦酒天で、お酒をいっぱい買っていけば、ご機嫌も良くなりましょう」


「そうします! では!」


 と部屋を駆け出して、すぐ戻ってきた。


「す、すみません、慌てて出て来て、金を忘れました・・・

 金貨1枚、貸してもらえますか」


「いいですよ」


 マサヒデが奥の間に行き、袋から金貨を1枚出した。


「どうぞ」


「では!」


 たたた! がらっ! ぴしゃーん!


「ふふふ、シズクさん、アルマダさんに付いて行ってあげて下さい。

 酒に弁当に、とても1人じゃ持てませんよ」


「ん! 分かった!」


「一緒に飲んできちゃだめですよ。

 シズクさんが一緒に呑んだら、酒がいくらあっても足りませんから。

 適当に言い訳して、すぐに帰って来て下さい」


「ええー? だめなのおー?」


 やっぱり酒に期待していたか。

 ふう、とマサヒデはため息をつき、


「あなた、明日も師範代やるんでしょう? 酒臭い師範なんて嫌ですよ」


「ううん、それはそうだね・・・分かった・・・」


 にこ、とクレールが笑う。

 もう、父上を恐れることはないだろう。


「師範って大変なんですね!」


「そうですよ。父上も大変なんです。酒も大好きなのに、普段はほどほどに抑えてるんです。好きなだけ呑めるのは、こうやってこっそり外に出た時と、後は祝い事の時くらいじゃないですか? 多分・・・ですけど」

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